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封じの塔の死闘

 ヒイナの傷は、深かった。

 アワキを庇って受けた傷だ。

 申し訳なさに小さく謝罪を口にすると、「気にしないでくださいっ。これくらい慣れっこです☆」と、いつもの能天気な笑顔。何とも言えない気持ちになる。


 ──慣れっこってなんだよ……。


 お世辞にも得意とは言えない治癒の祈りを、ヒイナと二人で重ねがけする。……少しは楽になってくれただろうか? 

 歩を進めていると、やがて終点が見えてくる。


 アヤカシの森の最奥。

 鬱蒼とした木々を抜けて広場に出ると、そこには天を衝くようにそびえ立つ円柱形の塔。

 ──封じの塔だ。

 見上げた先に、塔の終わりがない。天辺が見えなかった。


(……変だよ。こんな大きいのに、なんで今の今までわからなかったの? ……まるで)


 ──急に現れたみたい。

 周囲を囲む、ゆがんだ樹木を見下ろすほどの巨躯だ。普通に考えて、もっと遠くからでも視認できなくてはおかしい。

 もっと不思議だったのは、壁材だ。

 塔の壁面は、まるで流れる水をそのまま固定したような、奇妙な質感に覆われている。

 触れた指先が、波紋を立てるのではないかと錯覚するほどに、生きた光沢……。

 お伽噺によれば、この塔は気の遠くなるほど昔から存在しているそうだが……。

 けれども、そこには時間の痕跡が見て取れない。本来あるべき摩耗が存在しなかった。


 ここが、時間の流れから切り離されているかのように。



「んん? ん? 勇者様、勇者様! 見てくださいっ、あれ!」


 塔の周囲には入り口らしき扉や穴は見当たらなかった。ヒイナの治療を続けつつ、怪しい箇所を叩いたり探ったりしてみるものの、成果はない。

 手詰まりに困り果てていると、困惑混じりのヒイナの声。その指差しの先には、幾何的な文様の書き込まれた足場があった。

 形よく切り出された石の足場だ。


「えぇ……なにこれ。怖っ。近寄らない方がいいよ、多分罠だよ。なんか見たことあるもん、足とか挟まれるんでしょ?」

「うーん。……でも、案外乗っかってみたらビューンってなるかもしれませんし☆ ヒイナちゃん、乗ってみますね☆」

「あ、ちょまっ」


 静止の声は届かない。

 一欠片の躊躇もなく飛び移ったヒイナは、次の瞬間まばゆい光に包まれて──消えた。


 周囲を見渡す。……姿はない。

 名前を呼んでみる。……返事はない。

 …………沈黙。


(いや。いやいやいや……! 嘘でしょ!?)


 ──ヒイナを追うべきだ。

 それはわかっていたが──。

 もし、光の先が底なしの奈落だったら?

 転送された瞬間に、おぞましい怪物の牙が待っていたら? 毒や、針地獄が待ち構えていたら──?


 もしもを考えるほど、足が鉛みたいに重くなる。


(──違うだろっ! 恐ろしいかもしれないから、だから進まなきゃいけないんだろ!)


 強く頭を振った。

 強くなるって決めたのだ。危なっかしいあの子の、全身全霊の信頼に応えてみせるって決めたのだ。なら、助けるべきはボクなんだ。 


「行くぞ……行くぞ……。うわぁああっ!」


 心を決めたアワキは竦む足に鞭打って、情けない悲鳴を上げながら足場へと飛び乗った。



 ───



 頭上に広がるのは、空ではなく、青く揺らめく水面。まるで逆さにぶち撒けた海面を通すように、神秘的な光が振り注ぐ。

 一方、下を見やれば、そこには透き通った床。──ガラスだ。ガラス床越しに見えるのは、豆粒みたいな大地。どうやら、とんでもない高さにいるらしい。

 部屋の大部分を占めているのは、天辺へ、あるいは水面に向かって続く、巨大な螺旋階段だ。


 ヒイナは注意深く周りを見渡しながら、危ないものは無さそうだな、と勝手に納得した。


(……あの変なやつに乗っかっても、いきなり酷い目には遭わないみたいですよって、勇者様に教えなきゃ)


 「ヒイナちゃんったら、出来る女☆」などとしょうもない自画自賛。

 勇者様を呼ぶために、今度はこちら側の転送を起動させようと、床に刻まれているはずの幾何模様を探す。

 ──が、無い。


「……ん? あれ?」


 おかしいな、と足元を凝視する。

 そこにあるのはどこまでも透き通ったガラスの床。豆粒みたいな大地が下に広がるばかり。

 周囲をぐるりと見回す。──けれども、無い。

 あのチカチカ光るおかしな床は、全く見当たらなかった。


「え? んん? ……もしかして」


 ──ヒイナちゃん、閉じ込められちゃったの?


 どうしよう、と途方に暮れる。

 無い知恵を総動員してうんうん唸った。


 ここでじっと待つべきなのだろうか。

 勇者様はヒイナが認める“太陽さんさんブレイバー”だ。間違いなく後を追ってきてくれるだろう。勇者様は出来る子、偉い子なのだ。


 それとも、と考える。先に進むべきだろうか。

 細かいことを考えるのは柄ではないし、知恵熱が出たのか、頭が痛くなってきた。

 いっそのこと──。

 真っ向から突っ込んでみるのも手なんじゃないだろうか。天辺まで駆け上がって、聖剣を引っこ抜き、「見て見てっ、勇者様! ヒイナちゃんが取ってきたんですよ☆」ってやるのも、アリなのでは……。

 抗いがたい甘美な誘惑。

 

「よし決めた! ヒイナちゃんは先に進んじゃう! シチューにカツドンを見出すんだ☆彡」


 そうと決まれば、こうしちゃいられない。

 螺旋階段へと駆け出した。

 見上げた先、天辺まではヒイナの目測ではそれほど遠くはなさそう。これならさほど時間をかけずに辿り着けそうだ。


 ──余裕だね☆

 楽観顔のヒイナは一段ずつ確実に段差を蹴り上げるが……。


 ──カチッ。

 小気味良い音がして、足の裏に違和感。


「ん?」


 一瞬の静寂のあと、頭上で“ゴトンッ!”と凄まじい轟音が鳴り響く。

 慌てて視線を向ければ、天辺近くの壁が口を開けている。そこからなんと、ヒイナの十倍はあろうかという巨大な鉄球が転がり落ちて来ていた。


「え、えぇぇっ! 何あれっ、何あれ! あんなのダメだよ! 危ない! すんごくあぶないっ!」


 これには流石のヒイナもびっくり仰天。

 ──て、天体爆発ヘッドバッドで、粉砕しちゃう? 

 反射的に得意の頭突きで粉砕……しようかと思ったが、ダメダメ、と思い直す。あんなのに頭突きをしたら逆に、ヒイナの頭の方が潰れてしまうかも。


(……そ、そうだ! きらめき★一等星!)


 急いで巨大剣を生成。

 迫りくる巨大な質量へと、渾身のフルスイング! 

 爆音と共に、破片を撒き散らし、粉々に砕け散る大鉄球。

 ホッと一息ついたヒイナは、……技名を叫ぶ余裕なかったな、とちょっぴり落ち込んだ。



 ───



 ──行き止まりだ。

 天辺まで上ってみると、そこにあったのは頭上の青い水面と、壁ばかり。

 うーん、と小首を傾げて考えるヒイナだが、突如天啓のように閃きが走った。


(そういえば、このあたりから鉄球出てきてたよね!)


 ゴロゴロ鉄球が出てくるってことは、つまり向こう側に通り道があるということだ。

 ──そこに気が付くなんて、やはりヒイナちゃんは天才だったか。


「えらい! ヒイナちゃんってば冴えてるっ☆」


 と、本日二度目の自画自賛しつつ、ワクワク顔でペタペタと触れてみる。

 ──壁だ。それ以上でも、以下でもない。指でつついてみたり、体重をかけて押してみたりするが、特に仕掛けが反応する様子はない。


「うーん?」


 拳で軽く叩いてみるが、乾いた音が返ってくるだけだ。ヒイナは少し考えた。

 具体的には二秒くらい。

 そして、素晴らしいことをまたしても思いついたので、実行に移すことにした。


「天体爆発──ヘッドバッド!」


 ズガァンと轟音。

 はたして、爆散した壁の跡地には、ヒイナの狙い通り、道が存在していた。


「やったねハッピー☆ じゃ、サクッて行って、戻ってこよっと☆」


 ──この時、ヒイナはかなり軽く考えていたが、トラップは鉄球で終わりではなかった。

 むしろここからが本番だったのだ。


 まず、落とし穴だ。

 底の方に槍であるとか、酸の池が用意されている殺意が高いタイプ。

 特に性格が悪かったのは、底がないタイプだった。落ちようものなら、豆粒みたいな大地へ真っ逆さまだ。


 そしてその全てに──。

 ヒイナは普通に引っかかった。


「──ッ。……ふぅ。死んじゃうかと思った」


 危ないところだったが、さいわい、穴が深かった。槍や酸の池に激突するまでに時間があったから、壁を殴り砕いて落下するのを防げた。

 そして、強引に停止したところを、拳と指の力でクライミングをし、なんとか一命を取り留める。


 次に待ち構えていたのは、床から突き出す槍の群れ。それから、頭上から振り下ろされるギロチン。

 けれども、こんなものはヒイナにとって、どうということはなかった。

 迫りくるギロチンは素手で引っ掴んでへし折り、立ち並ぶ槍の穂先を踏み砕き、殴り潰して進む。

 さらに、吹き出す火炎トラップ。絶え間なく放たれる矢のトラップ。開けたら食いつかれる宝箱。


 ヒイナはその全てに──。

 いちいち引っかかっては、物理で叩き潰し、無理やり前進していく。


「ひどいよぉ。なにこれぇ。こんなの陰湿だよぉ」


 ぐずぐずと鼻を鳴らしながら細い吹き抜けを進むと、やがて。

 一つの扉の前に辿り着いた。

 やった! と喜び勇んだヒイナは扉に駆け寄り開けようとするが──取っ手がない。

 ならばと頭突きを放つが、受け流されてしまう。どうにもおかしな弾力を持った、特殊なバリアが張られている。


 うーんと唸る。

 バリアもろとも壁を消し飛ばせるかな……と思考を巡らせ始めた、その時。扉の装飾である獅子の彫像が、カチカチと口を動かし出した。


『──継承者よ、証を立てよ』


 その声は厳かそうに聞こえたが、なんとなく上擦っているような気もした。


『力の試練は、これをもって成れりと見なす……。次は、知恵を示せ。さあ、知恵を……っ!』

「んぇ? ち、ちえとは……?」


 ヒイナは首を傾げた。

 心なしか彫像の獅子が「もうこれ以上、塔を破壊しないでくれ」と焦っているように見えたが──気のせいか。

 


 ───

 


 ヒイナの快進撃もこれまでだった。

 さあ解けとばかりに提示されたパズルを前に、もはや何が何だか分からない。

 3×3の組み替えパズルだったが、ヒイナにはとんでもない難問である。

 カチカチとピースを動かすたび、ヒイナは目を回しそうになった。


 ………。

 

「勇者様! 来てくれたんですね! ヒイナちゃん感激! トラップマスター・ブレイバーですね☆」

「語呂悪いね、それ」


 どれほど時間が経っただろうか。

 不意に背後に気配を感じて振り向くと、そこには勇者様。なんだか煤けた笑顔をしている。


「……いや、うん。なんか……道中、とんでもないことになってたからね。

 おかげでボクは安全にここまで来れたんだけど……ありがとう?」

「どういたしまして☆」


 パズルを放り投げて駆け寄ったヒイナの腕を、けれどもアワキは壊れ物を扱うように、そっと掴んだ。


「んー……やっぱり。ムチャするもんだから傷開いてるじゃんか。治癒の祈り、かけるからね」

「んぅ。……怒ってますか?」


 親に叱られる子供のように、小さく肩をすくめるヒイナ。アワキはため息をつくと、群青に輝く燐光を傷口へと振りまいた。


「怒ってないよ、大丈夫。……でも、ボクのこと、待っててほしかったな」

「……ごめんなさい。ヒイナちゃん、勇者様にカッコいいとこ見せたかったんです……」

「あはは。僕と一緒だ。──んっ、一応塞がったみたいだね」


 アワキが手を離すと、確かに血は止まっている。ヒイナは「勇者様、ありがとう!」と、いつものにっこり笑顔を浮かべた。


「──で、ヒイナがウンウン言ってたのってこれ?」

「はい! ヒイナちゃん、めちゃんこ頑張って考えましたけど、全然わかんなくって! ……マズいですよ、勇者様! 世紀の難問です!」

「──解けたよ」

「???」


 どうしましょう……と続けようとした言葉を遮っての宣言。ヒイナにとっては鋼よりも頑強だった扉はガチャリと鳴って、あっさり開く。


 ヒイナは宇宙の真理を悟った気がした。

 ──ヒイナちゃんビックバン。脳内を未知の衝撃が駆け抜ける。


 まさかまさか、あの呪わしきパズルを、こうも容易く、呼吸をするように解いてしまうなんて……。

 勇者様はただの勇者様ではない。智謀の限りを尽くす賢者様、あるいは全知の神様なのでは?

 めっちゃ勇敢で、めちゃんこ賢い。

 とってもとっても偉くて凄い子。


「勇者様……勇者様は太陽さんさんブレイバーを超えて、頭キラピカゴッドブレイバーだったんですね……」

「それ、もはや禿げてるだけでは?」

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