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車上の決戦

 呪霊王さまにも困ったものです。オバケの総大将のような風貌の魔物さんを退けたのは、これで三度目ですよ。


 へそを曲げた勇者さんが王都に帰るなんて言い出したのも無理はありません。


 しかしながら、勇者さんが他者と肩を並べて戦ったのは初めてのこと。大きな前進です。



「『まだ解らんのか? 察しの悪いことだな、メス犬。そもそも貴様に施された非常時の緊急パスを抜かれた時点で気付きそうなものだ』」


「『……死にたいの、お前? 緊急パスって……あの魔術か。小賢しい真似を……ん? そうか、ベルザ=ベル……』」



 ひょっとしたら、魔術師長は勇者さんの更正を願って僕に託したのではないでしょうか? きっとそうです。権力の化け物とか言われる人ですけど、世の中そうそう捨てたもんじゃありませんね。



「『ふん。俺を宿主(マザー)ごと封じる……査問会のエージェントの考えそうなことだ。反吐が出る』」


「『あたしをダシに? コケにされたもんね……この借りは高く付くわよ。あと、お前、あたしは命の恩人なんだから、土下座して許しを請いなさいよ』」



 馬車の中、僕を挟んで会話に花を咲かせている勇者さんと若頭の微笑ましい姿は、僕らの一年に渡る冒険の成果と言えるでしょう。話の内容までは分かりませんけど。



「『下らん。この俺が、虚像ごときに遅れを取るとでも? 思い上がるな、人間』」


「『羊の皮をかぶった悪魔の分際で、あたしに逆らおうっての。八つ裂きにされたいの?』」



 本当のことを言うと、権謀渦巻く王都に戻るのは、勇者さんの教育上反対なのですが、彼女にはそろそろ次のステップアップが必要なのかもしれません。



「『弱い犬ほど良く吠える。身を以って試してみるか? 翻訳機を介した紛い物などではない、本物の魔術を……』」


「『上等じゃないの……』」


「『ほう……』」



 勇者さんと若頭は、笑顔で見詰め合っています。すっかり仲良しですね。少し寂しいような気もしますけど。


 ああ、それと、海路ではなく陸路を選んだのは、なんとなくです。なんとなく、二度と乗りたくないなって思ったんです。不思議ですね。


「…………」


 遠い目をしてぼんやりとしていると、不意に若頭が抱き付いてきました。


「な、なに?」


 若頭は、僕の首筋に口吻を押し当ててきます。ん、お食事の時間ですか。程々にして下さいね。大仕事を頼んだあととか、どういう作用なのか、まれに生きているのが嫌になるんです。


「お前っ……!」


 勇者さんが、狭い車中で突如として抜刀します。何事ですか。


「人間め。後悔しても遅いのである」


 若頭は、僕を小脇に抱えて颯爽と車上に躍り出ます。


「降ろして〜」


 僕は高所恐怖症ではありませんが、進行方向に顔を向けられているので、体感速度がエライことになってます。


「そこまでよ!」


 あとを追って飛び出してきた勇者さんが、光の剣尖を突き出して宣告します。わ、危ないですよ。星の剣は退魔の宝剣。光の刃は伸縮自在なのです。


「その場に置け。そっとだ。どのみち串刺しにしてやる。墓穴を掘ったな……」


 最後通牒でした。交渉の余地すらありません。


「浅はかなのである。しょせん人間の猿知恵なのである」


 若頭は、動じません。片手を横薙ぎに振るうと、僕の影が物理法則に反した動きを見せて広がります。知られざる隠しコマンドの存在に一番衝撃を受けたのは、たぶん僕自身でしょう。みるみるうちに立体的な厚みを帯びて具現化する僕の影。僕とは似ても似つかぬ輪郭です。


(ぼ、僕の影なのに)


 自分の影に存在を否定された僕の気持ちなんて、きっと誰にも分からないでしょう。たまたま目が合った馬車の御者さんに愛想笑いを振り撒きながら、心で泣きます。


 ところ狭しと現れたのは、ミミカ族の方々でした。いつの間にか僕の影はミミカ族の第二の集落と化していたのです。


「意外と住み心地が良いのである」


 若頭のコメントに、僕はどう返して良いものやら分かりません。家賃を徴収しておくべきなのでしょうか?


「ベリアル!」


 ? べり? なんです? それ? 呑気に問い掛けている暇はありませんでした。光が一閃したかと思えば、次の瞬間、ミミカ族の方々が輪切りにされてしまったのです。僕の数少ない友達が……!


「無駄なのである。我の本体は、この次元に存在しないのである」


 即座に傷を修復して、ミミカ族の方々が口々に言います。良く分かりませんが、大丈夫みたいです。


「人間は効率の悪い生き物なのである」


「愚かしいのである」


「エサはエサらしく清く正しく生きていれば良いのである」


 さり気なく毒舌ですが、非カテ語は人間の思考形態を元に研鑽されてきた言語なので、仕方ありません。ミミカ族は不器用な民族なのです。語彙の不足が誤解に繋がらなければ良いのですが……。


 はらはらしながら、両者の遣り取りを見守ります。


「皆殺しにされても同じことが言えるかしら……?」


 不器用なのはお互いさまのようです。


 勇者さんはひるみませんでした。ある意味、非常に前向きです。


(喧嘩するほど仲が良いとは言うけれど……)


 確かに言えることは、馬車の修理代を支払うのは僕であるということでしょう。


 王都までの長い道のりを思って、僕は溜息を吐きました。日曜大工は専門外です……。

第十話。呪霊王との因縁を締め括るお話です。

査問会とは異端査問会のことです。大陸の人々は神殿で祭っている星の女神を崇拝しています。ヴェルマー家も例外ではありません。

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