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土のにおい

「わぁ……っ!」


 最初に目が覚めた時、視界いっぱいに広がった新緑色の景色に、ヒイナは思わず感嘆の息を漏らした。

 生命力に満ち溢れた木々、雑草。胸いっぱいに色がる土のにおい。空は抜けるように青い。どれもこれも、ヒイナにとっては初めて感じるモノだ。


「んへへっ。すごいすごい☆」


 テンションが高くなったヒイナは我を忘れて地面にダイブした。

 その時あやまって地面に埋まっていた割と大きめの岩に頭をぶつけて粉砕してしまったが、そこはご愛嬌。ヒイナにはよくあることだ。


 地面は当たり前だが、土臭いし、青臭い。けれど、ヒイナにとっては新鮮そのもの。地を這う虫の一匹一匹さえ愛おしく感じた。

 ヒイナは虫や草を潰してしまわないように気を付けながら大の字になると、深呼吸をしてみた。あのツンと鼻を潰すような、フォトン臭が全然しない。



 しばらくそうしていると、急に現実感が追いついてきて、疑問が浮かんだ。

 


 ──アタシ、そういえば天秤の攻撃を食らったんじゃなかったっけ

 ──それなら、アタシ死んじゃって、ここは天国か何かなの?



 身の回りを確認してみる。特に死に至るような傷はないし、脈も安定している。

 

 ──生きている。


 けれどそうすると、今の状況は何なのだろう。

 何もかもわからない。わからなかったが、一つだけ確かなことがある。


 ──ここには、仲間達がいない。


 ヒイナは無性に泣いてしまいたい気持ちになった。

 想うのは残してしまったスイのこと。

 セイラやモミジ、シュリのこと。


 シュリちゃんは、アタシが勝手な事しちゃったせいで、重荷には思っていないだろうか。

 モミジ先輩や、セイラちゃんにアタシの命を背負わせてしまってはいないだろうか。


 ──そして、スイちゃんは。

 アタシを失って、心を壊してしまってはいないだろうか。



 アタシのことなんか忘れて、前に進んでくれるのなら、それが一番いい。

 けれど、知っていた。ヒイナは自分がソコまで軽く扱われる人間でなかったこと。彼女達が自分を大切に思ってくれていたこと。


「──帰らなきゃ」

 

 ヒイナはいつまでもこうしていたかったが、強く強く、心に決めた。




 ───




「ここがどこかって? アンタおかしなこと言うね。よく見りゃおかしな格好しとるしの。おお、怖や怖や」


 空に上がる炊煙を頼りに歩き、たどり着いたのはかなり栄えた街だった。

 大通りには露店が立ち並び、子どもが無邪気に走り回り、元気のいい呼び込みの声が飛び交っている。

 こんなにも人の集まる場所というのを、ヒイナは見たことがない。こんなにも活気あふれる人の顔というのも見たことがない。


 途端に嬉しくなって、ヒイナは道行く人へ喜び勇んで声をかけた。そして返ってきたのが、アレである。


 いや、と気を取り直す。

 たまたま虫の居所が悪い人に声をかけちゃっただけかもしれないしね、と。


「あん? ここがどこかって? ふざけてるのかい? ふざけた服着てるしね」

「バカバカしい遊びなら、子供とやっとくれ。バカバカしい服着とるしな」

「アンタその服、ダサいね」


「ダサくないもん! なんでみんなボロ猫パーカーのことバカにするの! 可愛いのに!」


 ヒイナは憤慨した。

 こうなったら、無理解の彼らにボロ猫の可愛さを教えてやる! と決意をあらたに息巻いていると、背後から、やや控えめな声がかかった。


「……あの、少しよろしいでしょうか?」

「なぁに?」


 振り向くと、そこにはヒイナと同い年か、一つ二つ年上くらいの少女が、心配げに見つめてきていた。

 ヒイナはつり上げていた眉を戻すと、人懐っこい笑みを浮かべた。



「こんにちわ☆ ヒイナちゃんに何かご用?

 桃色の髪の毛がとっても素敵ですね☆彡」

「アハハ……。用があるというか、何かお困りだったようなので」

「そうなの! ヒイナちゃんの服のこと、みんなしてダサいって言うんだよ! 可愛いのに! ……って、そうじゃなかった。ごめんね、変なこと聞いちゃうんだけど、ここってどこかわかる?」


 ヒイナが荒ぶりつつも、どうにか本来の目的を思い出すと、少女は一瞬虚を突かれたような表現をした。


「確かに変わった質問ですね。……ここは白鹿(ハクロク)の街。鹿角(カスミ)領・白鹿街ですよ」

「ハクロク……ハクロク? え?」

「どうかなさいましたか?」


 ヒイナは混乱した。

 ハクロクって、アタシ達が最後に居た、あのハクロク跡地のことだよね? でも、結晶は見当たらないし、面影も全然ない。

 意味わかんない意味わかんない。

 ヒイナの頭脳は残念だった。残念な頭で考えた結果、


 ──もしかしてここって、異世界なの?


 そう結論した。

 そんなことを考えていると、不意にヒイナの腹が鳴った。考えてみれば、昨夜からこっち、栄養補給ができてない。



「アハハ……。お腹空いてる、みたいですね」

「これはお恥ずかしい☆ もう一個だけ教えてほしいんだけど、煌子変換器ってどこかな? 昨日からなんも食べてなくって☆」

「こう……? ん? え?」

「ん? ヒイナちゃんってば、なんか変なこと言ったかな?」


 煌子変換器は生活の必需品。何もおかしなことは聞いてないはずだった。

 それなのに何故か、違うでしょ! と、少女は憤慨し出した。


「お腹すいたらご飯ですよ! その……こう? は知りませんけど、ご飯なら私が用意できますから!」

「ご飯……? や、でもそんな高価なもの、ムリだよ。だってヒイナちゃん、お金ないし……」

「用意できるって言ってます! さぁ来て!」


 怒れる少女に手を引かれて、困惑するヒイナはついて行く他なかった。


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