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涙の再会

「おお、ヴェルマーが飛んだ」


「飛んだね」


「……うっかり光合成のスキルをラーニングしちまった草食動物って感じの奴なのに、意外と動けるよな」


 のんびりとコメントなんかしてないで、誰か助けてくれませんかね。


 着地と同時にたわんだひざのバネを利用して飛び退きます。フェイクを織り交ぜて“襲撃者”を牽制しつつ、胸中で舌打ちをひとつ。


 ――位置関係がマズイ。とっさのことで身をかわすのが精一杯だった……。


 そのことを責めているのか、ロアさんの視線が冷ややかです。


 前傾姿勢を保ったまま、僕は“襲撃者”の真意を問い質します。


「どういうつもりですか? パラメ先生……」


「大人しくお縄に付きなさい、ヴェルマーくん」


 返ってきたのは降伏勧告でした。本来なら問答無用で“詰め”に入るところですが、勇者さんの担任に手荒な真似はできません。


(……まさかそれを逆手に取って? 白昼堂々とは恐れ入る……エミールの遣り口じゃないな……モーゲンの差し金か?)


 ひとり盛り上がる僕。


「誰に頼まれたんです?」


「しらを切るのね。裏は取れてるのよ……。二度は言わないわ、今すぐデコ隊を引き上げさせなさい!」


 …………。


 あの性悪双子め。僕を売りましたね。あとでおしおきです……。


 ちなみに、デコ隊とはデコレーション部隊の略称で、補習班の世を忍ぶ仮の姿です。


「準備期間は三日と協定で決まっているの。それを、あなた達ときたら……!」


 誤解です。僕は足を洗ったんです。勇者さんのために真人間になろうと決めたんです。


 ……それと、あえて客観的な意見を述べさせてもらえば、たった三日で何ができるって言うんです?


 仮設テントの設置は毎年必ずと言ってもいいほど問題が起きますし、地味ながら確実に人手と時間を要する造花の製作、協定内容の変動に伴うスケジュールの見直し、当日会場の警備シフトの穴埋め、スポンサーへの口利きと馬車の手配、戻って来ない六年生の捜索、B経路の封鎖とB棟およびゲートの結界補填……。


「う、そ、それは……てかB棟とか言うな……」


 目に見えてひるむパラメ先生。大人達の横暴に僕らは屈しませんよ。ここぞとばかりに鬼札(ジョーカー)を切ります。遠い目をして、


「勇者さんが言うんです……“運動会にはろくな思い出がない”って」


「うぅ……!」


 ガクリとひざを折るパラメ先生。貴女の敗因は、非情に徹しきれなかったことです……。


 ひとつの戦いに幕が降りたところで、我関せずの立場を貫いていた級長さんが何事もなかったかのように言います。


「……さて、続けるぞ。いよいよ来週に迫った交流祭の出走競技に関して、我こそは思う者は名乗りを上げろ。自薦他薦は問わんが、最終的には立候補という形で処理されることを忘れるな。なお……」


 級長さんは、二人三脚のチェックリストに見覚えのある人名をカツカツと書きます。変な名前だなあ……。


「なお、後ろで己が都合を正当化して女教師をいたぶっている男は、二人三脚への出馬が決定している」


 僕ですか。僕ですね。


「……障害物競走に出てもらった方がいいと思うけど……?」


「てゆーか、ヴェルマーって交流祭に出れんの?」


「毎年、来賓席にいるじゃんか」


 口々に不満を訴えるクラスメイト達。けれど、級長さんは耳を貸しません。


「これは決定事項だ」


 何か不穏な発言が紛れていたように思えるのですが、僕自身に異論はありません。約束は守るべし、と若頭の発行した対人間マニュアル“人間といふもの”にも書かれています。


「私、教師に向いてないのかしら……ヴェルマーくんはどう思う?」と僕のみかん箱に突っ伏すパラメ先生の人生相談を受けつつ、ちくちくと擬装用ゼッケンを刺繍します。ロアさんの視線が痛いです。


 クラスメイト達は、なんだかんだ言って交流祭を楽しみにしているようです。


「縛りはどうなってんの〜?」


「うむ、言質は取った。呪言ナシ、魔法アリだ。“ミミカ族”のカードは切る羽目になったが」


 ぴたり、と僕の手が止まります。


 ……ちょっと待ってください。どうしてそうなるんです?


 すると、級長さんはきょとんとして、


「うん? お前がそうしろと言ったからではないか。何を置いても“魔法”の譲歩を引き出せと。きちんと仕事したぞ」


 えっへんと胸を張ります。


 ……たしかに言いましたけど、そもそもミミカ族の方々は魔術寮に属していませんよ。競技に参加する、しないの問題ではないでしょう。どうして――。


 そこまで考えて、はっとします。


(ルトヴィヒ、か? なるほど……甘く見ていたと言うつもりはないが……)


 思わぬ伏兵です。級長さんの意向に全面的に従うだろうと高を括っていたのですが……王子さまを同伴してきたのは単なるポーズではなかったという訳ですね。


 ……姉さん、事件です。


 一人っ子の僕が架空の姉をでっち上げるほど、事態は切迫してきたのです。


 ところでパラメ先生、涙を拭うならご自分のローブでお願いできませんか。


「ヴェルマーくんも私を捨てるのね。昔はあんなに素直だったのに……」


 素直なままじゃいられなかったんです。


 っ……。視線を感じて振り返ると、真っ赤なおめめと目が合いました。我が家のうさぎさんこと勇者さんです。パラメ先生を迎えに来たのでしょう。


 魔眼から放たれる視線が、ローブの袖に縋り付くパラメ先生と僕とを交互に往復します。緩慢な動作に奇妙な凄みを感じます。


 言い逃れはできそうもありません。死を覚悟する僕でしたが、勇者さんは何故か安堵したように微笑んで、


「タロくん、あたし信じてたわ」


 どういう訳か、土壇場で教師の使命に目覚めたエミール派のスパイに言うようなことを優しくのたまったのでした……。

第四十二話です。

魔術の基礎は“呪言”と“魔法”です。環境に大きく左右されるその他の術式(三大貴族のそれを除き)は、長い歴史の中で淘汰されて行きました。それを現代に蘇らせたのが、“魔王殺し”のベルザ=ベルです。

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