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勇者失踪(前編)

 勇者さんが家出してしまいました。


「級長さん! 級長さぁん!」


 ドンドンと級長さんのお部屋の扉を連打します。時刻は深夜の三時。


「……殺すぞ」


 ナイトキャップをかぶった級長さんが扉の隙間から顔を出して、世にも恐ろしげな目付きで殺人を(ほの)めかします。


 普段の僕なら丁重に侘びを入れたことでしょうが、事態は急を要するのです。涙ながらに訴えると、級長さんは理解を示してくれました。


「むぅ、ヴェルマーが私の脅しに屈しないとは……何があった? まあ入れ」


 僕は事情を説明しました。


 深夜の徘徊を終えて部屋に戻ったところ、勇者さんの姿が消えていたこと。


 書き置きの(たぐい)は見付からなかったこと。


 級長さんのお部屋は年頃の女の子らしからぬ汚さであること。


「余計なお世話だ」


 しゃくり上げながら、読みっ放しになっている本を本棚に戻し、脱ぎ散らかされている衣類を畳んでハンガーに掛けます。


「ドナが……?」


 級長さんも驚きを隠せないようでした。


 そうなんです。若者の非行が巷に溢れる昨今、うちの勇者さんに限って……。


「……ひとつ聞く。深夜の徘徊とはなんだ。お前、何をしてるんだ」


 日課なんです。ミミカ族の方々と僕がリンクしているのはご存知でしょう? 眠れない夜もあるんです。


「ふむ……」


 級長さんは名探偵さながら腕を組んで瞑目します。


「なるほど、読めたぞ。女が実家に帰るとき……動機は旦那の浮気と相場が決まっている。犯人はお前だ!」


「僕!?」


 仰け反って驚愕を露にする僕をよそに、級長さんはしたり顔でうむうむと頷きます。


「お前の八方美人ぶりは目に余るものがあるからな。ドナが愛想を尽かすのも無理はなかろう」


 身に覚えがありません。愛想を振り撒こうにも相手がいませんし。


「だが……私に頼ったのはお前にしては上出来だ。ネル家の秘術、とくとごらんあれ」


 重々しく言い放った級長さんは、ところ狭しと書籍の置かれた枕元を物色して、おや? と首を傾げます。


「……これですか?」


「ああ、すまん」


 ネル家の家宝に当たる魔剣を手渡します。衣装掛けの代わりに使われてましたよ。


 気を取り直して、級長さんは鞘から剣を抜き放ちました。数多の魔物さんの血を吸った希代の妖刀です。


 寮内に刀剣の(たぐい)は持ち込み禁止なのですが、ローブに暗器を仕込んでいる僕にとやかく言う資格はありません。


 級長さんは鞘を投げ捨てて、剣の腹に片手を当てます。小次郎敗れたり。


「――……」


 級長さんの詠唱は、騎士の宣誓を思わせる威風堂々としたものです。


 夜気が張り詰め、魔素が呼応します。


 ずるりと闇から剥離するように現れる白い人影が数体――。


 真紅の単眼がぎょろりと室内を睥睨します。糸で縫われた口元から漏れ出でる尽きせぬ怨嗟。四肢と連動する剥き出しの歯車。背中で歪んだ時を刻み続ける大きな発条(ゼンマイ)……。


 “付箋”の皆さんです。真っ先に級長さんに襲い掛かろうとした彼らの四肢を、床から伸びた鎖が束縛しました。


「もう少し仲良くできないんですか?」


「私が変みたいな言い方をするな」


 級長さんは憮然と言って、てきぱきと指示を出します。


「……被害者(ガイシャ)はそう遠くまでは行っていないだろう。凶器を所持している可能性が高い。くれぐれも油断するな。……よし、散れ」


 ぎりぎりと発条を回して、“付箋”が夜闇に紛れます。残った二体を引き連れて、お部屋をあとにする級長さん。


 鞘を忘れてますよ、級長さん。抜き身の刃物をぶら下げたままどこへ……。


 ……普段の僕なら、彼女の同行を断固として拒否したでしょう。


 級長さんの言葉を真に受けた訳ではありませんが、勇者さんの家出は僕の不徳の至るところなんだと思います。


 何が原因なんでしょう?


 お夕飯どき、お野菜を残してはいけないと叱ったことでしょうか?


 補習で忙しくてかまってあげられなかったことでしょうか?


 お気に入りのぬいぐるみを無断でお洗濯してしまったことでしょうか?


「勇者さん……」


 かくして、魔術寮を揺るがす大事件の幕が開けたのです。

第十五話です。

魔術師の詠唱は、基盤となる圧縮言語を各々で調整したものです。ようは魔素への命令文ですので、基本を逸脱しなければ問題ありません。

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