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士官学校(後編)

「名付けて、“お怪我はありませんかお嬢さん作戦”です!」


 らが〜。


 それはともかくとして。


 ……異様にひんやりとした地下の空気が肌を撫でます。


 猫よろしく快適空間に群がる魔物さん達と殺陣(たて)を繰り広げている黒髪黒目の少年。


「何故だ……どうして魔物がオレの邪魔をする? どけ!」


「泣き言か? 噂ほどじゃないな、モーゲン」&僕。 


 もうすっかり夏ですね。ダロ=ヴェルマーです。


 後ろで全人類を敵に回すような発言をかましてくれたのは、未来の神殿騎士(テンプルナイト)さま、ドゥロワ=モーゲンその人です。


 こうして背中を預けて戦うのはおろか、面と向かって話したことさえなかった僕らですが、不思議と初対面という感じはしません。


 モーゲン家は、エミール家のダークサイド窓口ですから、まあ色々とニアミスしていたのでしょう。言わぬが華とお互い黙ってますけど。


 あ、ちょっと屈んでくれません?


「……“蜘蛛”の“糸”か。お前に頼るのは癪だが……面倒だな。まあいい」


 伊達に魔術寮攻略の実行部隊を率いている訳ではないようです。


 ひょっとしたら僕よりも僕に詳しいモーゲンくんは、純白のマントが汚れてしまうのも気に留めず、その場に座ってくつろぎモードです。


 ひとり頑張っている僕は、まるで働きアリさん。


 モーゲンくんが“蜘蛛”の“糸”と評したのは、奥義・大根切りのことでしょう。


 魔物さん達の皮膚は人間と比べて非常に強固であるケースが多く、ねじ切ることはできません。逆に僕の指がへし折れます。


 ですが、絡め取ることはさして難しくありません。幸いと申しますか、ここ地下迷宮は通路が広く、糸を括る柱に事欠きません。


 モーゲンくんの意外そうな声。


「とどめを刺さないのか?」


 僕を何だと思ってるんだ……。


「後続を断つ方が先決だ」


 魔物さん達は、ことのほか縄張りを大切にします。


 鼻の先でウゴウゴしているバラエティ豊かな魔物さん達も、やがては自分の帰りを待つ家族のことを思い出して去ってゆくことでしょう。


 モーゲンくんは僕の思い遣りに胸を打たれたのか、はっとして、


「査問会のエージェントが来てるのか? オレを囮にして……まんまと踊らされたという訳か。ちっ……礼は言わんぞ、ダロ=ヴェルマー」


 ……貴方は何を言ってるんですか?


 温度差に戸惑う僕をよそに、モーゲンくんは素早く身を翻して剣尖を突き付けてきます。なんて恩知らずな。


「だが、任務は任務だ。……言え、“愚者の杖”はどこにある?」


 “愚者の杖”とは、“勇者の剣”と対を成す“神器”のお名前。魔導器の最高峰のひとつで、あらゆる魔物を従えるという嘘臭いト書きがされてます。


 そんなものより、戦いのあと芽生える友情を期待していた僕の気持ちはどうなるんですか。


 ちなみに、あの古ぼけた杖なら、ロアさんのお部屋に向かう途中でダミーとして無造作に放置されてます。


「正直に言え。オレは本気だ。上は“蜘蛛”の娘にご執心のようだが、オレは違う」


 どうしてこう、僕の周りにいる人って何かと疑ってかかるんですかね。世の中に不満でもあるんですか?


「エミールの遣り口は手ぬるい。お前はヴェルマーだからな。あの老人は、実に抜け目のない手を打つ。……勇者もそのひとつだ」


 そう言ってモーゲンくんは、とっさに身を屈めました。ひと足先に気付いていた僕は、跳躍して難を逃れます。


 ――もうひとつの神器である“勇者の剣”。別名を“星の剣”といい、あらゆる魔物を滅ぼすという……まあアレです。


 光が一閃し、僕らを取り囲んでいた魔物さん達の命が儚く散りました。


「タロくん……その男は誰なの……」


 僕の危機に颯爽と現れてくれた筈の勇者さんなのですが、何故か嬉しくありません。


 軽くシリアスに没入してしまいましたが、思えばそう、級長さんと内緒話をしているうちにスネてしまった勇者さんから逃亡している真っ最中でしたよ。


 安息の地を求めて地下迷宮に潜ったまでは良かったのですが……どういう訳か勇者さんはパスを取得しているもよう。


 しかし一体どうやって? 小人さんでも付いてるのでしょうか……?


 モーゲンくんは、空気を読んでくれません。転移の式を編み込まれた宝玉(高価。しかも使い捨て)を掲げて、


「良いことを教えてやる! ラズ派はお前の排除を考え始めたぞ! 余計な荷物は切り捨てることだな! たった一人で何が出来る!?」


「一人じゃない! 二人なら、三人なら、どんな重荷だって軽くなる!」


 我ながら良いことを言いましたよ、僕。この際だからシリアス路線で突っ切るというのはどうでしょうか。


「悪魔に心を許すな……アレはお前の成れの果てだ。魂を喰われるというのは、そういうことだ。忠告はしたぞ……」


「待てっ!」


 僕の腕は虚しく空を切ります。


「タロくん、多いに越したことはないの? そう……」


 僕の願いもまた虚しく空を切りました。

第三十六話。ダロの秘策とは果たして?

“愚者の杖”。またの名を“魔王の杖”といい、かつて魔王を騙った魔術師がこれを用いて内乱を起こしましたが、当時の騎士団長と若きベルザ=ベルの活躍で鎮圧されました。

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