勇者転入(中編)
なんだか……落ち着きます。
狭い部屋にいると心が和む。ダロ=ヴェルマーです。
勇者さんに影響されて作ったマイ湯飲みに緑茶を注いで一息入れます。
先生もどうですか。おひとつ。
「あら、ありがとう」
熱いから気を付けてくださいね。すすりながら飲むんですよ。
ずずず……。
「ん、……味がしないわ」
この渋みが癖になるんですよ。かてきん? 効果だと、勇者さんが……。
「へえ、そうなの……って、ほのぼのしている場合ですか! ヴェルマーくん!」
「はあ。何でしょう、パラメ先生」
三年生を担当しているパラメ先生は、エミール派の貴族、デイビス家の娘さん。エリート意識の見え隠れする、けれど情に脆いところがある魔術寮のマドンナです。
「なんて気の抜けた返事……」
懲罰室の慣れ親しんだ空気が、自然と僕の緊張を解きほぐしてしまうのは致し方のないことでした。
「あなたね……もう五年生でしょう?」
どうなんですかね、実際のところ。
「まあ、君の特殊な事情は理解しているつもりよ。同情もする」
むしろ僕としては、そこのところを詳しく聞きたいのですが。
「だからって腐ってちゃ駄目よ。悩み事があるなら相談に乗るわ」
実は最近ですね、担任教師に命を付け狙われてまして……。
「…………ああ見えて、優秀なのよ。きちんと生徒に合わせたカリキュラムを組んでるし」
先日、ドラゴン討伐の強制イベントが発生したんですけど。
「君、ここ最近ずっとサボってたでしょう?」
もうそれでいいです。ええ、思うところがありまして、少し世界を見て回ってきました。それが何か?
「ネルさんね、あなたの不在を“死霊”で補おうとする癖があるみたいなの」
“付箋”のことを、エミール派の人間は“死霊”と呼びます。
「知ってる? あの子、死霊のこと“ヴェルマー二号”とか“ヴェルマー三号”って呼んでるのよ」
知りたくなかったです……。
きりきりと痛む胃を服の上から押さえる僕に気付く様子もなく、パラメ先生は愚痴を零します。
「生半可な課題じゃ意味を為さないし……そもそも三大貴族のご息女が魔術寮に在籍していること自体が……。ねえ、ヴェルマーくん」
なんです?
「……私、そろそろキレていいのかしら?」
ああ、ちょっと待ってください。
……勇者さん、あちちですから、ふーふーしなくちゃ駄目ですよ。ふぅふぅ。
「ずずず……」
お待たせしました。どうぞ。
「どうしてあなたがここにいるの!? ドナドナさん!」
「…………」
勇者さんは、無言です。僕のひざの上で湯飲みを抱えて、エキサイトする大人を無感動な瞳でじっと見詰めています。
「あなた恥ずかしくないの!? お、女の子でしょう!?」
勇者さんは動じません。
「魔導器の携帯は魔術師の義務なんでしょ?」
あ、ひょっとして、拗ねてます?
「べつに」
法律なんて偉い人の我がままなんですから、勇者さんが気にする必要はないんですよ?
失言でした。パラメ先生は、常日頃から僕の生活態度がお気に召さないようなのです。
「ヴェルマーくん、本気で言ってるの?」
ええと……冗談です。
意見をころころ変える僕を、勇者さんは冷たく一瞥して、
「意気地なし」
僕のひざから、ぴょんと飛び降りて、パラメ先生の手を引きます。
「行きましょ。あたしのこと都合のいい女としか思ってない人なんか放っておけばいいんだわ」
ゆ、勇者さん……。
「今更、泣いて謝っても遅いのよ。あたし、気付いたの。タロくんって甘えん坊なのね」
「そ、そうだったの? ヴェルマーくん」
……そうかもしれません。先日の出来事を思い浮かべます。王宮で捕まって牢屋に放り込まれたとき、騎士団長さん直々に尋問されたとき、若頭が居留守を決め込んだとき、無性に遣る瀬なくなったのは……。
「ドナドナさん、いいの? 彼、なんだかトラウマに直面しているみたいだけれど……」
「いいの。どうせ女絡みなんだから」
人は一人では生きてゆけないのです……。
第二十二話です。
三大貴族が宮廷魔術師の籍に身を置くことはありません。彼らは(表向き)王室の直属に当たるからです。