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発端

「集まったようだな」


 教室に集合した班長の面々を眺めて、教壇に立った級長さんが偉そうに踏ん反り返ります。


 暗幕で窓を覆われているため、光源は蝋燭のみ。級長さんの端正な横顔が白く浮かんで見えます。


 ……朝っぱらからなんなんです? 意外な事実かもしれないですけど、クラスメイトは貴女の玩具(おもちゃ)じゃないんですよ?


 立場上、副長に当たる僕は、早朝マラソンを余儀なくされたみんなの内心の不満を代弁します。


「これから勇者さんの公園デビューを予定してるんですから、手短にお願いしますね」


「黙れ。三段目の戸棚に隠しているお茶菓子をつまみ食いするぞ」


 かつてない脅し文句に僕は沈黙します。このとき既に級長さんの胃袋に納まっていることなど知る由もありません。


「諸君。本日、集まってもらったのは他でもない」


 級長さんは、緊迫した表情で教卓に両手を付きます。


「我々は、魔術寮始まって以来の問題クラスとされている」


 何を今更……。そんなことは、入寮試験で何をトチ狂ったか地下迷宮に突入して地獄の番犬の首を挙げた時点でまるっとお見通しですよ。


「得難い体験ではあったね」


 と、木漏れ日のような苦笑を漏らしたのは、ローウェルくんです。飴色に染めた髪がお洒落です。


 じゃかじゃん。


 たぶん同意を示したんでしょう、ペキ(弦楽器の一種です)を掻き鳴らしたのはワーグナさん。吟遊詩人を夢見る、ちょっぴり内気な女の子です。


 ダルそうに頬杖を突いているロアさんが、寝惚け(まなこ)で呟きます。


「……あれ、なんだったのかな。集団幻覚ってことで話はまとまったけど」


 魔術寮の直下に位置する広大な地下空間の存在を、彼らは知る権限がありません。何かの間違いでA級コードを配布された僕が、事後処理に奔走する羽目になったのが三年前……。


 チャンネルを繋げた張本人である級長さんが、黒板を叩いて一同の注目を集めます。


「静粛に。良いか諸君、我々はもう五年生(フィフス)だ。進路の問題が重くのしかかってくる、この時期……我々は汚名を返上せねばならない!」


 級長さんも色々と考えてるんですね……。不覚にもほろりと来ました。何故って彼女は三大貴族、素行の悪さなんて誰も咎めません。クラスメイト達を思っての発言であることは明白でした。立派になりましたね……。


「私の寮長への道を閉ざさないためにもだ!」


 どうして貴女はそう自分の欲望に対してダイレクトなんですか?


 嗚咽を漏らす僕に代わって、ロアさんが嘆息して席を立ちます。


「あほらし。これだから貴族は……」


 一緒くたにしないでください。


 ……お山の大将を気取りたがるのは、級長さんなりの処世術なんですよ。忘れてるかもしれませんけど、三大貴族は王国の重鎮ですからね。ネル家の人間が魔術寮を掌握するのも、それはそれで問題なんですけど……。


 ふと閃くものがあった僕は、心にもないことを言って級長さんを弁護しました。


「そうなの?」


 僕の詭弁はそれなりの説得力があったようで、班長達は一様に級長さんを意外そうに見詰めます。


「…………」


 級長さんは、きょとんとして僕を見ています。……駄目です、この人、下馬評どおり脊髄反射で生きてます。


「本人、不思議そうな目ぇしてるんだけど……?」


 常日頃からクラスメイト達の不仲を嘆いている僕の作戦は失敗に終わりました。


 ……ですけど、みなさん。どのみち、きたる総選挙で寮長はクラスから選出されます。


 そして、伝統的に寮長は級長を兼任するのが決まりです……僕は嫌ですよ。級長さんの暴走を食い止める自信なんてありません。


 涙ながらの僕の訴えは、おもにロアさんの心の琴線に触れたようでした。


「仕方ないわね。あんたがそうまで言うなら、協力してやらないこともないわよ? もちろん……分かってるんでしょうね?」


 前言撤回していいですか? 僕、せめて人間らしく生きたいです。


「どういう意味よ。……まあ、いいわ。ローウェル、リッツも……いいわね? どうせあんたら暇でしょ」


「暇かどうかはさておき……異存はないよ。スペンサさん」


 じゃかじゃん。


 こうして――のちに“ネル事件”と称される、級長さんのイメージ戦略が水面下で人知れず産声を上げたのです。


「良く分からんが、がんばれ」


 当の本人は他人事でした。

第二十四話。大きな流れのひとつです。

異世界はチャンネルの違う世界。既出の“結界”とは、チャンネルをずらして侵入者を防ぐ術式です。

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