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遥かなる旅路(前編)

 年甲斐もなくハシャいで保健室(ふりだし)へと戻った担任教師に代わって、教鞭を手中に収めた級長さんが出席簿を片手にクラスメイト達の名前を読み上げています。


「リッツ=ワーグナ」


 じゃかじゃん。


「……お前のそういうところが、私は嫌いではないぞ」


 良く分からないコメントを残しつつ。


「ロア=スペンサ」


 返事がありません。級長さんは、根気良く呼び掛けます。


「……スペンサ、返事をしろ」


 いないものは仕方ありません。級長さんは諦めたように(かぶり)を振って、


「スペンサを除き、全員出席だな」


 …………。


 あの、級長さん。


「む? なんだ、ヴェルマー。手短にしろ」


 僕の名前、読み飛ばしてません?


「…………」


 級長さんはしばしの沈黙を挟んだのち、おもむろに定規を取り出すと、出席簿に何か書き込んで、


「ダロ=ヴェルマー」


 はい〜。


「…………やれば出来る子だと私は信じているぞ」


 …………もっと他に何か言いようはないんですか。


 大体ですね、級長さんらしくないですよ。どうしてロアさんのズル休みを認めるんですか? 僕のときと態度がまったく違うじゃないですか。


「ばかもの。私に遅刻はいけないことだと教えたのはお前ではないか」


 過去のことはいいんです。僕らは今を大切に生きるべきです……!


 熱意を込めて語る僕を、お隣の勇者さんは川の流れに身を委ねた木の葉を傍観するような眼差しで見澄まします。


「タロくん、今度は何を企んでるの」


 …………。


 僕は答えを一旦保留し、「バカな……!」だの「だがっ……!」だのと何やらアツく議論している男子陣を眺め遣りました。


「考え過ぎじゃないのか、カルメル?」


「おれはこの耳でたしかに聞いたんだ! 信じてくれないのか……?」


「……けど、レプリカを作るったって、可能なのか、そんなこと?」


 少し妄想癖のあるカルメルくん。自立心に欠ける面はあるものの、きらりと光る勇気の持ち主です。


 きっと謝れば許してくれますよ、ロアさん……。


 あるじの帰りを寂しそうに待っている机と椅子を見詰めて、僕は決意を新たにするのでした。


 ぐっと握り拳を固めて、


「僕らはクラスメイトじゃないか!」


「……久しぶりに聞いたな、その台詞」


 腕を組んで黙考していた級長さんは、ニヤリとよこしまな笑みを浮かべます。


「面白い。謎に包まれたスペンサのプライベートを暴いてくれるわ……!」


 ……あ、やっぱりナシの方向で。駄目ですか? 駄目ですね……。


「スペンサの……そうか……おれも行く!」


 カルメルくん……。道は険しいですよ? 考え直しませんか?


 叛意を促す僕。しかし彼は、決意を曲げようとはしませんでした。


 後ろ暗い家業をひきずり、波風を立てないよう生きてきたカルメルくんは、かつてないほど真剣な眼差しで、


「大人なんて当てになるもんか。おれ達の学校は、おれ達の手で守るんだ!」


「……その言葉を待ってたよ、カルメル」


「アリスさん。おれ、今……」


「うん、輝いてるよ」


「アリスさん!」


 …………。


 盛り上がってるところ申し訳ありませんが、――何しに行くつもりなんです?


「寝起きドッキリね」


 勇者さんのつれない一言。


 円陣を組んで青春まっしぐらのローウェル班を見詰める女子一同の視線は冷ややかでした。


「男子、サイテー」


「ローウェルくんが毒されていく……」


「子スペンサなんて放っとけばいいのよ」


 何もかもがバラバラです。


(ああ、前途多難……)


 ――かくして僕らは、魔術寮の最難関、難攻不落と囁かれるロアさんのお部屋へと挑むこととなったのでした。


「ヴェルマー、どこへ行く?」


「…………。山へ芝刈りに」


「あとにしろ」


 今を大切にしましょうよ……。

第三十八話。悩みましたが前後編に。

魔物の第三次侵攻を辛くも退けた王国は、“ゲート”と呼ばれる特異点を“結界”で封じ、その上に要塞を築き上げました。これが、のちの“魔術寮”です。

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