勇者失踪(中編)
魔術寮の外観は塔と似ています。東棟と西棟を階ごとに繋ぐ石橋が回廊になっていて、大きな一つの建物に見えるのです。素直に真っ直ぐ架ければ良かったのにと観光客の皆さんは口々に言います。そういうとき、僕らは曖昧な笑みを浮かべて誤魔化します。
聞いた話によると……“塔”の内部は空洞になっていて、底の方で何かが眠っていると専らの噂です。秘蔵のお菓子かもしれませんね。魔術師長あたりが怪しいと僕は睨んでいます。
ちなみに僕の部屋は別棟にあります。部屋が足りなかったそうです。どう考えても余っているのですが、煉瓦で建てたお家に愛着が湧いてきた今日この頃。今は勇者さんが一緒なので寂しくはありません。
それなのに……。
「しくしくしく……」
「ええいっ、泣くな! 女々しいぞ!」
僕のお城の外壁に沿ってぐるぐる回っていた級長さんが、ふと舌打ちをします。
「ちっ、五号と六号がやられた。各個撃破とは味な真似を……」
勇者さんは、こと戦いとなるとシビアなんです。
「居場所が分かったんですか?」
「何とも言えん。辺り一帯の魔素が乱れている。手際も見事だ。……ヴェルマー。勇者の魔眼は魔素に干渉できるのか?」
ミミカ族の方々の健康に良くないことは確かですが……。
「……上位コマンド? 何故……。そうか、あの老人の仕業だな。化け物め。ろくなことをせん……」
珍しく意見が一致しましたね。
「しかし魔素への干渉はどう説明する……査問会の等級パスコードか? 容量が絶対的に不足するぞ……」
あ、級長さん。そこ踏まないでください。
「なんだ? ヴェルマー。私は今、重大な考え事を……」
級長さん、突然ですけど、イチゴって果物と野菜どちらだと思います?
「ばかもの。イチゴは果物に決まっている。甘いではないか」
僕は野菜だと思うんです。野菜って土と仲良しじゃないですか。イチゴもそうですよね。
「仲良し……? それがどうし……まさかお前……」
最近、家庭菜園に凝ってるんです。
「……耕したのか? 耕したんだな?」
耕しました。
「魔素が乱れているのは……」
あるいは僕の所為かと。もしくは僕の所為かもしれません。
「…………」
…………。
頬を引っ張らないでください。痛いです。
収穫の二割五分を年貢として納めるということで納得して貰いました。
堪忍袋の尾に不備がある級長さんは、“ネル領”と殴り書きされた案山子さんにもたれかかって、白みがかってきた空を苛立たしげに仰ぎます。
「埒が明かん」
そう言って唐突に魔剣を地面に突き刺します。
…………。
“解呪”!?
はっとした僕は、必死になって級長さんを制止します。
「ゆ、勇者さんを殺す気ですか!?」
「埒が明かんと言っている! 運が良ければ死なん! こら、変なトコ触るな!」
「そんなこと言ってケルベロスさんなんて跡形も残らなかったじゃないですかぁぁぁっ!」
忘れもしない五年前の出来事です。
「今だから言うけど、あのあと若頭けっこう落ち込んでたんですよ!?」
「ば、ばかもの! 飼い犬に手を噛まれたからとキレて屠殺したのはお前ん家の羊さんだろーが!?」
ひとしきり暴露大会を終えたところで、魔術寮の食堂に場所を移して対策会議を開きます。
級長さん、食べてばかりいないで、ちゃんと会議に参加してください。
「腹が減っては戦は出来ぬ。もぐもぐ」
「この女に何を言っても無駄よ。食欲の権化なんだから」
ロアさん、お行儀が悪いですよ。テーブルに肘を置いてはいけません。
「つうか、なんでアタシまで……」
勇者さんが心配じゃないんですか?
「いや、さっきまでアタシの部屋にいたし」
なんでです……?
「……さあ?」
その後の足取りなどは……。
「知んない。なんか反省したら許してあげるって……」
思い当たるふしが多すぎます。
それ見たことか、と級長さんは得意気です。
「だから言ったではないか」
……まだそんなこと言ってるんですか?
勇者さんは十二歳なんですよ? 僕が十二歳のときなんて、生きるか死ぬかの瀬戸際でしたよ。そういう時期なんです。
ああ、責任重大ですね。
僕は一体どうしたら……。
「勇者さん……」
何が不満なんですか?
はっきり言ってくれないと分かりません。
ひょっとして反抗期なのでしょうか……。
第十六話です。
生と死を司る魔術師の大家、三大貴族。“反魂”と“解呪”は本質的に同じものです。