罪と罰
――勇者さん、お元気ですか? ちゃんとごはん食べてます? 好き嫌いはしてませんか? 寝る前にはきちんと歯磨きするんですよ?
お部屋のサボテンに毎朝話し掛けてあげてくださいね。畑のお世話は愛情を込めて。豊穣の舞踏も忘れずに。前に勇者さんが「ととろ?」と評したあれです。
もしものときはパラメ先生を頼るんですよ。魔術寮で信頼できる、唯一の大人です。間違っても級長さんを当てにしてはいけませんよ。あの人、何も考えてません。
あと、ロアさんのことを頼みます。ここのところ、エミール家の動きが不穏です。くれぐれも魔術寮の外には出ないように。たまに構ってあげると、より効果的です。
なお、このお手紙は読み終わったら焼却してください。
……前置きが長くなりました。ダロ=ヴェルマーです。
級長さんとロアさんの魔の手を逃れた僕は、今、西棟の地下施設で生活しています。元々は捕縛した魔物さんを繋いでおくところなので、防犯設備は完璧です。
じめっとした雰囲気、日の差し込まない室内、百層にも及ぶ“結界”を施された分厚い石の壁、魔除けのお札をふんだんに盛り込んだ冷たい鉄格子……意外と住み心地が良いです。
……彼は無事でしょうか。
設定上、戦災孤児ということになっているローウェルくん。教会で育ったためか、高いモラルをしています。幼い頃から面倒見の良い、利発な少年だったそうです。
魔術連にスカウトされたのち、高い資質を認められて魔術寮に入寮。級長さんに迫るほどの魔力を秘め、“魔術師殺し”と称される特異な“呪言”の紡ぎ手ですが……ロアさんを完封することはできないでしょう。彼女は天才です。
四年前、級長さんが家庭の事情で帰省したとき、ローウェルくんには良くして貰いました。これまでの僕の人生で最も輝いていたときと言っても過言ではありません。
(僕は……)
こんなところでのうのうと獄中ライフを満喫していて良いのでしょうか……?
うろうろと室内を右往左往していると、鉄格子の前で所在なさげに佇んでいた補習班の後輩が、びくっと小動物めいた反応をします。
……ああ、手紙、よろしくお願いしますね。
何故か補習班は体育会系です。反射的に休めの姿勢を取った後輩でしたが、それも一瞬のこと、たちまちおどおどと挙動不審者に逆戻りです。……こういう子なんです。
……え? 悩み事がある? なんです?
……またクラスでイジメられてるんですか。仕方ありませんね、まったく……。
可愛い後輩のためです。僕からガツンと言っておきましょうか?
…………そう、イジメグループは女子なんですか。まあ……物事は諦めが肝要ですよ。
後輩を諭します。
「ところで……」
……何をそんなに怯えているんですか。言いたいことがあるなら、はっきりと言いなさい。
……ミミカ族は“中の人”じゃありません。僕の存在を全否定しないでください。次はありませんよ?
血の気を失った顔でコクコクと首肯を繰り返す後輩に、嘆息します。
……しっぽ? しっぽがどうしましたか?
ひょろりと伸びたしっぽに異常な点は見受けられません。
……ああ、ときどき生えるんですよ。気にしないでください。放っておけば消えますから。
走り去ってゆく後輩の背を見送って、読書を再開します。
――勇者さん、僕は元気です。
しっぽが生えたときは驚きましたけど、慣れると便利です。
第二十八話です。
単純な魔力の総量を比べた場合、三大貴族の右に出る者はいません。それは歴代の魔術師長でも同じことが言えます。