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野心との遭遇

 ロアさんが戻ってきたことで、僕らのクラスは交流祭に向けて本格的な活動を開始します。


 魔術寮のあちこちでデコレーション部隊が暗躍を始め、来春に卒寮を控えた六年生達が卒寮課題の合間を縫って僕ら在校生と合流します。


 が、その前に余談をひとつ――。



「人間め……家畜(エサ)の分際で我をここまで追い詰めるとは……人の身でこうまで……“先生”以来……なのである」


 街灯で(けぶ)る魔都。ひと気の失せた廃墟。ここは王都の成れの果て……可能性のひとつ……。


「若頭……!」


 傷付き、倒れ伏した若頭に駆け寄って抱き起こします。


 あんなに綺麗だった毛並みが見る影もありません。


「タロくん……どうしてここに……」


 頬を伝うものがありましたが、僕は嗚咽を堪えて笑顔で言います。


「若頭、約束したよね。生きるときも死ぬときも……僕らは一緒だ」


 僕の生涯においてベスト3に輝くだろう名場面でしたが、いつの世も空気を読まない輩は存在するものです。


《小僧ォ……あの結界を抜けてくるたぁなァ……》


 教会の屋根に手を掛けて、ぬうっと僕らを見下ろす巨大な影。


 僕の手が怒りに打ち震えます。


「呪霊王……!」


《あァ!?》


「……さま」


 人間ってなんてちっぽけな生き物なんでしょう。


《いいぜェ……役者は揃ったって訳だァ!》


 呪霊王さまは、エキサイトするあまり教会を握り潰してしまいます。


 何をそんなに興奮しておいでなのでしょうか……?


 そもそも、どうして呪霊王さまがここにいるんですか? 会場を間違えてません?


 分からないことだらけの僕ですが、そんなささいな疑問は、次の瞬間、脳裏から消し飛びました。



「そこまでにしておけ。ウリエル」



 じわりと嫌な汗が浮かびます。


 大陸に暮らす者で“彼”を知らぬ者はいないでしょう。


 “魔王殺し”の異名を誇り、わずか一代で三大貴族に比肩しうる権勢を築き上げた時のひと。


 あらゆる魔術師の頂点に君臨する、魔術連の長にして、何を隠そう魔術寮の校長を兼任なさっておいでです。


 怖くて振り返れない僕に代わって、怖いもの知らずの呪霊王さまが雄叫んでくれました。


《ベルザァァァッ!! 俺様に命令すんじゃねェッ!》


 僕と若頭を置き去りにして会話らしきものが進みます。


「口の利き方には気を付けろ。わしは気紛れだ……利害が一致している内は飼ってやっているが……やぶさかではなくなる」


《テメェ……!》


「そう……老人は労わるものだ。悪魔はプライドが高い……貴様と同じでな……“本体”を引きずり出すのはさして難しくないが……わしも暇な身ではない」


 ……ひとつだけ聞いていいですか?


「ヴェルマーか。久しいな」


 答えてください。どうして勇者さんのお見舞いに来てくれなかったんですか?


 あの子は、まだ十二歳なんですよ。それを……。


「下らん……。言った筈だ。わしは忙しい」


 基本的に敬老精神あふれる僕ですが、これには我慢なりませんでした。


「自分で召喚しておきながら、貴方はッ……!!」


 振り向きざま、“糸”を走らせます。同時にナイフを投擲。地を蹴ると共に第二投。“拍子”を踏んで影を縛ることも忘れません。


 当たり所が悪ければ細切れになってしまう訳ですが、彼女を悲しませる存在は“事故”に遭ってしかるべきです。


 もちろん、この程度のお手軽クッキングは、過去の暗殺者達がさんざん試していることでしょう。


 ……あれ? 僕って魔術師ですよね? いやいや、そんな自己のレゾンテールを問うている場合ではありません。


「――……」


 素早く印を切りながら、呪詛を紡ぎます。どんなにがんばったところで、魔術では勝てません。肉薄して若さの勝利に賭けるのです。


 おっと、全弾ヒットですよ。もしかして僕、国際指名手配確定ですか? 勇者さん、前科者の保護者でごめんなさい。とりあえず国外逃亡して――。


「よかろう。あれから一年と少し経つ……。久々の授業(レッスン)だ……ダロ=ヴェルマー」


 どうして生きてるんですか、あの人。影で攻撃を肩代わりとか、もう意味が分かりません。


 一方その頃、おじいさんの本体は虚空に佇んでいます。あれが噂のオリジナル魔術なんですね。【人は空を飛ぶことはできない】とか魔術の“原則”を完全に無視ですか。そうですか。


「不可視の階段……“階梯”!」


 見えない階段をどうやって登るのか――。


 あまたの戦士が挑戦し、敗れ去ったという恐るべき術式です。


 若頭ですら破ることのできなかった命題に、どのようにして挑むか……?


(……どうする?)


 ひどく冷たい汗が背筋を伝いました。



 ……と、まあ、そのようなことを草木も眠る丑三つ時にやらかしていたため、今朝の僕は寝不足もいいところなのでした。


 ねむねむ……。ああ、忘れるところでした、ダロ=ヴェルマーです。


「お、おはよっ、ヴェルマー」


 おはようございます、ロアさん。そんなところでもじもじしてないで、とっとと座ったらどうです? 僕は寝ます。勇者さんは三年生の教室に行ってますし。


「っ……このっ、ええい、くそっ、期待したアタシが馬鹿だった!」


 ……女の子が“くそ”なんて言っちゃいけません。男ならいいのか、とかそういう質問は受け付けませんよ。という訳で、マルコーさん、あとを頼みます。


「ロアっち〜。そんなん放っといてさ〜熱い友情を育もうよ〜はぐはぐ」


「エリス! アタシにソッチの趣味はないのよ! 離せ!」


「そうツンツンしなさんなって。スペンサ班、集合〜。……ワーグナと言ったね、お嬢さん。キミも来たまえ……」


「跳ばされたいの、あんたら!? ヴェルマー! こらっ、寝んな!」


【ダロは“狸寝入り”のスキルを発動しました】


【ダロは聞き流しました】


 …………。


 さて。


 一応、指揮官に当たるスペンサ教授が不在の今、僕らのクラスは三級待機の常態にある訳ですが、気付けばお昼になっているのはどうしたことでしょう。


 不思議なこともあったものです。新手の刺客ですかね。魔術の可能性ってやつをまざまざと見せ付けられた今となっては、何があっても驚きませんよ。


《“蛇”。“姫”が弁当を忘れたと騒いでいる》


《……何だと?》


 心臓が止まるかと思いましたよ。


 たまたま勇者さんと同じクラスだった補習班の後輩から緊急のメールです。


 ……“蛇”なんて呼ばれてるのか、僕は。たしかに我が家の家紋は“地を這う大蛇”だが……。


 二重の意味で驚きです。


 お弁当を忘れないようにあれほど言っておいたのに……勇者さん。


《あんたの作ったもの以外は口に合わないと主張している。取りに戻ればいいと忠告するか? 指示をくれ》


《駄目だ。ラズ派の動きが気になる。……僕の教室に誘導できるか?》


《……弁当を譲る気か? 教育上それはどうかと思うが……》


《構わん。やれ。彼女の健康が第一だ。それに勝る優先事項はない》


《……いいやっ、この際だから言わせてもらう! あんたは甘すぎる! もっと厳しく当たるべきだ!》


《では言わせて貰うが……厳しくしてグレたらどうするんだ! “嫌い”なんて言われてみろ! 僕は世界を呪って死ぬぞ!?》


 教育方針の違いで口論したりなどしましたが、家出された実績を誇る僕に軍配が上がったのは言うまでもありません。


 無事に勇者さんと合流し、楽しいランチタイムです。


 口うるさい後輩と妥協点を探った結果、僕は心を鬼にして言います。


「勇者さん、半分こしましょう」


「タコさんウィンナーは譲らないわ」


 交渉は成立しました。


 ……ところでカルメルくん、先ほどから僕の杖に何をしてるんですか?


「え? ヴェルマーの杖なの? 愚者の杖じゃなくて?」


 ええ、それは僕の杖です。とある魔物さんにへし折られたので、由緒あるような気がする枝に変えたんです。二ページ目の出来事ですよ。


 あの古ぼけた杖なら、僕の家で日干ししてますよ。ゆくゆくは物干し竿として第二の人生(杖生?)を歩んで貰うつもりなのですが……。


 すると、勇者さんは箸を休めて(おっしゃ)いました。


「あの薄気味悪い棒切れなら、タロくんが留守のときに家を訪ねてきた男に手切れ金として渡したわ」


 手切れ金……なるほど……そうですか。そう……。


 カルメルくんは、悔しそうです。


「先手を打たれたのか……!? 畜生!」


 我が家の物干し竿にこんなにまで親身になってくれるなんて……。


「…………」


 感動する僕を、勇者さんがじっと見詰めていました。

第四十一話。ようやく登場、魔術師長。

魔術の本質は“まやかし”です。“原則”とは禁じられた行為を防止する“縛り”であって、必ずしも不可能という訳ではありません。

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