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祭りの支度(中編)

 交流祭まで残すところあと二日。やばいです。何がやばいって、人手がぜんぜん足りません。


 指示を出す人間が圧倒的に不足しているのです。……え、緑色と赤色の導火線のどちらを切ればいいのか、ですって? そんなのはスペンサ教授に任せておけばいいんです。……いない? 行方不明……そうですか。いつも肝心なときにいませんよね、あの人。ふむ、処理班を編成しましょう。カルメルくんに出頭するようアナウンスを。


 基本的に裏方の人間である僕には、対処しきれない面が多々あります。


「だからって、私に頼るのは正直どーなの、ヴェルマーくん」


 腕を頭の後ろで組んで、僕の右隣をてれてれと歩くマルコーさんは、複数の案件をデータ上で並行処理しながら面倒臭そうに言いました。


 僕には貴女が必要なんです。そう言うと、彼女はひどく嫌そうな顔をして、


「あのさー……やっぱいい。級長(スィズ)っちはドコ行ったん? 朝から見掛けないけど」


 部屋でドミノ倒しでもしてるんじゃないですか? 僕は誤魔化しました。級長さんの奇行に関してはいつものことと、マルコーさんも深くは追求しません。


「……にしても、先輩らが抜けるのは痛いな〜。五年生(あたしら)って、級長(スィズ)っちの親衛隊みたいなもんだしね。あらゆる危機に対処できるよう仕組まれてるけど、まともな人間が少なすぎ」


 ……気付いてたんですか。


「当然のことだわ」


 そう答えたのは、僕の左隣をきびきびと歩くアーチスさんでした。近年、王都で急成長したアーチス商会々長の次女さんです。


 反ロア派で構成されるワーグナ班の実質的なリーダーである彼女は、手元の書類に目を通しながら、


「畏れ多くも三大貴族、ネル家の次期党首に何かあってからでは遅いのよ?……あ、資材が足りないわ。マルコー、二番のデータ寄越せて?」


「あいよ。リンクしてるんで、改ざんは勘弁な」


「しないわよ。あんたじゃあるまいし……ありがと。次、三番と五番」


 僕の目の前を、仮想窓がぽんぽんと行き来します。ひょっとして僕って要らない子ですか?


 ……いえ、こんな僕でも、何か力になれることがある筈です。処理済の判が押されたデータを上から下まで念入りに眺めていると、


「ヴェルマーくん、触らないでくれる? あなたが干渉すると、数値が狂うの。ミミカ族の食糧事情とか興味ないから。ね?」


 やんわりとアーチスさんに取り上げられます。


 さめざめと涙を流す僕。廊下の向こうからぱたぱたと駆け寄ってきた性悪双子が足に纏わり付いてくるなど、気が滅入る一方です。


 ハイハイ、今度は何です? お仕事中なので、鬼ごっこは駄目ですよ。まったく、貴女達ときたら、二人そろうと天下無敵ですからね。追い駆ける方の身にもなって下さい。


 苦笑しながらしゃがみ込むと、僕の肩に体重を預けた双子がこしょこしょと耳打ちしてきます。


 ……魔物の侵入を許したのか? 陣形を組んで地下迷宮を突き進んでいる……ふうん。


「無駄なことを……」


 後輩に連絡を取って、殲滅を命じます。僕の決定に双子はぶうぶうと文句を垂れますが、地下迷宮の最深部にあるゲートを開放されたところで特に問題はありません。それに――。


(いつまでも頼りない後輩のままじゃ困る)


 スペンサ教授の最高傑作である彼には、期待してるんです。べつに勇者さんと同じクラスで一緒に授業を受けてるあんちくしょうをここぞとばかりに排除しようとかは考えてません。考えてません。


 よしよしと双子の頭を撫でて労をねぎらっていると、二対の白い視線が僕を突き刺します。


「ヴェルマーくん、変わったね。昔はそんなことするような人じゃなかったのに……」


 昔って、マルコーさん……。走り去ってゆく双子の背を見送って、いつもの冗談だろうと振り返るのですが、


「マルコー、スペンサに考え直すよう言いなさいよ……」


「言い続けた結果があれですわ、あっちゃん……」


「そう……」


 …………。


 とにかくですね、僕は魔術寮に何かしらの貢献がしたいのです。クラスの一員として、交流祭を盛り上げていきたい……。


 隊長との再会は、僕の中で漠然としていた“卒寮”という事態の重みを意識させるには十分な出来事でした。

 

 六年生になると卒寮課題で忙しくなるし、今年が最後のチャンスなのです。


「はあ、ヴェルマーくんも色々と考えてるんだねえ……」


 まるで僕が人生の寄り道を最重要視しているような言い方ですけど、分かってくれましたか、マルコーさん。


 感心するような口振りの彼女に対して、アーチスさんはやや難色を示し、


「気楽に言ってくれるけど、あなたに何が出来るの? 大体、クラスの一員って、ヴェルマーくんの場合は……」


 何か途方もない秘密を打ち明けようとする彼女の袖を、マルコーさんがクイクイと引っ張って押しとどめます。


「あっちゃん、あっちゃん。それNG」


「あ、そうだったわね、ごめんなさい。……一緒にがんばりましょうね、ヴェルマーくん」


 一転して晴れやかな笑顔で協力体制を築き上げるアーチスさんに、僕は腑に落ちないものを感じるのです。


 ともあれ、寮内の情報と経済を掌握する二人を押さえた僕は、内心ひそかに喝采を上げました。


 この二人が鍵なのです。


 本当なら巻き込みたくなかったのですが、ミミカ族の方々が競技に参加できなくなった以上、当日の僕の行動には制限が付きます。


 しかも自分で蒔いた種とはいえ、エミール家を動かしてしまった、正確にはお膳立てを整えてしまったのですから。後戻りは出来ません。


 ……この時点で僕はひとつの誤算をしていました。


 それは、王子さまの存在です。


 けれど、そのことに僕が気が付くのは二日後、すなわち当日の出来事であり、悲しいことに僕は未来を知ることが出来ないのです。


「でも、具体的には何をするの?」


 アーチスさんの疑問はもっともでした。


 僕は、級長さんに内緒で推し進めている“計画”の全容を二人に告げます……。


「……ネル家とエミール家の和睦!?」


 そう、“お怪我はありませんかお嬢さん作戦”です。


 これまでの経験から、タフなスケジュールになることは確信してましたが、マルコーさんとアーチスさんが協力してくれるなら、ぎりぎり過労死しなくて済みそうでした。


 ついでに言うと、仮に級長さんがめでたく寮長さんにクラスチェンジした場合、僕が居なくても立派にやって行けるよう配慮した結果なのです。

第四十六話。これほどの難産は初めてです。迷った迷った。

さて、魔素を制御できる魔術師は、情報を電子的に保存・整理することが出来ますが、同時に外部からの改竄が可能であることと、また閲覧が容易であるという事実から、紙を用いた書類の提出を徹底しています。

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