仕官学校(前編)
カルメルくんが謎の失踪を遂げて一週間。
さしたる根拠もなくMIA認定を下した級長さんが、ありもしない密室トリックの解明に奔走している頃、僕は僕で書類上存在しない高層建築物を探検したりなどしていました。
王国の闇、その核心に迫ったところで、勇者さんの起床時刻を告げる八匹目の羊さんが軽快なステップで柵を飛び越えました。見事な月面宙返りです。着地も完璧に決めて、さあ気になる得点は? 十点十点十点十点九点十点九点十点十点九点! 九十七点! ……惜しくも百点を逃しましたし、そろそろ潮時ですね。
王国と魔物さん達が何らかの利害関係を結んでいたとしても、僕には関係ありませんし。
どちらかと言うと、我が家の家計の圧迫に関心がある。ダロ=ヴェルマーです。
急ぎ帰宅し、
「勇者さん、今ごはん作りますから――」
……? 応接間に誰かいる。勇者さんと、もうひとり。この感じは……級長さん?
性懲りもなく我が家の蓄えを食い潰しに来たのか……ここらでガツンと言っておかないと、なんて出来もしないことを決意して、応接間にチャンネルを合わせます。
すると、
「お前、生意気なのよ」
「おぬしには言われとない。客に茶のひとつも出さんで……む?」
人違いでした。
テーブルを挟んで勇者さんと言い争っているのは、小さな男の子です。年の頃は十歳ほどでしょうか。
金髪碧眼。純血の非カテ民族です。
僕と目が合った男の子は、屈辱に震える指先で勇者さんを指し示して、
「ヴェルマー! この者はなんなのじゃ!?」
「殿下……? どうしてここに……」
呆然と立ち尽くす僕を、勇者さんは例の瞳でじっと見詰めて、
「タロくん、説明して」
淡々と言いました。
「金髪で、子供で、しかも男。……そう。事と次第によっては……」
星の剣の柄を静かに握る勇者さん。帰宅早々チェックメイトです。
「ヴェルマー!」
「タロくん?」
王子さまと勇者さんに詰め寄られて、僕は身動きが取れません。どうしてこの二人は僕を介して自己紹介しようとしているのですか。
【ダロは事態の深刻さを悟っていません】
うるさいです。なんなんですか、この人を小馬鹿にしたようなテロップは。
テロップと格闘する僕を見て、ようやく二人は建設的な意見を述べる気になったようで、
「ヴェルマーは余の家臣ぞ。でしゃばるでない!」
「タロくんはあたしのモノなの。一生あたしに尽くすって、こないだ約束したんだから」
誰か僕に優しくしてくれませんかね。
(わ、若頭……若頭……)
僕の所有権を巡って争い始める二人の目を盗んで、ばんばんと影を叩きます。
(タロくん、どうしたのである)
若頭!
僕は人生の師たる羊さんに事のあらましを告げました。
(ふむ……ときにタロくん、人生に必要なものとはなんなのである)
え? それは夢とか希望とか……。へその緒?
(へその緒……なるほど、参考になったのである)
それだけ告げると、若頭の気配が遠ざかっていきます。どうやら検定試験は山場を迎えているようでした。
農耕神への昇格を企てている若頭。順調に夢を追い駆けているようです。
さり気なく僕の窮地はスルーされた訳ですが。
「金髪は関係なかろう! き、気にしておるのじゃ!」
「そうやってあのひとの気を惹くのね。あの女と同じように」
お二人はエスカレートする一方です。
口出しできる雰囲気ではありません。
おろおろとお茶菓子を用意する僕。
と、そのとき。
「そこまでだ!」
一子相伝の秘術“解呪”で我が家の壁を突破してきた級長さんを、僕は期待の眼差しで見詰めます。
懲りない奴とか思わないでください、彼女はやれば出来る子だと僕は信じています。
無駄に美人な級長さんは、お盆の上に乗っているお茶菓子を凝視し、おもむろにつまみ食いし始めました。
食後のお茶を飲み干して、うむ、と頷きます。……用が済んだのなら帰って貰って良いですか?
すると級長さんは、唐突に僕をびしぃっと指差して、
「犯人はお前だぁぁぁっ!」
「しかも僕かよ」
第三十四話。久しぶりに前後編です。
王都には大きな学校が二つあります。ひとつは魔術寮、もうひとつが貴族の通う(まれに例外はありますが)士官学校です。