投獄
不幸な事故で半壊した西棟。僕らの教室も例外ではありませんでした。
「オーライオーライ、なのである」
「B面はどうするのである」
「タロくんに図面を引いて貰うのである」
ミミカ族の方々の朝を徹した復旧作業が進んでいます。唐突に奉仕の精神に目覚めた僕がお願いしたのです。
「あ、若頭。こっち、こっち」
陣頭指揮を執っている若頭を呼び寄せて、“極秘”と捺印された見取り図を展開します。
「ここなんだけど、いい機会だし、あわよくば爆破できないかな?」
「賛成しかねるのである。納期が遅れるのである」
「ここのラボは後回しでいいよ」
「……難しいのである。地下迷宮に潜るのであれば、級長の“解呪”で……」
「呼んだか?」
……気配を消して忍び寄るのはやめてくださいと言った筈ですよ、級長さん。
さり気なく図面を畳んで、若頭に目で合図します。
(がんばって、若頭)
若頭はコクリと頷き、
「メェ〜」
通りすがりの羊さんを装って、のそのそと教室をあとにします。
僕らのアイコンタクトは錆び付いてしまったようです。けれど、ぬるま湯のような生活に罪はありません。
「なんだ、羊か」
級長さんは、直立歩行する羊さんに対して、なんら疑問を感じていない様子でした。
乾坤一擲、世間話に興じているクラスメイト達をさらりと総数チェックして、例えるなら、そう、巨大なツメで引き裂かれたような教室の惨状に目を細めます。
「……また派手にやったな」
“また”というのは、一年前と少し、勇者さんが召喚されたときの騒動を指して言っているのでしょう。あの夜も雨が降っていました。
「……あのときは必死だったのよ」
ボソボソと反論する勇者さん。級長さんは僕をチラリと一瞥してから、ふっと微笑して自分の席へと向かいます。
そこには、瓦礫で押し潰された見るも無残な光景が。
……もちろん級長さんは寛容な態度を崩しません。そうですよね?
「学級裁判だ」
え?
「スペンサ、ヴェルマーを拘束しろ」
…………。
“付箋”の皆さんとミミカ族の方々が作業を通じて親睦を深めている頃、両腕を身体の前で拘束された僕は、被告代理人として若頭の無罪を訴えていました。
「被告は原告を退かせようとしていたに過ぎません!」
恐るべきことに、三大貴族の級長さんと司祭補のローウェルくん、更に僕を含み貴族二人が在籍する僕らのクラスは、現地にて簡易裁判を執り行うことが可能です。
とはいえ、さすがに原告代理人としてくまのぬいぐるみを置くのはどうかと思うのですが……。
議長(……?)の級長さんが、僕の眼前を無意味に往復しています。
「ふむ……だがお前は三年前、素行の不良を正すよう忠告した私にこう言った。自分のことは放っておけ、何も心配はいらない……と」
まだ根に持ってたんですか。
「ひとり寂しく課題に挑む日々が続いた……」
嘘です。裁判長、この人、嘘を吐いています。嫌がる僕の首根っこを掴んで教室に連行したことは、この場にいる誰もが知っている筈です。
裁判長のローウェルくんは、僕の意を汲んでくれました。
「あー……議長? 本件と無関係な発言は控えるように」
彼は素晴らしい人です。不機嫌そうに腕を組んだ級長さんの視線から逃れるように、
「……弁護人、被告代理人の言っていることは確かですか?」
「嘘よ」
弁護側に否定されました。約束が違います。お気に入りのぬいぐるみを持ち出されて、膨れ面の勇者さんは、何故か級長さんを指差して、
「いかなる理由があろうと、タロくんが女の子を嫌がる訳ないわ。そういうひとだもの」
「異議あり! 本件とは無関係な上に誤解を招くような発言です!」
「……被告代理人の異議を認めます。弁護人はもう少しがんばりましょう」
ローウェルくんに指摘された勇者さんは、ちっと舌打ちして、アイテム欄の神秘の枝にカーソルを合わせました。
「これが証拠よ」
思わぬ“証拠”の登場に、法廷(教室)内がざわめきます。
説明欄に“呪霊王のツノ。強い怨嗟の念を感じる……”と明記されているのですから当然でしょう。もちろん誤植です。僕はそう信じて今日まで生きてきました。
とにかく、これで若頭が魔物さんと共謀して破壊工作を行ったという原告側の主張は通りません。そもそも級長さんが腹話術している時点で間違っています。
「ベルザ卿の……? 何故……」
ローウェルくんは、何か腑に落ちないようでした。
続いて、反対尋問です。
今度は貴女ですか……。原告代理人の腕をわきわきと動かしながら、ロアさんが若頭を弾劾します。
「嫌なら嫌って言えばいいじゃない。あんたが甘い顔するから付け上がるんでしょ」
呪霊王さまは極めて強力な魔物さんです。嫌と言って引き下がるような相手ではありません。
「……好きなの?」
……良きライバルといったところでしょうか。
「でも、向こうはそう思ってない……」
あれは照れ隠しでしょう。対等に渡り合える存在なんてそうそういないでしょうし……。
「……待て。どうしてそうなる?」
ロアさんを押しのけて、級長さんが原告代理人の手を取ります。
「どうしてって……」
混乱してきました。どうして僕は呪霊王さまの気持ちを代弁させられてるんですか。
「……貴方のことでしょう」
「なっ、」
級長さんは、ひたいに浮かんだ汗を手の甲でぬぐって、
「なんというやつだ……侮れん」
びしぃっと原告代理人の手で僕を指差しました。
「この女殺しめ!」
……勇者さん、助けてください。級長さんがヘンです。
すると勇者さんは、湖畔の静けさをたたえた目で僕を一瞥して、
「無理」
一言の下、切って捨てましたとさ……。
じゃかじゃん。
ローウェルくんが締めます。
「えー……正当防衛であるとする被告の訴えは認めるが、周囲への配慮を怠ったこともまた確かである。しかしながら、ミミカ族を裁く法は存在しない。したがって……」
勝訴です。なんとなく追い詰められた気分になっていた僕は、目頭を熱くします。やりましたよ、若頭……!
「被告代理人のダロ=ヴェルマーに禁固刑を言い渡す」
…………。
薄々はそんな気がしてました。僕が悪いんじゃないかと。惜しむらくはすべての元凶が僕らの担任教師であることでしょうか……。全治一ヶ月だそうです。
じりじりと迫ってくる級長さんとロアさん。
「なまぬるい」
「……スィズ=ネル。例の件、アタシも乗るわ」
どうやら僕を待ち受けているのは私的制裁の嵐のようです。
ひらりと教卓を飛び越えたローウェルくんの、勇気ある行動を僕は忘れません。
「行くんだっ、ヴェルマー!」
でも……。
「振り返るな! 走れ!」
……恩に着ます。
「タロくん……」
勇者さん、ときどきは僕のこと思い出してくださいね。
手紙、書きます……。
第二十七話です。
王国は刑法の原則として、人に人を裁く権利はないものとします。星の女神に仕える司祭補以上の人間が裁判長を務めるのはそうした訳です。なお、シスターとは修道女のことですが、慣例で男性もそう呼ばれます。