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あくなき闘争

「おれも魔導師の端くれだ! アンタの好きにはさせない!」


「威勢のいい坊やね。……楽しみにしているわ」


 宵口の往来で高笑いを上げながら去っていく見知らぬ人。


 なんとなくノリで啖呵を切ってしまったカルメルくんは、決意の表情で満天の星空を見上げます。


 目が合いました。


 木の上からこんばんは。ダロ=ヴェルマーです。


「ねえ、タロくん。“魔導師”って何? 魔術師とどう違うの」


 勇者さんも一緒です。扶養家族の監視が厳しい今日この頃。


 ……魔導師というのはですね、ようは魔導器を作る職人さんのことです。


 カルメルくんのお(うち)は、何食わぬ顔で中立(ラズ)派に属してますけど、元々はネル家に与していた武器商人さんの末裔でして……。


「ひ、人ん家の裏歴史を慈愛の面持ちで紐解くなよ……」


 過去は消えませんよ。どこまでも追ってきて、足を引っ張るんです。人生とは負債の連続ですよ、カルメルくん。常にね。


 僕にもたれかかっている勇者さんは、大いに頷き、


「そんなんだから、あんたはいつまで経っても坊やなのよ」


 はふ、と溜息を漏らします。


 三歳年下の女の子にこれまでの人生を全否定されたカルメルくんは、基本的な事項を確認してきます。


「…………おれを連れ戻しに来たの?」


 おおむね、そんな感じです。当初は級長さんに任せておくつもりだったんですけど、事情が変わりまして。……僕のアリバイを崩してどうする気なんでしょうね、あの人。


「あの女、たぶん勘付いてるわ」


 勇者さん、思わせぶりな発言はやめてください。僕は真っ当に生きたいんです。


「じゃあ聞くけど。タロくん、いつも夜中にどこ行ってるの。あたしを置いて」


 …………眠れない夜もあるんです。


 伝家の宝刀を閃かせる僕ですが、勇者さんは歯牙にも掛けません。


「オトコね。新しいオトコが出来たんでしょ。……まさか」


 勇者さんは、はっとして、ひそかにこの場を去ろうとしていたカルメルくんを睨み付けます。


 “新しい男”というのが何を意味しているのかは分かりません。けれど彼女は、何か大きな敵と人知れず戦っているようでした。


 それが、まるで勇者の宿命とでも言うように……。


「させるかっ」


 僕の手をすり抜けた勇者さんは、うさぎさんのお株を奪うかのような跳躍力で、カルメルくんの行く手に立ち塞がりました。お腹を冷やさないよう持参したタオルケットが、夜風をはらんで翻ります。


 突然のことに後ずさり、今更のように言うカルメルくん。


「……勇者なんだよな、そういえば」


 何だと思ってたんですか、今まで。


 ……カルメルくん、自首するなら今のうちですよ。良く分かりませんが、勇者さんは本気です。


 級長さんが心配してましたよ。そのくせ生存を絶望視するのは飛び抜けて早かった訳ですが。


 ロアさんなんて、あの日を境にお部屋から出て来ないんです。きっと悔やんでいるんでしょう……。


「全周波数でラブレターを読み上げられたら、誰だってそうなるだろ。おれのことなんて忘却の彼方だと思うよ」


 カルメルくん。僕、あのあと大変だったんですよ。


 悪ノリした級長さんが“ロア=スペンサVSダロ=ヴェルマー”“五年に渡る長き戦いに終止符か!?”なんて盛り上げちゃって収拾つかなくなるし、当の本人は例によって例のごとく姿を現さないし。


 いっそのこと級長さんと決着を付けて採算を取ろうかと思ったんですけど、特設リングに上がったのは僕らの担任教師でしてね……もう……。


 葉っぱに埋もれて泣き崩れる僕。一方その頃、カルメルくんは勇者さんに睨まれて硬直しています。


「あたしは、あの女ほど甘くないわよ」


 僕とカルメルくんの嘆きは、図らずも一致しました。


「おれが何したってのさ……」


 かくして、第三回正座耐久レースまたの名をお説教大会が開催される運びとなった訳ですが、


「タロくん、なに知らん顔してるの」


 悲しいことに欠場は許されないことを僕は悟ったのでした。


「あのね、あたしはそういうの否定しない。否定しないけど、何事も節度が大事だと思うの。仮にも貴族、命令する立場の人間なんだから、きちんとマナーを守って見本にならなきゃ駄目でしょ。いざというときに誰も手を差し伸べてくれないなんて、寂しいわ。まずタロくんね。初めて会ったときから思ってたけど――」


 …………。


 王都の夜は、こうして更けてゆくのでした。

第三十七話です。

魔物の侵攻から時代が下り、大気中の魔素の濃度が高まるにつれて、“魔術師”が歴史の表舞台に登場し始めます。カルメル家も、そうした中のひとつです。

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