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祭りの支度(後編)

 いよいよ交流祭本番を明日に控えた今日。


 前日現地入りしてきた騎士候補生を各々の教室から眺める魔術寮生は、寮長の巧みな扇動でテンションの持って行き方を二日ほど間違えてしまったことがありありと分かる生気のなさです。マンドラゴラの息災を願ってミミカ族の方々と輪になって踊っていた僕も例外ではありません。


 普通に帯刀している仕官学校の皆さんですが、剣は彼らの誇りであり身体の一部なんだそうです。難儀なことですね。級長さんなんて家宝の魔剣をお部屋に放りっぱなしと申しますか、ここ最近ではその存在さえ忘れているふしが見受けられます。


 実際、僕の隣でうむうむと頷いている彼女は丸腰です。千尋の谷に突き落とした我が子を見守るような眼差しで眼下の行進を見下ろす級長さんの横顔を、精一杯羽ばたこうとしている雛鳥を見守るような眼差しで見詰める僕。


 人間、自分のことは案外見えないものですね。


 やれやれと首を振ると、僕と手を繋いでいる勇者さんの孵化寸前の卵を見守るような眼差しと視線が交錯します。


 ええと……何か?


「べつに」


 はふ、と溜息を漏らした勇者さんは、僕の腕をよじ登って肩車のポジションに移行します。


「ドナ、次アタシね」


 順番待ちされても困ります、ロアさん。……せめて一言、勇者さんではなく僕に許可を求めてくれませんかね。


 当然の主張をする僕を、しかしロアさんは冷たく一瞥します。


「あんたね、ヴェルマー、女の子に肩車のお願いさせて何が嬉しいの? そんなに女の子を上に乗せたいの? この変態!」


 何故か罵られる僕。


 雨降って地固まると申しますか、クラスに戻ってきたロアさんは少し明るくなりました。どこか開き直っている感も否めませんけど。


 利き腕の破壊を目論んでいるのか、僕の手をちらちらと目線で追っているロアさん(彼女の編む魔法はもはや僕の理解を完全に超えました)を警戒しながら、何かと他者を見下したがる勇者さんの無邪気さに心洗われます。


「どうして今日なの。もうやることないでしょ」


 今頃になってのこのこ現れやがってという気持ちは分からなくもないのですが、彼らに寮内をうろちょろされると面倒なんですよ。具体的に言うとアレとか。アレも。アレは……まあセーフですね。


 しかし級長さんは別の意見をお持ちのようで、


「ふん。魔術寮は女の園だからな。汚らわしい男どもを受け入れる余地などない」


 僕ら男子生徒に対する風当たりは強くなる一方です。


 すると、どういう訳か勇者さんは級長さんの意見を支持し「なるほど」と頷きました。


「……そうね。オトコなんて邪魔なだけだわ」


 …………男の子だって頑張ってるんですよ?


 さて。


 くるりと反転して教室を出て行こうとする僕を、ロアさんが見咎めます。


「ちょっと。アタシに無断で、どこ行くのよ」


 悲しいことに僕に行動の自由はないようです。別に疚しいことはありませんし、構いませんが。


「……殿下と会う約束をしてて」


 …………。


 なんでしょう、何か致命的なミスを犯したような感じがします。不思議ですね。


「…………」


 勇者さんの不気味な沈黙は何を意味するのか……。


 じり、とにじり寄ってくるロアさんに得体の知れない脅威を感じ取った僕は、ふう……と溜息をひとつ、勇者さんを脇に抱え直して、脱兎の如く駆け出します。


「あ、逃げた! 追え〜っ!」


 ちっ、反応が早い……。行く手に立ち塞がる女子生徒数名。すでに呪言を唱え始めている子もいます。さすがは校内随一の連携を誇るスペンサ班です。


 女の子に手荒な真似は出来ません。両手に杖を構えて殴り掛かってくるクラスメイトを、ここ数年に渡る八百屋さんとのデッドヒートで鍛え上げられた走力で突破します。


「き、消えた……?」


「っ、上よ!」


「――……!」


 ロアさんの魔法に関しては自信ありませんけど、魔術とはつまるところ幻覚であり、標的を見失っては正常な動作を望めません。優秀な魔術師であればあるほど、標的指定を緻密に行うためです。


 呪言部隊を飛び越えた僕は、着地と同時に教室のドアに手を掛けます。


「……掛かった!」


 しかし、フリーズしたかに思えた呪言が、正常な処理を終えて僕に牙を剥いたものだから、さあ大変。


(先読みされた? マルコーさんか……!)


 何の変哲もない教室の床から、(つた)が這い上がって僕の四肢に絡み付きます。


「捕えた!」


「縛って!」


「この際だし脱がしちゃえば?」


 ……ですが、甘いです。マルコーさんの存在は織り込み済みですよ。


「なっ、変わり身……!?」


 あとに残されたのは、横倒れになったまま死んだように眠り続ける羊さんでした。


 僕と若頭の連携は世界一です。


 廊下を駆け抜けながら、僕は脇の下でだらんと手足を伸ばしている勇者さんとお話します。


「勇者さん、殿下と会うのは久しぶりですね。何をお話しするか決めました?」


「…………」


 ちゃき。勇者さんは、無言で星の剣を握り締めます。


「剣のお稽古ですか? う〜ん、殿下はあまり運動が得意ではないですからね……」


「好都合だわ」


 王子さまの身を案じてのことでしょうか? 勇者さんは低い声でそう呟きました。最終的に自分の身を守れるのは自分だけですからね。王子さまに護身術を教えるのは、そう悪い考えではありません。


 屈強な魔物さんを瞬く間に斬殺してのける勇者さんなら、きっと良い先生になれるでしょう。


 仕事に追われる日々、忙殺される中に訪れたひとときの安らぎに、僕の心が温かいものに満たされました……。

第四十七話です。

対魔物戦のエキスパートである騎士は、特殊な訓練を積んだ人間で、魔術に対する抵抗力が人並み外れています。

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