夏の祭り(その2)
ぎり、ぎり、ぎり。
カルメル機の突進は、ルトヴィヒくんにとって予想外だったのでしょう。真正面から激突されて仰向けに倒れたルトヴィヒ機に、勢い余ってつんのめったカルメル機が覆いかぶさります。
しかし騎手としての一日の長か、とっさに鉤爪の生えた巨腕で上半身を支えたルトヴィヒ機が、残る片腕でカルメル機を押し退けます。
四肢を繋ぐ歯車が徐々に回転を増します。どう見ても空転しているのですが、魔物さん達はこの世の物理法則に囚われません。不完全とはいえ、そのクローンであるゴーレムにも同じことが言えます。
歯車とは対照的に、一定の速度でぎりぎりと巻かれる発条が、もがれた翼を思わせます。
突き飛ばされて今度は逆に転倒し掛けたカルメル機が、危ういところでルトヴィヒ機の伸び切った腕を掴んで、九死に一生を拾いました。
機体のサポートがあるとはいえ、素人離れしたレスポンスの良さです。血は争えませんね。
溺れる者は藁をも掴むと言いますし、よろめく機体を支えようとして突き出されたカルメル機の腕を、今度はルトヴィヒ機が下から押さえます。
巨人の攻防を、少し離れたところで他人事のように眺める僕。
カルメルくんの悲痛な叫び声が格納庫に響きます。
《どうしてだよ!? どうしておれ達が戦わなくちゃならないんだよ……!》
ですよね。僕も少し疑問に思っていたところです。
しかし答えるルトヴィヒくんの声は厳しく、甘えを許しませんでした。
《――どうして? どうしてだと!? 貴様が俺にそれを問うのか? “カルメル”!》
カルメル機の手を振り解き、自由になった片腕を引き絞るルトヴィヒ機。その指先から肘にかけてを、環状に編まれた圧縮言語――ようは魔法陣です――が幾重にも取り巻きます。
――この世で、最も上手く魔術を使えるのは人間ではなく、魔物だ。何故なら、彼らは魔術そのものなのだから。
それはカルメ焼きが出来上がる工程を彷彿とさせます。虚空に像を結んだ大きな“剣”の先端が、刃にも似た言葉と共にカルメル機へと叩き付けられました。
《魔導器乙類を製造できる魔導師などほんの一握りだ! まして新型ともなればっ――!》
《!!》
掌を壁に縫い止められたカルメル機の鞍上で、苦悶の表情を浮かべたカルメルくんが目を見開きます。ゴーレムのダメージは、騎手にフィードバックされるのです。胸が締め付けられるような痛みらしいです。詳しくは知りませんけど。
ルトヴィヒくんの相貌が憎悪に歪みます。
《他人事じゃあないんだよっ! カルメル!》
《う、嘘だ!!》
真実から目を逸らそうとするカルメルくん。カルメル機の単眼が一際赤く輝き、これまで圧倒されっ放しだったルトヴィヒ機を驚くべき膂力で跳ね除けます。
《嘘だと言えッ! ルトヴィヒ! おれは信じないぞ!》
損傷していた掌の肉が盛り上がり、即座に修復されます。反則じみた再生力に、ルトヴィヒくんが瞠目してます。
《ただのエミールシリーズではないのか? これは……そんな馬鹿な……“輪廻炉”が二つ? “メリーII”だと? なんでそんなものがここにある!?》
他人の空似じゃないですかね。
自分の信じていたものに裏切られて自失する二人を尻目に、僕はそそくさと巨人の戦場をあとにします。
あ、格納庫の弁償代はルトヴィヒ家に請求しておきますね。……それとカルメルくん、パスワードは“勇気”です。その機体は貴方のものですから、よろしく。
まったくもう……朝から喧嘩するなんて。
ぶちぶちと愚痴を零しながら居住空間に舞い戻ると、お風呂場の方が騒がしいです。きっと女の子達でしょう。魔術寮には大浴場が設けられているのですが、どういう訳か僕に使用権限が下りなかったため、仕方なく若頭と一緒に水脈を掘り当てたのが五年前。以来、ロアさんがちょくちょく利用してます。
一番風呂を浴びたと思しき勇者さんが、ほこほこと湯気を立てながら脱衣所へと続く扉の前に腕組みして陣取っています。……おはようございます。どうしたんですか?
すると勇者さんは、じろじろと僕をねめつけて、
「おはよう。……どこ行ってたの、朝から」
「……落とし物を届けてきたんです」
「そう。……男?」
ええ、まあ。
「そうなの。そう……」
…………。
なんですか、この会話。
そこはかとなく生命の危機を感じた僕は、なんだか機嫌の悪い勇者さんの視線を避けて、床一面に敷き詰められたお布団を畳みます。
「…………」
勇者さんの機嫌がますます悪くなったことを肌で感じた僕は、食卓で優雅にお茶をすすっている王子さまにさり気なく尋ねました。
「……知らない人が家に来て緊張してるんですかね?」
「うむ……人見知りの激しい娘じゃ」
つい昨日、再会するなり実戦さながらのスパルタ教育を施された王子さまの言葉には説得力があります。お稽古と知っていた僕が思わず庇ってしまうほど、勇者さんの剣には鬼気迫るものがありました。
どうも、勇者さんにお友達を作るという僕の計画は見直しが必要なようです。
「……殿下は、どうです? お友達は出来ましたか?」
「……施政者に友人は不要じゃ」
強がる王子さま。
帝王学を否定する訳じゃありませんけど、国の根幹は人ですよ。人と人との繋がりが、やがて大きなうねりとなってですね……。
国といふものに関して力説する僕を、王子さまは悩ましく見詰めて、
「そうじゃな。一人くらいは、友がおってもいいかもしれん」
蕾が花開くように微笑みました。その意気です。
王子さまの頭を撫でていると、ふらりと僕の傍らに瞬間移動してきた勇者さん(独自の歩法です。肉眼で捉えることはまず無理かと)が、ぽつりと呟きました。
「……なんかいい話しているけど、結局タロくんは女湯に飛び込むんでしょ?」
その根拠を教えてくれませんか。“結局”って、勇者さん……僕を一体どういう目で……。
「正座」
……ハイ。
「タロくんは、どうしてそういうことするの?」
してないですし、今後する予定もありません。
理由があるなら、むしろ僕が聞きたいです。
勇者さんが想定する未来の僕の不埒な行いに関してお説教される現在の僕。
二人で旅をしていたとき、身に覚えのない災難が僕に降りかかるのは、決まって勇者さんが不在のときでした。
つまりは過去の僕が悪いのです。僕め。
未来から手渡された罪のバトンを過去へと引き継ぎます。
「勇者よ。そう責めてやるな」
と、こんな僕の味方をしてくれる王子さま。感激です。
「仕方あるまい……。ヴェルマーは死に場所を女風呂の中と決めておるのじゃ」
何者なんですか僕は。ひどい誤解です……王子さまの暗殺を目論んだ不届き者が、ミミカ族の方々を警戒してか、定番の睡眠時ではなくターゲットが無防備になる入浴時を集中的に狙っただけですよ。そして、その尽くを阻止した挙句に不敬罪の罪に問われた僕は、そろそろ実家に帰っていいですか?
はらはらと落涙する僕を、勇者さんは別の観点から攻め立てます。
「暗殺? 初耳だわ。でも、そんなことはどうでもいいの。どうせ女なんでしょ?」
……それは、いや、だって、人類の半分は女性なんですよ? 僕の与り知らないところであることを念頭に置いた上で頷きますけど構いませんよね?
「どこの誰なの。タロくんのことだから、巧みな話術で関係者を言いくるめるか、なんとなく流れで匿ってるんでしょ」
余罪を追及される僕。
……いえ、お亡くなりになってる、ことになってるん、です、けど……。
「…………」
睨まないで下さい。その……惜しくも逃したと申しますか……人それぞれの事情があると申しますか……紳士たれと申しますか……。
徐々に真相へと近付いていく僕の独白に、勇者さんは盛大な溜息を吐きます。
「子供じゃないんだから……。どうしようもないひとね。あたしが付いてないと、本当に、駄目なひと……」
上気した頬でそんなことを言われて、僕はどうしたらいいんだろう……。
妙に優しげな瞳で見下ろしてくる勇者さんを直視できず、幸せの青い鳥を己の中に見出そうと捏造作業に励んでいたところ、
「……何をやっているのかね、キミは」
お風呂上りのマルコーさんが、タオルで髪を拭きながら呆れたように言いました。
続いて出てきたワーグナさんが、「?」という顔で僕の隣にちょこんと座ります。
いつの間にか勇者さんサイドで悠然と構えている級長さんの意味が分かりません。
ロアさん、さも当然のような顔して僕の枕をお持ち帰りしようとしないで下さい。
(…………)
わらわらと脱衣所から出てくる女子の皆さん、ご自分のスタイルに一喜一憂してないで、僕の話を聞いて下さい。
「ヴェルマーくん、最近けっこう喋るよね」
「てかさ、なんか揺れてない? 気の所為?」
「ワーグナさん、懐いてるなあ……」
聞け、いいから。
重要なお話です。少し低い声で促すと、彼女達は一斉にぴたりと沈黙して大人しく座ってくれました。その過剰な反応に軽く傷付きながら、語ります。
……僕はですね、一年生のときから、貴女達の将来が心配で心配で……。
男子を見習えとは言いません。あれはあれで突っ走りすぎと申しますか……まあローウェルくんがいるから大丈夫でしょう。彼は素晴らしい人です。
話が逸れましたね。とにかく、貴女達は無防備すぎるんです。いえ、貴女達が悪い訳ではありません。ザマ先生が甘やかすからいけないんです。放任主義にも程があるだろうに……ったく、今頃ドコで何やってんだか……。
……級長さん! 勝手に戸棚を漁っちゃめーって言ったでしょ! ……あと一つだけですよ? 仕方ないなあ……。
話を続けます。いいですか、人間は厳しさをバネに出来る生き物です。僕は、人間のそういうところを高く評価して……え? ミミカ族ですか? 彼らは農作業をこよなく愛する一面がありましてですね……。
……ええ、僕はトマトが大好物なんです。基本的に野菜と果物は好きですね。特にあの八百屋さんの扱っているお野菜は絶品でして……。
まあ、そうです。ええと……うん。へえ……そうなんですか。なるほど、参考になります。
……さて、そろそろ出発しましょうか。くれぐれも来賓の方々に失礼のないようにして下さいね。皆さんの晴れ姿を楽しみにしてますよ。何故か僕は来賓席に座ってるよう言われてますので……騒ぎを起こすなとも……ええ。
お弁当は持ちました? 知らない人に声を掛けられても着いて行っちゃ駄目ですよ。しつこいようなら、僕に言って下さい。己の身を以って人体の限界に挑んで貰いますから。貴族コース、平民コース、三大貴族コース、各種取り揃えてお待ちしてます。
はい。いってらっしゃい。お気を付けて〜。
…………。
ふう……怪我だけはしないといいんだけど。
見上げれば、空は快晴。ぽん、ぽん、と交流際の決行を知らせる花火が、断続的に上がってます。
(……そもそも、交流祭って具体的に何するんだ……?)
永遠の謎です。
第四十九話。交流際の“祭”の字が“際”になっていた為、修正してます。ご了承ください。
さて、とんだ失敗作に終わった試作型のゴーレムですが、その原因は協力した魔物の裏切りでした。“彼”は愚かにも自らと同等の力を得ようとした人間を嘲笑い、その人間に“呪い”を掛けます。それが“反魂”の法です。