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空回りする情熱

 夜なべして作った非カテ語ドリルに取り組んでいる勇者さんを見ていると、ほのかな幸せを感じる今日この頃です。


 課題? そんなものは適当でいいんです。級長さんが張り切ってましたけど、採集の時点で結果は見えましたから。


 あ、勇者さん。また間違ってますよ。分からないところを母国語(?)で誤魔化したって駄目です。


 指摘をすると、勇者さんは反抗的な目で「う〜っ」と唇を尖らせました。


 最近、彼女は歳相応の表情を見せてくれます。僕を実の兄のように慕ってくれている証拠ではないかと、密かに自惚れているのですが……。


「タロくん。あたしに正しい読み書きを教えてどうしたいの? これって遠回しにプロポーズしてるの? ……不器用なんだから」


 気の所為でした。


 44db(デジベル)の空間に勇者さんの斬新な解釈が波を打って広がります。


「ヴェルマー……」


「悪魔憑きのヴェルマーだ……」


「最近、大人しいと思ったら……」


 僕は、声を押し殺して泣きました。


「男の子でしょ。泣かないの」


 勇者さんの優しさが余計に僕を惨めにさせるのです。


「心配しないで。どんなにタロくんが社会的に駄目な人でも、あたしが養ったげる」


 父さん。母さん。僕はどこで人生のレールを踏み外してしまったのでしょうか? 勇者さんと出会ったときでしょうか? 一概にそう言い切れないところが、ますます僕の涙を誘うのです。


 ひとしきり号泣したところで、お勉強を再開します。


 非カテ語の次は、呪言に使われる圧縮言語のお話です。魔術師は言うに及ばず、暗殺者とかも使うので、しっかりと覚えておきましょうね。


「なんで?」


 勇者さん、人類の歴史は戦争の歴史なんですよ。過去、世界の終わりかと囁かれた“審判の日”でさえ、僕ら人類は元気に「我こそはー!」とかやってたんです。理屈じゃないんですよ。


 心温まる会話を繰り広げていると、不意に手元に影が落ちました。ん? と思って振り返ると、クラスメイトの女の子が仁王立ちで僕を見下ろしています。


 栗色の髪と鳶色の瞳は、王国で最も普及しているカテ民族の証です。王座を転落した悲劇の一族として有名ですが、割と毎日を楽しく暮らしています。


「ヴェルマー」


 僕の宿敵、ロア=スペンサ嬢その人でした。スペンサという姓からも分かる通り、僕に無理難題を押し付けてくる某教授の娘さんです。親子二代渡って、僕の学園生活を灰色に染め上げることに余念がありません。


「帰ってきてアタシに一言も挨拶なし? いいご身分ですこと。さすがに貴族さまはお高く留まってらっしゃるわね」


 痛烈な皮肉です。スペンサ教授の娘さんは、貴族が大の嫌いなのです。小さな頃は天使と見紛うばかりの愛らしさだったのですが……時の流れとは残酷なものです。


 けれど僕の不在に気付いてくれた件に関しては感謝の言葉もありません。きっと心根は優しい子なんだと思います。


「ただいま」


「…………」


 なんで黙り込むんですか。僕の精一杯の勇気を返してください。


 沈黙に耐え切れず、首を巡らすと、ロアさん(紛らわしいから名前で呼べときつく厳命されてるんです)の班員さん達と目が合いました。ロアさん率いるスペンサ班は僕らのクラスの最大派閥です。華やかで良いですね。


「あの、」


 ……なんで後ずさるんですか。


「いや……」


「ほら……」


「ねえ……」


「ヴェルマーくんの声、怖いから」


 そうですよね……怖いですよね……。


 ときどき自分自身の声にビビリます……。


 あまり喋らないよう自粛してるんですけど……うん。


「……アタシは、別に」


 ロアさん? 貴女、初対面のときに泣き喚いて僕に十連コンボを叩き込んだじゃないですか。


「ツンデレね」


 え? なんです? 勇者さん?


「お前、あたしと同じ匂いがするわ」


「……誰よ、この子」


 あれ? スペンサ教授から何も聞いてないんですか?


「家では無視してるから」


 ザマ先生……。


「ん? その赤い瞳……魔眼ね。あなた、勇者なの? まだ小さいじゃない……」


 勇者さん、人見知りを直すチャンスですよ! ご挨拶を!


「名乗る名など持ち合わせていないわ」


 おっしゃるとおりです。


「……そう。真名を封じられてるのね。魔術師対策か……じゃあ、みんなで名前を考えてあげましょうよ」


 おお、さすがにクラスで一、二を争う天才魔術師の言うことは違いますね。


「じゃあ、僕から」


「あんたは黙ってなさい、ヴェルマー。ただでさえ変な名前なんだから」


 偏見です。たしかに僕は変な名前かもしれません。しかし、いや、だからこそ!


「それなら、試しに言ってごらんなさいよ」


 うーん、そうですねえ。


「ドナドナだ」


 うん? 誰ですか? 今の僕じゃありませんよ?


「その子の名前はドナドナだ」


 級長さん……! 級長さんですね!? どこです!?


「捜したぞ、ヴェルマー」


 後ろを取られた……!?


「行くぞ。課題の仕上げだ」


 襟を引っ張らないでください。嫌です。あんな材料で何を作れと言うんですか? バイオハザードの片棒を担ぐのはごめんです!


「目分量で分かるところまではやったが、どうも取り返しの付かないことになっている気がしてな。思い過ごしならいいのだが」


 思い過ごしじゃありませんよ! どうして貴女は、そう大雑把なんですか!?


「錬金術は、元々お前の専門分野だろう。何とかしろ」


 なりませんよ! どうしろと言うんです!? 困ったときのダロ頼みはやめてくださいと再三……!


「ドナドナねえ……まあ悪くはない……かな?」


「……あたし、売られる子牛じゃないんだけど」


 誰か……! 誰か助け――


 っ……。


 …………。

第十四話。王宮潜入の結果はまた後日。

審判の日とは、魔物がこの世界に攻め込んできた日のことです。共通の天敵の存在は、しかし全人類を団結させるには至りませんでした。

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