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七光の聖剣

 開かれた扉の先──。

 無機質な廊下を少し進むと、世界が青く塗りつぶされた。──水だ。水で出来たトンネルだ。

 そこは、見渡す限り天井や壁、床に至るまでが緩やかに流動する水に満たされている。

 水面を透過して、光のカーテンが幾重にも差し込む。神秘的な光景に思わずアワキは吐息を漏らした。


 まるで夢のような景色だ。こんな素晴らしいものを見たなら、誰かと気持ちを分かち合いたい。

 そう思って隣を歩くはずの相棒を見やるが──残念ながら、ヒイナに情緒を期待するだけ酷らしい。

 特に感動した様子もなくキョロキョロ周りを見渡し、首を傾げて壁を突ついている。

 流動する壁を見つめて、「うーん、なんか変な感じ……」と、微妙な顔をしていたが、勇者の視線に気が付くと、いつものニコニコ顔を浮かべた。


「もうっ。人がせっかく感動してるのに……何が変だってのさ?」

「うーん……。ヒイナちゃんも上手く言えないんですけど……。この壁……煌子の流れが変なような……?」


 ムスッとして言ってみると、イマイチ煮えきらない答えが返ってくる。

 ヒイナ自身、違和感を処理しきれていないようで、「むむむぅ」、と難しい顔をしている。

 煌子とはなんぞや? と思ったが、まぁ未来の概念なのだろう。ヒイナは未来人なのだし。

 

「危ない感じなの?」

「うーん……。ごめんなさい、わかんないです。ヒイナちゃん、感知は得意じゃないので……」


 「こういうのはセイラちゃんが得意なんですけど……」と続く言葉。──いや、誰よ。

 頼りになるけどならないパワータイプ自称魔法使いである。専門外はとことんポンコツなようで。


 (……っていうか、わかんないなら思わせぶりなこと言わないでよ。怖いじゃん)


 幻想的なトンネルが、一気に死の螺旋階段に変わったような気分だ。しかし、アワキ達はもう、先に進む以外に道はないのだ。



 ───



 トンネルをさらに進むと、水が寄り集まったような球体に辿り着く。

 それは完全な真円を描いていて、内部で水流が複雑に渦巻いている。見るからに弾力がありそうな、得体の知れない塊である。──行き止まりなの?

 アワキが疑問に思って足を止めると、


「勇者様! なんか向こうに大きな広場ありますよ! なんか剣刺さってる!」

「ちょっ、警戒心! ヒイナは思い切り良すぎだよっ!」


 どちゃぷんっと、気の抜けた音。

 空気を読まないアホの子は、あろうことか躊躇なくそこへ頭を突っ込んでいた。


(協調性ってもんを知らんのか、こやつは〜! ……って、剣?!)


 七光の聖剣だろうか?

 つまりは、ゴール?

 

 アワキの胸が高鳴った。……が、すぐに治まる。こういう場合、聖剣の近くにはとんでもない強さの守護者がいるものだ。……ヒイナが言うには、球体の向こうには広場があるみたいだし──。


(そんなのもうボス部屋じゃんか! こ、ここここ、心の準備が出来てないよ、まだ!)


 ──そうだ! 深呼吸しよう! 空気を吸って吐いて、吸って吐いて! 

 アワキはパニックになった。


 しかし、そうしてる間にヒイナは球体の向こうに消えてしまう。──ああもうっ! 本当にヒイナは! 待っててほしいって言ったのに!


(どうにでもなれ!)


 意を決して飛び込むと、仄かな暖かさが身を包んだ。そして、次の瞬間、何かに持ち上げられるような感じがして、浮くような感じがする。

 ──けれどそれは、一秒も持たなかった。急に落下する感じがして、尾てい骨に鈍い痛みが走った。


「いったぁ! なんだよもうっ!」


 いるのは相変わらず水の中だ。あの球体の中にいる。──なのに尻を打つってどういうこと?!

 勇者は怒りを覚えた。


「勇者様、勇者様! 見て見てっ。あの台座、光ってますよ!」

「それがどうかしたの? 七光の聖剣なんだし、光るもんでしょ」

「ぶっぶー! あれね、さっき勇者様がバシャバシャ玉の中に入ってきてから光ったんですよ☆ きっと、勇者様のこと……待ってたんですね☆彡」


 ──バシャバシャ玉って何?

 

(違う違う、今はそれよりも……)


 水球から這い出ると、情報通りに広場に出た。いかにも最終試練を課してやるぞと言う意思を感じる、だだっ広くて殺風景な空間だ。

 その最奥に、不釣り合いに装飾された黄金の台座と、そこに突き立つ聖剣が見える。

 いかにも聖剣、というようなフォルムに、色とりどり、細かい光粒を撒くように輝いている。


『待っていたぞ、継承者よ』


 砕け散ったステンドグラスのように、冷たく神秘的な声が頭上から降りてきた。

 瞬間、ヒイナから紫がかったピンクの光が放たれ、ダサい服装からピンク色の外套へと切替わる。

 自称魔法使いは弾かれたようにアワキの前へと割って入ると、具現化させた巨大剣の切っ先を、声の主に向かって突きつけた。

 展開に置いてけぼりにされたアワキは、それでもヒイナの視線を追った。

 目を向けた先には、若木の紋章が刻まれた青いマント、輝きを秘めた黄金の長髪。慈愛とも冷徹ともとれぬ光を宿した真紅の瞳の女性が空に浮き、見下ろしてきている。


「……あっ、あ、あな、たは……?」

『そう固くならずともよい。若き継承者よ……我とおぬしは、いわば同輩ゆえな』

「……え?」


 恐ろしいプレッシャーを感じた。

 敵意や殺意ではない。理を越えた存在が自然体で放つ、神威に近しい気配。

 圧倒されつつも、アワキがなんとか誰何を問うと、返ってきたのは呵々とした笑い。まるで無知な子供を、老爺が愛でるような響きだ。


(同輩……?)


 気になったのはそこだ。

 どういうことだろう。まさか勇者と、この神々しい守護者が同じ立場の者だとでもいうのだろうか?

 

「……ヒイナちゃん、喋りたいです。いいですか?」

「ヒイ、ナ……?」

『……よい、赦す。継承者の供よ』


 ヒイナは一瞬だけアワキへと気遣わしげな視線をやってから、空の女へと目を向けた。


「ありがとうございます。じゃあ一つだけ。

 ヒイナちゃん、とっても怖くってビビっちゃうので、そのぶわーっていうのやめてください!」


 これには守護者(仮)も目を丸くした。

 そして、静寂。彼女は弾かれたように笑い出すと、


『ククッ……赦そう! 貴様のように不調法な供は初めて見た! これは一本取られたわ!』


 フッ、とあの神秘の重圧は霧散した。

 アワキはようやく普通に呼吸ができるようになって、その場にへたり込みそうになった。


『さて、試練ぞ。ここでは、継承者の“力”を測るが──』

「?」


 厳かに告げようとした守護者の言葉が、切れる。

 真紅の瞳が、隣で巨大剣を担ぐヒイナへと向けられた。──なんだか、遠い目だ。

 どこか苦々しげというか、諦観を含んでいる。


『しかしな……。結果はわかりきっておろう。道中、散々にやってくれおったからな。我が塔の防衛機構を、散々に踏み荒らしおってからに……。

 あれ、マジで本当にビックリしたぞ。やり過ぎじゃない? おぬし』

「あー……。あはは……すみません。正直、ボクもドン引きしました」


 アワキは乾いた笑いを浮かべ、そっと目を逸らす。穴だらけの落とし穴、砕かれたギロチン、頭突きで消し飛ばされた壁──本来、“知”を試すはずだったギミックの、哀れな末路であった。


「もしかして褒められてますか? ……んへへ。ヒイナちゃん照れちゃう☆」


 当の本人は照れ笑いを浮かべ、無性に可愛らしい仕草で、もじもじしている。──ただし、こいつは暴力でトラップを突破する脳筋だ。


『なんかもう、アレだから……ンンッ! 継承者よ。あの聖剣を見事抜き放ってみよ! それを以て試練を満了とす!』

「えぇ……」


 ──なんかなげ槍になってない? というか、それは試練なの?

 と、アワキは思ったが、もしかしたら物凄い力がないと抜けないとか、鬼気の制御がないと抜けないとか、あるのかもしれないと思い直す。

 罠や守護者の不意打ちを警戒しつつ、アワキは慎重に聖剣へと歩み寄った。

 ヒイナの期待の眼差しと、守護者の「さっさとしろ!」と言わんばかりの視線を食らいながら、恐る恐る柄に手をかけた。──ほんのりあったかい。


「ええい、ままよっ!」


 渾身の力を込めて引き抜きにかかり──。

 ──抜けた。

 それはもう簡単に、すぽんっと。あまりに抵抗がないので、力を込めすぎたアワキはひっくり返った。


『はい、終わり。外に送ってやるから、さらばじゃ。

 ……あ。それと、その剣、封印を施されてるからの。皇国各地にある三つの封印を解かんと、単なる刃物じゃから』

「ちょっと! そういう大事なことはもっとちゃんと──」


 問答無用の転送が、アワキとヒイナを包み込んだ。

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