闇の虎口
王都に戻ってきて一ヶ月が経ちました。
魔術寮での生活に、勇者さんも慣れてきたようです。
ふとしたときに足元が崩れるような違和感を覚える僕とは雲泥の差ですね。
……勇者さん、授業参観には行けなくてごめんなさい。がんばったんですけど、駄目でした。
「気にしないで」
しますよ。……まさか騎士団に要請が飛ぶとは思わなくって。ゴーレムに囲まれたときは生きた心地がしなかったです。
頼みの綱の若頭は、そろもん検定? の一級試験を受けに里帰りしてましたし。
僕のひざの上でごはんを食べている勇者さんは、さっと目線を逸らしてタコさんウィンナーに齧り付きます。まるで、ささいな嘘がバレるのを恐れるような態度ですが、気の所為でしょう。
「けしからん……このカレーはけしからんぞ」
一晩寝かせて熟成したカレーに怒りをぶつけている級長さん、どうでもいいですけど例の件、忘れないでくださいね。今夜、決行しますよ。
「分かっている。だが……」
「……なに? なんの話?」
いえ、勇者さんは気にしないでください。ね、級長さん。
同意を求める僕。すると級長さんは僕をおたまで指し示して、
「この男がどうしてもデートしたいと言うのでな。仕方ないから付き合ってやることにした」
ありもしない事実を並べ立てます。否定するのも面倒臭かったので、僕はナプキンで勇者さんのお口の周りを拭う作業に没頭します。
美味しそうにサンドイッチをついばんでいたロアさんのご機嫌が急降下したのは、そんなときです。
「デート……ですって?」
この二人ときたら、用もないのに我が家に入り浸っています。僕も男なので、嬉しくないと言ったら嘘になるのですが、……ごめんなさい。嘘です。級長さん、我が家の晩ごはんに突撃するのはやめてください。
「私の胃袋は宇宙だ」
そんな決め台詞はいりません。
「ちょっと、ヴェルマー。そんな女のことなんか放っておきなさいよ」
そんなこと言われても……。
「まあ、そう言ってやるな、スペンサ。ヴェルマーも年頃だからな。私は食べ盛りだが」
貴女の食べ盛りは生涯のテーマです。
「なに言ってんだか……。ヴェルマー? どうしてもと言うなら、アタシが付き合ってあげてもいいわよ、うん」
……それもアリかもしれません。しかし最悪のケースを想定した場合……。
「それなら……」
なんだか固唾を呑んで見守っている二人に、僕は告げました。
「三人で行きましょう」
二人より三人です。
「なっ、」
声を揃えて絶句する二人を尻目に、勇者さんが僕のローブの袖を引っ張ります。
「あたしは?」
勇者さんは、先に寝ててください。夜更かしはいけません。
「あたし、待つ女なのね。それもアリかも」
聞き分けの良い子です。勇者さんの頭をなでなでしていると、ロアさんに胸倉を掴まれました。苦しいです。
「どっ、どこ行く? どんな格好してけばいい!?」
……余所行きの格好をしてきてくだされば結構です。どこへ行くかは……内緒です。
もちろん僕は黒装束を着ていきます。
円陣を組んでひそひそと密談をスタートする三人をその場に置いて、僕は流しでおなべを洗います。
(ローウェルくんも誘ってみようかな……)
呑気にそんなことを考えてました。太陽が眩しいです。
ざぶざぶ。
第二十九話です。
王国の騎士団は他国で言うところのゴーレム部隊に相当します。芳醇な資金と、技術力の高さが基盤になっています。