あるじの帰還
《ぴんぽんぱんぽーん。五年波組のヴェルマーくん、五年波組のヴェルマーくん。……聞こえてるかね、悪魔憑き。そう、キミだ。幼女と戯れている場合ではないぞ……。至急、執務室まで行くがいい。首を洗って、な。フハハハっ》
わざわざ僕の目の前までやって来て全校放送をかましてくれたマルコーさんは、何が可笑しいのか高笑いを上げながら去ってゆきます。
……今更ですけど、魔術寮で暮らしている子は、ちょっと変な人が多いです。
ちなみに、“波組”とは魔術連推薦の特待生のこと。生徒らがB棟の維持に必要不可欠な生贄であるとはいえ、魔力の高さはたんなる目安に過ぎません。
良くも悪くも人材は国の宝です。僕らのクラスで言えば、カルメルくんとマルコーさんがそれに当たります。
特待生の特典として、入寮試験免除、授業料免除、研究室の開放などが挙げられる反面、卒寮後は特務機関への従属を余儀なくされます。
その点、僕は微妙な立場にありました。
(入寮試験を免除された覚えはないが……)
言い出したら切りがありません。そもそも僕は、魔術連にスカウトされた覚えもありませんし。
「執務室ねぇ……?」
寮長およびスタッフらの根城です。勇者さんふうに言えば“生徒会室”ですね。
呼び出される心当たりは…………多すぎて特定できません。
若頭の帰還を祝して、ミミカ族の方々とどんちゃん騒ぎした件でしょうか。
それとも、立ち入り禁止区域の沼で夜釣りした件でしょうか。……いや、あれはバレてないはず。
ひょっとしてアレか? 経費の水増しがバレたのか? 級長さんの食費がばかにならないんだよなぁ……。
……カラ出張の件かもしれない。証拠は隠滅しておいたが……まさか魔術師長と殴り合っていたなんて言えないし。
それとも、アレか。鋭意製作中の霊薬が衆目に晒されてしまったのか? あれさえあれば……大きなマンドラゴラが作れる。深い意味はないが……作りたかった……。
いずれにせよ、事態は深刻です。
きゃあきゃあと喧しい二年生コンビを小脇に抱えたまま、きびすを返して――。
「タロくん……」
…………。
「……姉妹どんぶり」
それだけ告げて、勇者さんは三年生の教室へとフェードアウトしてゆくのでした……。
教室に立てこもった勇者さんを説得のすえ連れ出すことに成功し、執務室へと向かいます。
「遅かったじゃないの」
そこには当然のようにロアさんが待ち構えていました。
奇遇ですね。
「……じゃないわよ。あのね、あんたは知らないだろうけど……ちょっ、」
何か言いたそうにしているロアさんを振り切って、ドアノブに手を掛けます。僕のマンドラゴラが危ないのです。
失礼します。
「来たか、ヴェルマー」
返事は簡素。座席に腰掛けたまま、組んだ足のひざに乗せた書籍から目もくれず。
「……隊長」
戻ってきてたんですか。
「“先輩”でいい。……ああ、こんな私にも人並みの愛校心というものはあるのだね。驚いたよ。
予定では、雲隠れして後輩の成長振りを拝もうかと愚考していたのだが……」
悪いですけど、どんなに上手く隠れても小一時間で見付かると思います。
「大きく出たね。こう言っては何だが、私は君の思考パターンを完全に把握している。
おそらく君は、五分で捜索を打ち切って私の部屋からぬいぐるみを持ち出して替え玉にするだろう。
……まったく、恐ろしい男だよ、君は。乙女心は大切にしなさいと昔から何度も言っているだろう?」
淡白な会話が続きます。
その間、僕に続いて入室してきたロアさんが、勇者さんを手招きしてひそひそと耳打ちしています。
「寮長になったんですね」
「生憎と、口だけは達者でね。おめでとうなどとは言ってくれるなよ? 寮長の在り方は人それぞれだろうが、私としては極力、干渉を省きたい。これは六年生の総意と捉えて貰って構わない……」
と、ロアさんに何か良からぬことを吹き込まれた勇者さんが、てくてくと隊長に歩み寄って、
「お前がタロくんを騙す悪い女なのね!」
びしぃっと指差しました。
隊長はスルーしました。勇者さんを一瞥し、何故か溜息をひとつ。
「……あの老人には関わるなと言ったろう。ネル家じゃあるまいし……よりにもよって“二人目”の“付箋”とは……頭が痛い」
「何それ」
きょとんとする勇者さんを、隊長は店頭に飾ってある非売品のぬいぐるみを見るような目でまじまじと見詰めて、
「“勇者”のことだ。……ヴェルマー、この子を私に譲る気はないかね?」
問題発言をしました。
「駄目です」
僕は即答しました。
第四十三話です。
“二人目”とは本来、原初の魔術師を指す言葉です。“欠落者”とも言われ、超人的な身体能力と“勘”を兼ね備えていました。