晴れ上がる空を
雨ざあざあ。
「帰りましたよ」
お出掛け用のコウモリ傘ならぬコウモリローブのフードを跳ね上げて、裾の部分をぎゅっと絞ります。
雨水を存分に吸い上げたローブはずっしりと重く、ドブネズミさん達の気持ちを知る上で最高のロケーションです。
生きてるって素晴らしい。ダロ=ヴェルマーです。
ひょんなことから手元に転がり込んできた“ここにあってはならないもの”を秘密の小部屋に格納し、居間兼寝室の広がる通常空間へと復帰します。
この世の裏路地をランナウェイして荒んだ気分を、勇者さんの寝顔で解きほぐしましょう。
おや?
「勇者さん……?」
まだ起きてたんですか? 良い子は寝る時間ですよ。
「あっ」
すると、勇者さんはひどく慌てた様子で、室内をきょろきょろと見回しました。
らが〜。
心臓が止まるかと思いましたよ。僕の足元で、何か小さな生き物が地獄の雄叫びめいた鳴き声を上げたのです。
なんですか? この弛んだ面構えをした生物は。
らが〜。
「なんなんだよ、きさまは……」
なんとなく気に入りません。かつてない憎しみを燃やしていると、駆け寄ってきた勇者さんがぱっとソレを鷲掴みにして、寝間着代わりのお古のローブのポケットに押し込みました。
勇者さん……またどこかで拾ってきたんですか? 何度も言うようですが、うちでペットは飼えませんよ。寮則でそう決まってますし、若頭が嫉妬するんです。我が家の羊さんは、世を生きる愛玩動物に対して何かしらの対抗心を抱いているもよう。
「なんでもないの」
勇者さんは、タオルを僕の頭にかぶせて、
「ずぶ濡れだわ。そんな野良犬みたいな目、しても駄目よ」
巧みに叱られる方から叱る方へとシフトします。
ん? その手に持っているのはなんです? タオルを二重に包んでひもで縛った……首吊り人形?
「てるてるぼうず」
てるてる? ……とある魔物さんを髣髴とさせる貫禄あるお姿ですね……。
「軒下に吊るすの。天気になあれって祈りを込めるのよ」
ああ、もう、可愛いですね。こんちくしょう。
及ばずながら力添えさせて頂きます。
勇者さんを肩車して、ひたひたと縁側に歩み寄ります。
窓を開けると、らが〜な(大きい)てるてるぼうずさんが先住権を主張していました。
ドラゴンに匹敵する立派な体躯、虚ろな眼窩の奥でギラつく眼光、枯れ木と酷似したツノは片方が半ばで欠けています。
生産限定モデル。控えめに見てもラスボスクラスです。
ツノにしがみついている僕らの担任教師が、雨に負けじと声を張り上げています。
「呪霊さま……! 正面から行くなと……!」
《さえずってんじゃねぇ! 若造ぉ! テメェは演算だけしてりゃあいいんだよッ!》
我が家の羊さんがせせら笑います。身の丈ほどもある漆黒の両翼で風をひと打ち、
「羽虫め。身の程を知るのである」
《“怠惰”ァ! 魔術師の使い方を教えてやるッ――!!》
ぴしゃり。窓を閉ざして、カーテンをきっちりと閉めます。
「勇者さん、寝ましょう」
「うん」
雨、やんでるといいですね。
第二十六話です。
魔物は発声器官を持ちません。したがって高等な魔物は魔素を伝達して意思の疎通を図ります。