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引きこもり少女、御子になる~お世話係は過保護な王子様~  作者: 浅海 景


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居場所

「フィー、やっぱりちょっと近すぎると思うの」


馬車の中で透花はフィルの膝の上に載せられていた。両腕をしっかりとお腹の辺りに回されているため、不安定ではないが落ち着かない。


「トーカは僕に触れられるのは嫌?」


しゅんと眉を下げて訊ねられると罪悪感に駆られたが、そろそろ頃合いだろう。昨日からずっとフィルは透花を片時も離そうとしないのだ。ジョナスに助けを求めたものの、そっと首を横に振られた。


「そうじゃないけど……重たいし」

「トーカに触れていないとまた消えてしまいそうで怖いんだ」


そう言われてしまえばもう何も言えない。フィルがどれだけ透花を案じ探し続けてくれたことを知っている。


「……お城に戻るまでだからね」


そんな風に望まれることが嬉しくないわけでもなく、透花は結局城に到着するまでそのままでいたのだった。



「御子姫様、お役目を果たされご無事に戻られましたこと、お慶び申し上げます」


馬車から下りるとそのまま国王へ拝謁するため謁見室へと向かったのだが、跪いて丁寧な口上を述べる男を透花は凝視してしまった。


(……リト、だよね?!)


いつもの軽薄な口調ではないし、正装なのかきっちりとした服装の上に魔術師らしい漆黒のローブを纏っている。


「あ、もしかしてお母様から何か言われたの?」


透花の言葉にリトは渋面を浮かべ、その背後で同じようなローブを纏った女性が笑い声を上げた。


「夢の中で女神様から神託を受けたのですが、ザイフリートは醜悪な女狐を御子姫様の元に連れてきたことを、叱責されたのですわ。ふふふ、何度思い出しても愉快な光景ですこと」

「……お前らとて女神様の恩寵を受けながら御子姫に無関心だったと叱られていただろうが。御子姫様、こいつらはミケーレとフィロガの魔術師です。俺と同様、立会人としてこの場に参上いたしました」


透花に対しては他人行儀な物言いを崩さそうとしないリトに、距離を取られたようで透花はつい内心を口にしてしまった。


「お母様から言われたのなら仕方ないけど、何だか少し寂しいな」


途端にフィルから肩を抱き寄せられて顔を上げると、気遣わしげな表情を浮かべている。

女神をお母様呼びしたことで不敬だと捉えられたのかと思ったが、透花が寂しいと告げたため慰めようとしてくれているようだ。

フィルの両親の前でもあり気恥ずかしくてわたわたしていると、耐えかねたように笑い声が響いた。


「あー、やっぱり姫さんだな。女神様も姫さんが望むなら許してくれるだろう。これで寂しくないか?」


にやりと笑みを浮かべるリトはいつも通りで、透花は笑顔で頷いた。あやすような口調も今日に限っては気にならない。だがリトが真面目な表情に戻ったのを皮切りに、国王が口を開いた。


「御子様に対する数々のご無礼、誠に申し訳ございません。我が国の民が狼藉を働いたにも命懸けで浄化を行ってくださったこと、感謝の念に堪えません。本来であれば国ごと消滅してもおかしくない愚行ですが、御子様が女神様に取りなしてくださったとお聞きしております」


「私にはお母様を止める権利も立場もございません。ただ私に対する行為が国の総意でないことをお伝えしただけです。それに私を害そうとした人たちにはお母様が罰を与えたと聞いております」


『トーカを虐めた子たちには印をつけておくから、関わっては駄目よ?』


具体的にはどのような罰か透花は知らない。ただ女神は黒い笑みを浮かべていたので、軽い罰ではないと思っている。


「御子様への誹謗を口にした者は舌に、暴行を働いた者は手や顔に茨のような痣が浮かびあがったそうです。現在取り調べ中ですが、全身に痣が現れたデリアル公爵らが此度の主犯格と目されております」


伝染病かと勘違いした者たちは、女神の怒りと知ってすっかり震えあがってしまったようだ。御子を虐げた者という印であることは国内に公示する予定で、周囲から非難の目を向けられるため、今後の抑止力になるだろうと国王は話してくれた。


「ただ御子様の姉君には何の変化もないようで、今後の対応を判じかねております」

「姉の処遇についてはお母様から任されております。フィー、大丈夫だからナナカに会わせてほしいの。……多分、これが最後になると思うから」


フィルの表情が明らかに強張ったが、菜々花のしたことを考えると無理もない。透花が攫われたと知ってフィルは菜々花を厳しく問い詰めたが、正直に話すどころかフィルに謝罪と服従を要求したそうだ。


目に余る行為と御子への疑念、そしてフィルの剣幕に恐れをなした侍女が陰謀のあらましを白状したため、フィルは森に駆け付けることが出来たのだ。

一日でも早く菜々花を泉に連れて行っていれば、透花が攫われる前に阻止出来たのではないかとフィルは後悔しているが、それは結果論に過ぎない。



「私は何もしていないわ。その証拠にあんな気持ち悪い痣なんてどこにもないじゃない。公爵様が勝手にしたことなのに、どうして私までこんな目に遭わなきゃいけないの?そもそも私より劣る透花が御子だなんてあり得ないのよ」


最早取り繕うことも止めた菜々花は憎々しげな態度を隠そうともしない。あらかじめ予想していたことだが、それでも透花は丁寧に説明しようと決めていた。


「菜々花は御子じゃないよ。女神様が教えてくれたから自称することは不敬に繋がるの。女神様は菜々花がこれまでの行いを反省すれば――」

「私が力を使えなくなったのは、あんたが私に呪いでも掛けたんでしょう!さっさと御子の力を返し@&$&¥★△▫■!」


突然意味の分からない言葉をまくし立て始めた菜々花に呆然としていたが、真っ先に我に返ったのはフィルだった。


「トーカ、彼女は一体……」

「菜々花が御子を名乗ることをお母様はお許しにならなかったから、菜々花の中に残っていた御子の力を全て没収されたの」


言葉が通じるのは御子の力のおかげだった。菜々花が自分の言動を悔い改めれば生活に支障がない程度の魔力は残しておくという話だったが、きっと女神はこの状況を予測していたのだろう。


フィルやジョナスが予測したとおり、菜々花は透花から無意識に力を奪っており、菜々花の周囲に人が集まり好意的であったのもそのおかげだ。生まれてからずっと透花の側にいたことでこちらの世界に踏み入れることができるほどの力をその身に宿していたのだと言う。


なお、これに関しては女神の手落ちであるらしく、透花が虐げられる要因になったこともあり女神は透花に対してすこぶる甘い。そのおかげでフィルの元に戻ることが出来たのだから、結果オーライだ。


「この後の対応は俺たちに任せてくれ。女神様からも頼まれたからな」

「敬愛する女神様の最愛の子を傷付けるなんて、許しがたいわね」

「……醜いものは嫌いだ」


女神からの言葉であれば、透花やフィルが口出しすることではない。


「ばいばい、菜々花」


こうして透花は今度こそ菜々花と決別したのだった。





「もう少しなんだけど、少し休もうか?」

「ううん……大丈夫。まだ、歩けるよ」


泥濘んだ斜面は体力を使うが、フィルが手を貸してくれるから何とか付いていくことが出来る。

ようやく国内が落ち着いてきたせいか、昨日フィルからお出掛けのお誘いがあった。手紙に記されていた場所に行く準備が整ったのだと言われて到着したのは山のふもとで、現在透花たちは山登りの最中だ。


あれからすぐに女神の怒りに触れた証について、それから御子が二度と現れないことを国民に発表した。それこそがハウゼンヒルト神聖国に課した女神の罰だったのだ。


そもそもの始まりは、人々が女神への感謝を忘れ軽んじるようになったことへの悲しみと怒りが魔物や瘴気へと転じた結果だと言う。


だが無垢な子供たちが惨殺されていく様子に哀れみを覚えた女神は、自分の代わりに愛し子を地上に下ろすことで救済措置を講じたのだ。自分の作った世界の生命への干渉は不可能であるらしく、別の世界に生を受けた御子を召喚することで女神は世界の平穏を保とうとした。

だが今回のことで同じ過ちを犯す人に対して、女神は大層失望してしまったのだ。


(これからは御子に頼らず自分たちで頑張らなければいけない)


とはいえ一度透花が浄化を行ったため、また魔物が派生するまでには数年から数十年と余裕がある。魔物や瘴気は人々の悪意を糧に育つらしく、他人を気遣い敬虔な生活を送ればその脅威は格段に抑えられるらしい。

透花がハウゼンヒルト神聖国に戻る前に女神がこっそり教えてくれたのだ。


(有難いことだけど、フィルもお母様も私に甘すぎるよね)


「トーカ、着いたよ」

「あ………」


考え事をしていた透花はフィルの声に顔を上げ、その光景に言葉を失った。

ガラスのように透き通った花々が朝露を浴びて輝いている。白みがかった透明な花弁は儚くも凛とした美しさがあり、透花はその光景にただただ見惚れていた。


「フレイネリアの花言葉は、親愛、幸せ、清楚。可憐な佇まいも花言葉もまるでトーカみたいだとずっと思っていたんだ」


透明な花という自分の名前が嫌いだった。存在しない物の名を付けられたことで、自分が要らないと言われているように感じていたからだ。


(フィーはどこまで私を救ってくれるんだろう……)


零れそうになる涙を誤魔化すように、透花はフィルに抱き着いた。


「トーカ?」


急な透花の行動に戸惑ったような、それでいて優しい響きに愛おしさが込み上げてくる。


「フィー、大好き。連れてきてくれてありがとう」


溢れる想いを言葉で伝えても、きっと百分の一にも満たないだろう。だけど愛しい特別な人は蕩けるような笑顔を返してくれる。


「愛しているよ、トーカ。君は僕の唯一なんだ」


そんな言葉とともに降ってきた口づけを透花は幸福感とともに受け入れた。


(この人が私の幸せ、私の居場所)


大好きな夜が明けても、夜空に似た瑠璃色が側にいてくれるならもう何も怖くない。一際美しく見える世界に透花は心からの笑みを浮かべた。

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