水面下の争い
「無茶のし過ぎだ。ばかもの」
のっけから馬鹿扱いされました。
麦おかゆをお鍋丸ごとお召し上がりになりつつ、ネル家の令嬢が僕をソフトに罵倒しています。
……それ僕が作ったんですけど。
「よそ見をするな。私に見惚れている暇があったら手を動かせ」
級長さん、貴女やっぱり自分のこと美少女だと思ってるんですね。実際に綺麗な人なので別にいいですけど。
反省文を一筆したためながら、級長さんの本音トークを聞き流します。
「魔力の枯渇。禁断症状のステージ2。睡眠不足に栄養不足。遅刻した挙句にその場で昏倒……級長として不甲斐なく思うぞ、ヴェルマー」
どうやら僕のダブり疑惑は取り越し苦労に終わったようです。少々腑に落ちませんが、スポンサーの口利きによるものと前向きに判断しておきましょう。ただでさえ僕の履歴書は未成年略取の疑いで一杯なんです。
「最近とんと見掛けないと思ったら、宿屋で篭城の真似事とはな。呆れて物も言えん」
欲を言えば、もう少し早く気付いて欲しかったです。
「そういえば、一年ほど前にスペンサが何やら騒ぎ立てていたような気もする」
情緒不安定な年頃なんでしょう。
「出来ましたよ」
謝罪の文句でびっしり埋まった反省文と空のお鍋をトレードします。これは正当な取引と言えるのでしょうか?
「…………」
? なんです? 勇者さん? そんなじーっと見られても、僕はミミカ族の方々と違って破裂したりしませんよ?
「誰なの、この女」
説明したじゃないですか。彼女はスィズ=ネル。なんとなく雰囲気で人を判別する癖のある僕ですが、非カテ民族の大きな特徴である金髪碧眼を見紛うことはありません。
「うん? 君は誰だ? 新入生か?」
級長さんまでなんなんです? 僕が眠っている間、二人して何してたんです? いえ、僕の顔に落書きしていたことは分かってるんです。けど、共同作業しておいて今更あんた誰はないでしょう。
まあ、不幸中の幸いと申しますか、僕の部屋で“付箋”と光の刃が飛び交う事態は避けられました。
僕は、勇者さんの脇に手を挟んで持ち上げます。
「勇者さんです」
されるがままになっている勇者さんを、級長さんは不躾な視線でまじまじと見詰めます。可愛いでしょう? けど、あげませんよ。
「勇者? 魔王が現れたという噂は聞かないが……緋の魔眼か……実物を目にするのは初めてだ」
黙り込んでいる勇者さんを床に降ろします。
「そう? “付箋”の目だって赤いじゃないか」
「ばかもの。あれはカテゴリが違う」
言われてみれば、なるほど、“付箋”の大きなお目々は専ら索敵用です。
ただし、精度が並大抵のものではありません。人海戦術はネル家の最も得意とするところ。
都に戻ってきたことさえ隠しておけば何とかなると思ったのですが……甘かったですかね。どうしてバレたんでしょう?
「邪魔するのである」
え? 若頭? なんで単独行動してるんです?
「三日前に菓子折りを持参したのである」
犯人は身近に潜んでいました。
昔からそうです。何故か若頭は級長さんを優遇するのです。
「『お前、この女に弱みでも握られてるの?』」
「『貴様に話す義理はない』」
じゃれあいを始めた二人は放っておくとして、級長さんに尋ねたいことがあります。
「クラスで課題って出てます?」
当面の目標は卒寮です。
魔術寮のカリキュラムは一種独特で、クラス毎に設けられたクエストを期限までに提出するという方式を採用しています。
特に過程は問われないので、寮内では情報のリークが横行しています。上級生と仲良くするのも手段のひとつでしょう。
クラスで一致団結すれば良いのにと、僕は常日頃から思っているのですが、悲しいことにクラスメイト達はお互いの足を引っ張り合うことしか頭にありません。
僕はというと、どういう訳か級長さんに目を付けられて、ほとんど半強制的にコンビを組まされています。
「火竜の鱗を持って来いと言われている」
ごめんなさい。無理です。
五年目となるとさすがに違いますね、なんて納得すると思ったら大間違いですよ。
級長さんは、僕の反省文をファイリングし終えると、ベッドに立て掛けてある剣型の魔導器を手に取って、
「今回は総力戦になる。かつてないほどの団結力、クラスの心が今ひとつに」
そんなものは表向きに過ぎません。土壇場での裏切り多発が僕らのクラスの持ち味ですよ。ひとつになるとしたら、それは心の闇です。
腕を引っ張らないでください。嫌です。
若頭、若頭、助けて! 勇者さん……!
「さあ、ヴェルマー」
ああ……!
第十二話です。
勇者の魔眼はミミカ族に対して優位のアクセス権を持っています。