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士官学校(中編)

「協定……ですか?」


「うん。まあ当然じゃな。そなたのような者に自由を許せば競技にならぬし、対抗しようにも魔術など良う知らぬ。よもや騎馬(ウマ)を駆る訳にも行くまい?」


 なんだかネガティブな評価をされている僕。その手があったかと今になって気付いてもあとの祭りです。


 王子さまの証言をまとめると、こうです。


 交流祭の掲げるスローガンは両校の歩み寄りであって、本気で潰し合いなんてされても困る。


 宮廷魔術師を頂点とする魔術連と、常勝無敗で知られる騎士団の不仲は、王国にとって悩みの種のひとつでした。


 価値観の相違と申しますか、剣に生きる騎士達と、頭脳労働にヘンなプライドを持っている魔術師達は、常に互いを見下すことで自らの自尊心を満足させてきたのでしょう。


「武官と文官の宿命だな」


 うむうむと頷く級長さん。


 その態度に王子さまはカチンときたようで、


「他人事のように言うでない。そもそも、ネルの娘よ、なにゆえそちはここにおるのじゃ?」


 触れてはいけない問題に触れました。


 エミール家が教会サイドで人心を惑わす諸悪の根源であるように、ネル家は騎士団サイドで人命をもてあそぶ諸悪の根源です。


 この国には諸悪の根源が三つ、へたをしたら四つか五つあるので、王子さまには悪いのですが、もう色々な意味で終わってます。


 ふと思い出されるのは二年生のときの出来事。気付けば僕は級長さんを弁護していました。


「殿下、貴方と同じです。級長さんは自分の宿命と戦うために……」


 彼女の決意を語ろうとする僕の肩に、当の本人である級長さんがぽんと手を置きます。級長さん……。


「殿下、この男には菓子作りの才があります。ゆくゆくは一流のパティシエとして花開くことでしょう。私には、それを見届ける義務があるのです」


 …………。


 何やら奇麗事を並べ立て始めましたよ、この女。


「ふむ、決意は固いようじゃな。たしかにヴェルマーの作る甘菓子は美味い」


 あっさりと騙される王子さま。なんてことだ……。


 諸事情あって王子さまの暗殺現場にたまたま居合わせた僕。事件を未遂に終わらせるついでに、お菓子を振舞ったりなどもしました。あのときのクッキーが、まさかこんな事態を招くとは……。


「…………」


 勇者さんの凝視から逃れるすべを、僕は知りませんでした。


 胃薬を飲み下しながら、話題の軌道修正を図ります。このままでは僕のアリバイトリックが暴かれてしまいそうだったからです。


「でも、殿下は一年生ですよね?」


 市井の暮らしぶりを体験するために王族が士官学校に通うのは、そう珍しいことではありませんでした。


 残念ながら、士官学校は貴族の集まりであり、騙されているのは明白なのですが。


 そうとも知らず充実した日々を送っているらしい王子さまは、えっへんと胸を張って、


「なに、ルトヴィヒに無理を言ってな。遊びに来たのじゃ」


 ルトヴィヒというのは、ネル派の名門貴族です。思い起こせば三年前、級長さんの身柄を賭けて僕に決闘を挑んできた洟垂れ坊主の名前が、ちょうどそんな感じです。


 当時の僕は少々カルシウムが不足していたため、大人げないことをしてしまったと今は反省しています。


(口では何とでも言える。級長さんを牽制するために殿下を連れて来たのか。小賢しいことを……)


 チラリと級長さんに目配せすると、彼女は心得たとばかりに頷き、


「ふっ、モテる女はツライな……」


 何も分かっていません。なんでも一人で背負い込もうとするのは僕の悪い癖ですが、若頭が一緒なので寂しくはありません。


「……殿下は、ルトヴィヒくんと二人で来たのですか?」


「否、モーゲンも一緒じゃ」


 王子さまの漏らした名前に、僕は舌打ちしました。


(エミール派の“殺し屋”か。きな臭くなってきたな……)


 三大貴族を主軸とする派閥は、何も一枚岩という訳ではありません。騎士を夢見るエミール派の人間がいてもおかしくはないのですが……モーゲンと言えば教会の秩序を司る神殿騎士のお家柄です。


 表向きはネル家の軍門に下っている神殿騎士ですが、その実情はエミール家の私兵に過ぎません。


 勇者さんと積み木に興じながら、対策を練ります。


(とにかく先手を取ることだ。後手に回ったら負ける。そのためには……)


「ふはは、ガキ臭い遊びじゃのう」


「あたしとタロくんのコミュニケーションに口出ししないで」


「なんの、これを見よ。西洋から取り寄せた“ぱずる”という遊具じゃ。どうやって遊ぶのかは皆目見当つかぬが」


「馬鹿ね。それ知恵の輪よ。貸しなさい。こうやんの」


「おお? 外れた。奇っ怪な……うぬは魔女じゃったのか!? か、返せ。余もやる」


 仲良きことは美しきかな。


「殿下もまだまだ子供ですな……貸してご覧なさい。ぬっ……外れん」


「何やってるんですか、級長さん。いい歳して、まったくもう。……外れませんね」


 僕と王子さまと級長さんは、雁首そろえて“ぱずる”に魅了されるのでした。


「……それはそうとして、級長さん」


「なんだ、ヴェルマー? 今、いいところなのだが」


「ねじきれる、あと少しでねじきれるぞ、ネルの娘よ」


 そういう遊びではないと思うのですが。こっそりと勇者さんに外し方を教えて貰った僕は、くまさんの虚ろな瞳に魂を吹き込みながら、


「協定とやらに参加しなくていいんですか?」


 ぬりぬり。塗り絵は奥が深いです。ね、勇者さん。


 かかる難敵に“付箋”の皆さんを召還し始めた級長さんは、さり気なく除け者にされている事実に遅蒔きながら気が付いたようで、


「……え?」


 ……だから言ったじゃないですか。“危ないところでしたねお嬢さん作戦”には致命的な欠陥があるって。


 目下のところ寮長への道を閉ざしてしまった級長さんに明日はあるのでしょうか?


 あるのです。僕には秘策がありました。


「級長さん、これはチャンスですよ」


 かくして、級長さんのイメージ戦略を隠れ蓑にした僕の戦いが幕を開けたのです。


 勝利を確信する僕の傍らで、何故か勇者さんは溜息を吐き吐き、


「タロくん、またろくでもないことを思い付いたのね」


「……え?」

第三十五話。もはや言い訳はしません。

魔術寮における級長は、士官学校での学年長に相当します。五年生の級長と言えば、次期生徒長……権限的には生徒で二番目の地位に当たります。本来であれば。

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