いつか支払われるもの
この物語に魔王は登場しません。
はじめまして。ダロ=ヴェルマーです。
あ、ちなみにあっちで魔物さんを惨殺しているのは勇者さんです。
僕らは今、巷で話題の魔の森というトコロにいます。なんか得体の知れない鳴き声がしてます。帰りたいです。
思えば一年前、異世界から召喚された勇者さんに出会ったことが運の尽きでした。本人の前では決して言えませんが。
こう見えても僕は、かつて将来を嘱望された魔術師の卵なのです。都に招かれた時点で大まかなところ素質がないことに自ずから気が付きましたが。
むしろ最近では料理と裁縫に意外な才能を見出しつつあります。へたをしたら存在意義になりかねません。
「タロくん」
勇者さんが戻ってきました。ひたすら赤いです。あれ全部返り血ですよ。普段の彼女(女の子なんです)は黒髪紅眼の美少女なんですが、なんかもう色々なものが台無しでした。
うん、タロくんというのは僕のことです。最初は“ヴェルマーくん”って呼ばれてたんですけど、ふと気付けば“ダロ”と呼び捨てされるようになって、それが更に変化して“タロくん”に落ち着きました。極一部の知り合いが僕をそう呼ぶので、それに感化されたものと思われます。僕の意見はことごとく無視されました。
「お、お疲れさまです……」
はっきり言って僕は彼女が苦手です。というか怖いんです。感情が希薄だし、無表情なので、何を考えているのか良く分かりません。
……正直に言いましょう。
彼女のレベルは99なんです。たぶんデコピン一発で僕は天に召されることでしょう。死にたくないです。
ああ、僕のレベルに関しては、お察しください。しいて言うなら、ひよこです。半年で、ようやくレベルがひとつ上がったことを意味します。そのとき、何か新しい力に目覚めた気もするのですが、二ヶ月ほど過ぎて、それは気の所為だったと気付きました。たんに浮かれてただけです。
「『お風呂』は?」
「……わ、沸いてます。川べりに用意しておきましたから……」
湯浴みのことを、彼女はオフロと呼称します。
「さんきゅ」
素っ気なく言って、勇者さんは僕の脇を通り過ぎます。ほっとしたのも束の間、
「……タロくん」
「は、ハイ!」
ぎょっとして振り返ると、目が合いました。赤い瞳は、勇者の証。あらゆる魔眼を跳ね返す、退魔の“しるし”です。
「魔物に襲われたら、身元を特定できる死に方をして。約束ね」
「……善処します」
こうして僕は、知らぬ間に巨額の生命保険を掛けられていることを知ったのでした。人生って難しいです。
はじめまして。川線路です。
みなさん、よろしくお願いします。