譲れないもの
「嘘でしょ!? 呪霊騎士が、なんでこんなトコに……!」
「…………他人の空似じゃないですかね」
「無駄口を叩いている場合か! 来るぞ……!」
風雲急を告げたところで、人形劇を終えます。
ぱちんと指を鳴らすと、おめかししたプチ級長さん&プチロアさんが上品にお辞儀をして舞台裏へと消えます。お疲れさまでした。名演技でしたよ。
(それに引き換え……)
らが〜。
何故か僕の代役をこなしている我が家のペットときたら、友情出演の呪霊騎士を好戦的な眼差しで睨んでいます。……つくづく無能な未確認生物です。吹き替えをしただけで虫唾が走る……。
「タロくん、ポチと仲良くしてって言ってるでしょ」
何が気に入らないって、まず勇者さんに溺愛されてる時点で万死に値します。むしろ死ぬべきです。
勇者さんに手を差し伸べられたポチは、どん臭そうな見た目に反した身軽さで、するすると勇者さんの腕をよじ登ります。
らが〜。
(この野郎……)
殺意に身を焦がす僕。すると勇者さんは、子供に言い聞かせるように人差し指を立てて、
「めっ」
…………。
ポチ、仲良くしましょうね。
らが〜。
うんうん。らがー。
……新しい家族との和解も果たしたことですし、そろそろ現実を直視するとしましょう。
《入ったぁー! 強烈な左フック! ローウェルのひざが揺れる! おおっと、解説のヴェルマーの表情が歪んだ! 身を以って知っていると言わんばかりの表情だ!》
……放っておいてください。
《……肝臓からテンプル、ロアさんのフィニッシュパターンです。あれは効きますよ。効くとかいう以前に生まれたことを後悔します》
母さん。胃が痛いです。
ところは魔術寮の敷地内に点在する演習場。原っぱにポツンと置かれた実況席を取り巻くように展開している、数十ものウィンドウ。
ひとたびローウェルくんが“祝詞”を唱えると、戦場は衆目から閉ざされてしまいます。そのための処置でした。
僕の隣で、喉よ枯れろと言わんばかりに絶叫しているテンション高い人は、実況のマルコーさん。彼女の情報処理能力には舌を巻くばかりです。スペンサ班の副官は伊達ではありません。
ウィンドウの中、気力だけで立っているローウェルくんは、いよいよ生命の危機を感じたようで、本気の貫き手を繰り出します。障壁を紙のように貫き迫るそれは、しかしロアさんには届きませんでした。障壁を足場に宙を駆け登ったロアさんが、ローウェルくんの肩を蹴って跳躍します。
どうと崩れ落ちるローウェルくん。迷宮を突破された時点で勝敗は決していたと言っても過言ではありません。
《……今のは? 解説のヴェルマーくん》
《ええと……魔法陣を転移したんだと思います。殴ったときにマーキングしてたみたいですね。僕の家にヘンなものを送り付けるときと手口が一緒です》
人体模型のぬいぐるみをパーツごとに搬入されて、僕はどうしたら良いのでしょう。バラバラ殺人なら間に合ってます……。
ローウェルくんの襟首を掴んで転移してきたロアさんが、さすがに苦戦のあとということもあり、全力疾走した直後のような真っ赤な顔で怒鳴ります。
「ヘンなものって何よ! あ、う、あっ、アタシじゃないわよ!」
魔術寮広しといえど、あれほどブレのない座標指定をできるのは貴女か貴女のお父上くらいです。後者であれば“結界”で振るい落とされますし。
居住空間まで直結回線を許してるの、僕本人を除けば貴女と勇者さんだけなんですよ。ちなみに級長さんは純然たる不法侵入です。訴えたところで握り潰されるだけですけどね。
「素直ではないな、お前は」
歪んでいるのは社会の構造です。
なんにせよ状況証拠は完璧です。自らの不利を悟ったか、ロアさんは羞恥に悶えるかのように唇を引き結び、
「〜〜〜っ! ばっ、ばか! 知らない!」
低次元な反駁をして、ぐったりしているローウェルくんを放り投げます。
「十一! つ、次!」
人里に降りてきたくまさんと一戦やらかして入院していることになっているスペンサ教授、貴方の娘さんは元気です。
「アリスさんでも駄目か……」
「なんかさ、おれだけダメージ、ラガくない? 骨見えてんだけど、おれ大丈夫?」
「泣くなよ、カルメル。お前は良くやったって……」
積み上げられたクラスメイト達の無念が伝わってきます。
どうしてこんなことになったのか……。
事の起こりは、教授に代わって授業を推し進めることになった級長さんの一言でした。僕らを演習場まで連れ出した彼女は、第一声、
「殺し合いをしてもらいます」
と、のたまいました。言い方はアレですが、魔術寮は五年生から対魔術師の模擬戦を履修項目に加えるため、あながち級長さんの暴走とも言い切れません。十中八九、たんなる思い付きでしょうけど。
ロアさんの熱い視線を、ローウェルくんの介抱で遣り過ごしていると、
「ふっ……どうやら私の出番のようだな」
級長さん……。
…………。
「十二っ」
口ほどにもないです。
「……何をされたのかすら分からん」
途中で消耗戦に切り替えるべきでしたね。倒れ伏した級長さんの髪のほつれを直していると、偉業の十二人抜きを達成したロアさんが次なる獲物に目を向けます。
「さて……残るはあんただけね、ヴェルマー」
…………。
(殺される)
僕は直感しました。
人形劇で魔力を使い果たしてしまった僕に勝ち目はありません。
こんなことなら、履修コースを選択する際、後方支援を希望すべきでした。いえ、正確には希望はとうに出しているのですが、どういう訳か僕の書類は紛失したままなのです。
空が青いです……。
さり気なく退路を探していると、ポチを肩の上に乗せた勇者さんが敢然と立ち上がります。
「タロくんをどうする気なの」
「どうするって……何よ」
「……そう、どさくさに紛れてヒドイことするのね。この泥棒猫」
「どっ、……勝者が敗者をどうしようと勝手でしょ!」
「タロくんは負けないわ。あたしのパートナーだもの」
退路は絶たれました。
らが〜。
ロアさんに手を引かれて、とぼとぼと演習場に向かいます。
このあと、僕がどうなったか、それはご想像にお任せします……。
第三十話です。
呪霊騎士とは禁じられた自律型ゴーレムのことです。余談ですが、エルシリーズと呼称されることもあります。