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男達の挽歌

「タロくんの馬鹿ーっ!」


 という訳で、スペンサ教授のお部屋にお邪魔しています。


 教室と実験室がひしめく西棟。中でもスペンサラボの機密ランクは一段高く設定されています。


 五年生のコードは本来ならC級+なのですが、何故か正規のパスが発行されなかった僕は、スペンサ教授からA級−の偽造コードを貰ってます。


 一般職員の方々ですら閲覧を許されない書類に埋もれながら、娘さんのメモリーを貼付したウィンドウに縋り付き、はらはらと落涙しているスペンサ教授のお姿は、何と申しましょうか、痛々しいを通り越して気持ち悪いです。


 で、何があったんです?


「……娘がね。娘が、一緒にお風呂に入ってくれないんだ……」


 その愚痴は三年前から聞かされてますよ。


「その辺りからなんだよね……メモリにセキュリティが掛かったの」


 ああ、そういえば、ロアさんが貴族嫌いを公言したのも三年前のあの頃ですね。ネル家とエミール家の仁義なき抗争の幕開けでした。


「エミール家のバックには教会がついてる……いや、逆かな……ダロくんには感謝してるよ。僕はラズ派だからね……娘を守ってくれてありがとう」


 そう言ってスペンサ教授は、“TP駆逐の可能性”と題された書類で鼻をかみました。三大貴族の家紋が捺印されていたように思えるのですが、僕は何も見なかったことにします。


「まあ、もちろん? 心を閉ざした娘のセキュリティを突破するなんて朝飯前だよ」


 そんなことをするから嫌われるんですよ。


「ところが最近はそうも行かなくってね……」


 外部メモリですか。警戒されてますね。


「……ダロくんの方はどうなの? 最近」


 あ、涙が溢れてきました。心が麻痺してただけで、実は相当なショックを受けてたんですね、僕。


「ゆ、勇者さんが、出てけって……僕の家なのに……若頭と二人でがんばって建てたのに……」


 本日の勇者さんは朝から上機嫌で、そんな素振りは欠片もなかったんです。


 どんなに忙しくてもごはんは一緒に食べるようにしてますし、ピーマンとニンジンは極力原型を留めないよう工夫してるんです。


 晩ごはんのときもロアさんと三人で仲良く食べてたのに……


「ん? ちょっと待って? なんでうちの娘がそこでいきなり登場するの?」


 貴方の所為ですよ。貴方がイジケるとロアさんは実家に帰ろうとするんですが、彼女の部屋って架空の名義じゃないですか。貴方の裏工作が裏目に出てるんですよ。


 書類上、ロアさんはご自宅から通ってることになる訳でして、当然、帰省届けは受理されません。そういうとき、ロアさんは枕片手に僕の部屋まで押し掛けてきて、


「泊めなさい」


 って言うんですよ。昔からずっとです。育て方に問題があったんじゃないですか?


「ん? んー?」


 何を頭を抱えてるんですか。抱えたいのはこっちです。思えば勇者さんの機嫌が悪くなったのは、ロアさんがご宿泊を宣言されたときからです。「あたしはその女の代わりなの?」とか言ってましたもん。


「……ダロくん」


 なんです? へらへらと笑ってる場合じゃありませんよ?


「死んでくれる?」


 呼吸するように自然な動作でナイフを突き出してくるのはやめてください。まったく……。


 ローブの袖に仕込んであるナイフを取り出して応戦します。きらめく白刃。二度、三度と切り結びますが、隠密性を重視した作りになっているナイフが先に()を上げてしまいます。


 スペンサ教授の口元が嫌らしく歪みました。酔ってますね、貴方。


「教えたよね? 装備には金を掛けた方がいいよ? ……っと、駄目か。君は“拍子”を使うんだったね」


 そんな余裕はありませんよ。使ったのは“音叉”です。


「多芸だねえ。どれもぱっとしないけど」


 人が気にしてることを……。


 刀身に無数のひびが入って使い物にならなくなったナイフを放り投げて、スペンサ教授は虚空を撫でます。


(やばっ……)


 ロアさんの才覚は父親譲りです。思い至って直感的にその場を飛び退きますが、そのとき既に趨勢は決していました。


 飛び上がった僕の足首を、部分転移してきたスペンサ教授の腕が鷲掴みにしています。受身を取って転がるのがやっとでした。


「駄目じゃないか。気を抜いちゃあ。あと、期待してるとこ悪いけど、僕に痺れ薬は効かないよ。そういう訓練を受けたからね?」


 よくよく始末に負えません。ああいう大人にだけはなりたくないものです。


「ミミカ族を()ぶのは()しといた方がいいよ? 自覚はないかもしれないけどね、あれに頼るときの君は無防備なんだ。悪い癖だよ?」


 残念ながら万策は尽きたようです。


 これまでか、と思われたそのとき。


 スペンサ教授は、踏み出した足で前のめりに転倒しました。目の前を転がるお酒の空き瓶を眺めて、一言。


「……ダロくん。飲もうか?」


「……僕、未成年なんですけど」


 この日は、朝まで飲み明かしました。


「うぅん……」


 二日酔いでくらくらする頭を押さえて、愛しの我が家に帰還します。


「どこ行ってたの」


 そこには、仁王立ちで待ち構える勇者さんの姿がありました。


 あれ? ひょっとして僕、これからお説教されるんですか?


 奥の方に目を向けると、朝餉の席で目玉焼きをあぐあぐしているロアさんが我関せずの態度を貫き通しています。


 僕は、辛うじて言いました。


「た、ただいま」


「…………おかえり」


 ほのぼのしました。近年まれに見る頭脳プレーです。


 仲直りのしるしに勇者さんを高い高いしていると、心なし嬉しそうにしていた勇者さんが、ふと眉根を寄せます。


「お酒臭い」


 …………。


 お酒は二十歳(はたち)から。

第十九話です。

魔術寮の生徒達は魔術漬けの生活を強制されるため、よほどの事情でもない限りは寮住まいです。

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