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勇者転入(前編)

 このままでは勇者さんは駄目になる――。


 どこで嗅ぎ付けたのか、三時のおやつを頬張る級長さんを見て、言い知れない恐怖に襲われたのは昨日の出来事です。


 肩を並べて座る勇者さんと級長さん。黒髪紅眼と金髪碧眼、何かと対照的な二人ですが、どういう訳か僕は勇者さんの未来を級長さんの現在に垣間見たのです。


 もちろん僕の勇者さんは級長さんほどひねくれてませんし、駄目人間でもありません。しかし――。


「また腕を上げたな、ヴェルマー。家族の喜ぶ顔が目に見えるようだ。料理長も首を長くして待っているぞ」


「問題は、あの女ね。打診はしてみたけど、なかなか首を縦に振らないのよ。素直じゃないんだから……」


 着々と僕の将来設計を推し進めている二人を前にして、仲の良い姉妹のようだと思ってしまった僕を、果たして誰が責められるでしょうか……?


 明けて翌日。西棟の三階、始業直前の三年生の教室で、僕と勇者さんは身を潜めていました。


「ねえ、タロくん。こんなところまであたしを連れ込んで、一体どうする気なの」


「しっ」


 人聞きの悪いことを言わないでください。お口チャックですよ、勇者さん。


 朝の喧騒に聞き耳を立てます。うん、実に規律の取れたクラスです。僕らのクラスにはない連帯感が見て取れます。


 三年前と言えば、僕にとって激闘の年。夜な夜な現れる魔物さん達を若頭と一緒に狩ったのも、今となっては良き思い出です。


 当時の僕は課題どころではなく、級長さんの大目玉に怯える日々を暮らしていました。何を隠そう、彼女が遅刻にうるさいのは、あの頃の名残です。元はと言えば、元凶の片割れなんですけどね、あの人……。


 ともあれ、そうした訳で、当時の僕を知る魔術寮の関係者一同は、そろって僕を不良と見なす傾向があるのです。


 僕の悪評の所為で勇者さんがイジメられるのではないか――?


 僕の危惧は、まさしくその点にありました。


 そうでなくとも、目に入れても痛くないほど可愛い勇者さんのこと。女子の反感を買うのは必至と思われたのですが……。


(……この様子なら心配いらないか?)


 男子生徒の肩身が狭いのは、どのクラスでも共通して言えることですが、女子生徒達の和気あいあいとした雰囲気は、夏の夜気を思わせる心地良さです。


 しかし、こうして改めて見ると、勇者さんの発育は遅れ気味ですね。一年生と比べて遜色ない程度です。やはり牛乳を……。


「タロくん……?」


 なんで僕の首を絞めるんですか、勇者さん。


「約束したでしょ。あたし以外の女を見ちゃ駄目」


 そんな約束はした覚えがありません。なんでそんなこと言うんです? 級長さんとは、あんなに仲良しだったじゃないですか。ロアさんとだって……。


「あの二人はいいの。諦めてるから」


 諦めちゃ駄目です。事情は知りませんが、諦めは人を殺しますよ、勇者さん。


「そゆこと言う。ふうん……」


 勇者さんの瞳が険悪な色を帯びました。僕の喉に勇者さんのツメが食い込みます。


 身の危険を感じた僕は、常備している飴玉を彼女の口に放り込んで事なきを得ました。


 飴玉を口内で転がしている勇者さんの手を引いて、教卓から這い出ます。


 教壇に立った僕を見て、愛すべき後輩達が息を飲む気配がしました。


「ヴェ、ヴェルマー先輩……」


「え、誰?」


「馬鹿っ、口を慎め。ひき肉にされるぞっ」


 ……如何に僕が下級生達から慕われてるかが分かるひとコマですね。


「三年生の皆さん……」


「ひっ」


 ……声色を使うべきでしたか。一斉に身を引く女子生徒の態度に少し傷付きながら、続けます。


「嬉しいニュースです。本日より皆さんに新しいお友達が増えます」


 何を怪訝な顔をしてるんですか、勇者さん。貴女のことです。


「……なんで?」


 僕は、……勇者さんに自分の居場所を見付けて貰いたいのです。


「あのぉ……先輩?」


「ん? 何かな?」


「その、つまり、花嫁さんを編入させたいってことですよね? 一体どんな権限があって……?」


 勇者さんが一部の間で“魔王の花嫁”と呼ばれていることは知っていました。“魔王”って誰です? 僕は認めませんよ、勇者さん。


「権限……ですか」


 さて、どうしたものか。勇者さんご本人の前で明言するのは避けたいのですが……仕方ありませんね。


「諸事情あって、勇者さんには戸籍がありません。正式に言うと、彼女は魔導器の丙類に属します」


 光の化身とされる勇者ですが、その実態を知る者はそう多くありません。


「意思ある魔導器のことです。国際法は魔導器丙類の製造と保有を固く禁じていますが、魔術連の解釈は異なります。世に言う人的統括部門の宣言……ようは魔物に関する法律です」


「あたし魔物なの?」


 僕は、勇者さんの口に飴玉を再度投下します。非常に答えにくい質問だったからです。


 勇者は存在しないというのが魔術連の公式見解です。一方で……魔物さん達の血肉は魔導器の材料になります。


「現在は解体されましたけど、人的統括部門の定義によれば、魔物は魔導器の丙類に分類されます。したがって、宣言項目の特使権限……勇者さんの処遇は保護者である僕に一任されるのです」


 と、そこまで言ったところで、教室のドアがスライドしました。


「みんな、おはよう。って、ヴェルマーくん!?」


 胸中で舌打ちして、駆け出します。


「お待ちなさい! そっちは窓よ!?」


 待ちません。“拍子”を踏んで、飛び上がる直前に黒板をツメで引っ掻いて“音叉”を追加。たちまち破砕する正面の窓ガラス。とんぼを切って窓枠に着地します。


「無駄に高等技術を……! これだからスペンサ教室の子は……!」


 歯噛みする女性教諭に辞去を告げます。


「のちほど伺いますので、あしからず」


「怪盗か、あんたは!?」


 勇者さん、しっかりとお勉強するんですよ。別れを惜しむ僕に、勇者さんは一言。


「タロくん、ここ三階よ」


 …………。


 僕は、しずしずと窓枠から足を下ろして、


「先生、授業参観を希望します」


「帰れっ!」


 大人はいつだって勝手です。

第二十一話です。

人的統括部門は異端査問会の前身です。

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