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夏の祭り(その1)

 交流祭(ゼブラ)


 辞書には載ってませんが、第三次侵攻の最終局面……王国の存亡を賭けた包囲殲滅戦の秘匿コードです。


 歴史上、騎士団と魔術連(当時は騎士団の第三分野を担当する集団に過ぎませんでした)が王国の定める“理想的な運用”に即した唯一の事例であり、この“交流祭”という名称には、あの頃をもう一度という王室の切なる願いが込められているのです。


 両組織の縄張り意識に関しては、もはや取り返しの付かない段階に達していると僕は思うのですが、王子さまの期待を裏切ることは出来ません。


 もう色々と限界ですし。


 二十人前のおかずをお弁当にせっせと詰めながら、決意を新たにする僕。


 昨晩、血迷ったローウェル班の皆さんが仕官学校のテントに闇討ちを仕掛けるというアクシデントには見舞われましたが、あらかじめ級長さんの身柄を拘束しておいたお陰で被害を最小限にとどめることが出来ました。グッジョブです、僕。


 前夜祭と称して人ん家で宴会をおっ始めたクラスの女子一同が、ぐーすか寝ていて誰一人として手伝ってくれないことに虚しさを感じつつ、勇者さんリクエストのうさぎさん仕様りんごをちまちまと細工します。


 無事にお弁当を作り終えた僕は、女装させられたままの格好で倒れ伏している王子さまの姿に憐憫を抱きつつ、幸せそうな寝顔で僕のベッドを占領しているロアさんのよだれを拭き拭き、足元に注意しながら居間を横断し、ポチと一緒にお風呂を沸かします。


 らが〜。


 うんうん、お前だけだよ、ポチ。僕の気持ちを分かってくれるのは。


 ……さて、どうしたものかな。居間で雑魚寝している女子一同を前にして、途方に暮れる僕。


 視界を埋め尽くさん限りの魔物さん達の群れを三年ほど前に目撃している僕ですが、今回のこれは……下手に起こすと祟られそうな予感がひしひしとします。


 そこで、とりあえず僕は、寝相で朝食をつまみ食いするという高等技術を披露している級長さんにモーニングコールの大役を押し付けます。


「……わたしの背後に立つな、ばーる」


 いい感じに幼児退行してます。


「しーちゃん、みんなを起こしちゃ駄目だよ? 面倒だしさ……。ね?」


「……うるさい。知るか……」


 入寮当初の彼女は、僕を困らせて喜ぶ変なお子さまでした。良く分かりませんが、ご自分に対して悪意や恐怖の感情を抱かない他人の存在が信じられなかったそうです。ろくな人生を送ってないなあ……。


 ぶつぶつと呟きながら、エビフライをくわえてふらふらと居間の方へ吸い込まれてゆく級長さん。これで良し、と。


 うん、なかなか順調な滑り出しです。今日の僕はひと味、違います。


 と、そのとき、《ぴんぽーん》と侵入者お知らせのアラームが鳴りました。


 はいは〜い。


 エプロンを脱いで、ぱたぱたと玄関を出る僕。ドアを開けて、閉めて、開けて、再エントリー。


 てっきり応接間に出るかと思ったのですが、オートフィルタの導きは格納庫へと続きます。


 一言で表すなら、巨人の牢獄。日の差し込まない室内の最奥を陣取る、鎖で磔にされた巨大な罪人。


 闇の中、ぽつんと灯る光源が、その異形を照らし出しています。


 ぎょろり。真紅の単眼の表面で光が波打ち、眼下の不躾な輩を見下ろします。ランタンを片手に唖然としている人影が、「ひっ」と息を飲みました。


 ――“大付箋(ガリバー)”。“付箋”の雛形にして、生産限定(リミテッド)モデルのデッドコピー……またの名を……。


「“ゴーレム”!? なんでこんなところに……!」


 のっけから重いですね……。


 暗澹たる思いに囚われる僕。


 ……すっかり忘れてました。チャンネル設定したままでしたね。その件で貴方に相談しようと思ってたんですよ、……カルメルくん。


「わぁっ! そ、その声……ヴェルマー? どど、どうして!?」


 ここは僕の家です。


「家って……え? いや、うん。そうだよな……その筈なんだけど……でも、えぇ〜?」


 まあまあ、落ち着いて。若頭によれば、“世界”は“無限ピースのパズルのようなもの”らしいですよ? たまたま僕らには日めくりカレンダーのように感じられるだけで、時間とか空間にあまり深い意味はないとか、何とか。


 で、カルメルくん、飛んで火に入る夏の虫とは貴方のことですけど、どうしてここに?


 …………も、もしかして僕と友達になりたいんですか? そんな、いきなり、こ、困ります……。


「いや……実は仕官学校の――」


 ! 話はあとです。


 僕はカルメルくんの手を取って、ゴーレムの足元に引っ張り込みます。


 空気がたわむ感じがした直後、轟音が鳴り響きました。何か巨大な質量が天上ルートを伝って落下してきたのです。


「ちっ、嗅ぎ付けられたか……」


 僕は舌打ちをして、尻もちを付いているカルメルくんを引っ張り起こします。


「乗って!」


「え? おれ?」


 目をぱちくりさせているカルメルくんに構わず、僕はメニューを開いて“航行機”の項目を選択します。


 ポップアップしてきた入力欄に、こんなこともあろうかと登録しておいたカルメルくんのIDとパスワードを素早く入力。


「ちょっ、それ、おれの誕生日――」


 言い掛けるカルメルくんの身体がマス目状に分解され、具体的にドコにあるのか良く分からない操縦席――“(くら)”と呼ばれます――へと転送されます。これで良し、と。


 さて、招かざる客はと言うと、落下のダメージが響いているようで、片ひざを付いた姿勢のまま、単眼のみをぎょろぎょろと忙しなく動かしています。


 おっと、双方向回線が開きましたよ。誰かと思えばルトヴィヒくんじゃないですか。大きくなりましたねえ……。


 典型的なカテ民族の青年です。ひと房に結んだ栗色の長髪を肩に垂らし、何やら大きな杖を抱えて“鞍”に座ってます。


《ヴェルマー! ダロ=ヴェルマー! いるんだろう!?》


 ええ。


《何故だ!》


 と言いますと?


《そんなものは戦争の火種になるだけというのが何故わからない!?》


 はあ……いかんせん警察に届け出るには大きすぎまして。


 と、早くもゴーレムを起動したカルメルくんが回線に割り込みを掛けます。さすがは魔導師、手馴れたものですね。


《おい、ヴェルマー! なんでおれの誕生日を知って……って、あ! その杖! やっぱりあんただったんだな! 仕官学校の……ええと……》


《ルトヴィヒだ! お前は誰だ? 俺はヴェルマーと話をしている! 邪魔をするな!》


 謎は解けました。カルメルくんは、僕の物干し竿を取り返そうとしてくれてるんですね。


 けど、残念ながら、ルトヴィヒくんが持っているのはレプリカです。この僕が言うんだから間違いありません。


 しかし言葉にするのは躊躇われました。あんなに必死になってくれてるカルメルくんに悪いです。


《せ、生徒長の、か……》


 彼は権威に弱い人でした。


 とたんに失速したカルメルくんを押さえ込み、ルトヴィヒくんが声高に叫びます。


《答えろ、ヴェルマー! お前はスィズさまを守ると約束しただろう! どうしてそんなものをお前が持っている!?》


 成り行き上、仕方なくですね。粗大ゴミの日に出す訳にも行きませんし。


《……真面目に答える気はないということか。ならばっ……破壊させて貰う!》


《ええー!?》


 カルメルくん、びっくりです。無理もありません。ゴーレムの操縦は非常に難しく、繊細なキータッチと長年に渡る調整が要求されます。


 ですが、安心して下さい。カルメルくん、貴方が乗っているゴーレムは新型でして、開発コンセプトは初心者にも易しいエミールシリーズです。


 まあ、早い話が呪霊騎士(レトロゴーレム)みたいなもんです。


《法律違反じゃんかよ!?》


 その為のパイロットですよ。


《き、詭弁だ! て言うかっ、人が動かしてるゴーレムに勝てる訳ないよ! IDとパス寄越せ! ログアウトする! 壊れてもおれ困らない! おれは困らない!》


 う〜ん、別に級長さんのことなんてどうでもいいんですけど。彼女にとって“付箋”は家族のようなものだと思うんですよ、僕。級長さんの悲しむ顔とか、あんまり見たくないでしょう? 僕は一向に構いませんけど。


 だから、頑張って下さい。


《おれも心底どうでもいいよ!? ネルさん怖いし! ラガ怖い!》


 だったら、頑張って下さい。知ってのとおり、あの人、心を読めますから。


《逃げ道ねぇー!?》


 カルメルくんの絶叫が響き、観念したように両腕の拘束が引き千切られます。


 一方、ルトヴィヒくんは何かを誤解したようで、


《ヴェルマー、君は……? いや……俺の考えは変わらない! その新型は、ここで破壊する……!》


《畜生! 杖、返せよ! 杖〜っ!》


 ルトヴィヒくんの駆るネルシリーズと、カルメルくんの駆るエミールシリーズが、互いの譲れないものを賭けて激突します。


(……ルトヴィヒの持っている“杖”はレプリカだ。なら、本物は……)


 ひとり物思いに耽る僕でした。


 あ、そろそろ勇者さんを起こしてこないと。

第四十八話。運動会スタート。

ゴーレムにあって、レトロゴーレムにないもの。それは“レト”と呼ばれ、古代ユノ語で“人”あるいは“霊魂”を意味します。現在、レトは単位のひとつとして用いられており、1レトは160センチ程度に相当します。

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