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つたない矜持

「ふ、封じの塔に行くだって!? そりゃいけねぇど、お嬢さん方!」

「んだ、んだ! あっこはえれぇ物騒なんだど! 向かって帰って来た者はいねぇだ!」


 シオン皇国ソウザン領。封じの塔にほど近い、小さな集落にて。


 ヒイナとアワキは村人に話を聞いて回っていた。 

 どうも塔は想像以上に恐ろしい場所らしい。

 関わりたくないとばかりに逃げてしまう人もいたし、やめておけと忠告してくる人もいる。


 そして彼らが口を揃えて言うのは──行くな。

 ただ、それのみであった。


「こわぁ⋯⋯。いや、怖っ。⋯⋯やだなもう。なんかお腹痛くなってきたかも⋯⋯」

「た、大変! ヒイナちゃん、お薬買ってきますね!」

「あ、いや待って! 大丈夫だよ! 薬飲まなきゃなんない、ってほどじゃないから!」


 「でも……」と食い下がるヒイナに、「本当に大したことないからっ!」と慌てて誤魔化すアワキ。

 基本的にヘタレな勇者なのである。


「そういえば、ヒイナちゃんに塔のこと教えてくれた文官さんも、気を付けてって言ってました。なんか……エンサとかノロイがどうのこうのって。

 ……塔なのに足が遅いなんて変ですよねっ☆」

「いや、鈍いじゃなくて、呪いだよ、それ! ああああ……イヤだぁ。帰りたいぃ」


 いつもの能天気なボケにツッコミを入れつつ、アワキは頭を抱えてしゃがみ込んだ。

 「お化けじゃん! 幽霊じゃん! そんなの絶対ヤバいの出るじゃん!」 矢継ぎ早に並べ立てられる文句。白髪の少女はそんな様を小首を傾げて見ている。

 ヒイナにとってはお化けや幽霊は、とうの昔に廃れた概念なのだ。全然ピンときていない。

 それでも、勇者が怖がっているのは理解できたらしく、ふんふむ、と頷き一つ。


「大丈夫ですよ、勇者様☆ だって勇者様はすんごいブレイバーですもん☆ ヒイナちゃん知ってます☆彡」

「すんごいブレイバーって何? いや……でもぉ……ぅぅう」

「……うーん。……本当の、ホントに難しいなら、ヒイナちゃんだけで行ってきます。でも──」


 ヒイナはそこで言葉を切る。そして、


 ──きっとそれは嫌なんですよね?

 と、続けた。蒼と真紅のオッドアイが、心の奥底まで見透かすような光を宿している。


 確かに、彼女が言う通りだった。

 ──弱くとも、臆病だって。でも、それでもアワキは勇者なのだ。女神から託宣を受けた、ヒイナが信じてくれる勇者。

 なのだから、どうあっても、人任せにして逃げることはできない。逃げたくはない。だってそれはアワキが考える“勇気”の形じゃないから。


「ぅぅぅ……わかった。わかったよ……。ボク、頑張ってみる……けど……。あんまり期待しないでね……」

「──! 期待はすんごいしてます☆ 勇者様はできる子、すごい子!」

「やめてよ、恥ずかしいってばっ」



 ───




 かくして、ヘタレ系勇者と全肯定系自称魔法使いの二人組はソウザンの南東。アヤカシの森へと向かった。

 そこはいびつに育った木々が黒々と生い茂る、不気味な森林である。

 森の内側は昼だと言うのに真っ暗で、既にもうホラーな雰囲気で満ち満ちている。


 アワキは「いやだぁあ……。うわぁぁ……。ぅぅう……」と半泣きの悲鳴を上げつつも、へっぴり腰でも、それでも先頭だけは譲らない。

 そんな勇者に心配げな視線を送りつつも、ヒイナは油断なく周りを警戒している。そして時折、


「勇者様はえらい! とっても勇敢!」


 とエールを送った。

 風もないのにこすれ合う木々のざわめき。光もないのに伸びる影模様。

 ぬかるんだ道の立てる湿った足音にビビり散らかしながらも、それでもアワキは進んだ。


 ──ホーヒヒヒヒヒッヒ。


 遠くに響く、笑い声とも遠吠えともつかない音。

 盛大に肩をビクつかせた勇者は、しばらく周囲をキョロキョロ見渡して、警戒。


「へーきですよ、勇者様☆ 周りにはなんも居ないみたいです☆」

「そ、そっか……そうだよね。……ふぅ。

 もーっ! 安心したら腹立ってきた! 一刻も早く帰りたいんだけど!」

「くじけない気持ち、とっても立派です☆」


 能天気なヒイナの言葉に安心して、アワキはホッと胸を撫で下ろす。

 ──今からでも帰れないかな?

 ……きっとヒイナはいつもの笑顔で、「わかりました☆」と言うだろう。──だからこそ、帰れない。


(ボク、怖いのダメなのに! 封じの塔を建てた奴はなんでこんな所を選んだんだ! バカ!)



 ───



 もうしばらく進むと、アワキは不意に首根っこを掴まれ、茂みに引きずり込まれた。驚きに悲鳴を上げそうになる口を、小さな手のひらが塞ぐ。

 シィーッ、と人差し指を立てるのはヒイナだ。心なしか、能天気なニコニコ顔がかたい。


(いったい何が……──っ!)


 自称魔法使いが指差す先には、モンスター。

 俗に幻獣とか、魔獣とか呼ばれる危険な猛獣だ。


 そこにいたのは、六本足の狼だった。

 尻尾は三本、頭には瞳が七つ。

 半開きの口からは、毒々しい赤い唾液を垂らしている。

 申し訳ないけれど、かなり気持ちの悪い外見だ。めちゃくちゃ怖い見た目だ。勇者は身震いした。


「勇者様、ちょっぴり我慢してくださいね……」


 ヒイナが囁く。

 どうやら彼女は、この場をやり過ごすつもりらしい。アワキは必死で首肯を何度も繰り返した。

 

 スンスン、スンスン。

 魔獣が鼻を鳴らす音が耳を打つ。

 獲物を探るように、ウロウロと動き回る七つ目狼。──心臓が破裂してしまいそうだ。


(怖がるな……怖がるな……。ボクはあの魔族数百の軍の前に立っても生き残ったんだぞ……だからっ)


 ──怖い。


 震えが止まらない。ヒイナが何とか抑えてくれているが、それでも震えてしまっている気がする。

 アイツに気取られてしまわないだろうか。


(早くどっか行って、どっか行って、どこかへ行ってよ!)


 祈るような気持ちで時が過ぎるのを待つ。


 ──そして。

 茂みの向こうと目が合った。

 七つの瞳と、その黄色く淀んだ瞳と、目が合ってしまった。


「──────!!」


 木の根を掻き毟るような、枯れた高音が鳴った。

 ヤツは身を低く屈めて、今にも飛びかかろうと構えた。


(──鬼気……。そうだ、鬼気だっ。鬼気で盾を作らなきゃ!)


 魂を励起する。

 頭の中で、空を抉り取るような、力を受け流すような、そんなイメージを練り上げようとする。……けれど。


 ──だめだ。

 集中できない。

 恐怖が邪魔をする。焦りが余計に失敗を誘う。


「────!!」


 狼が飛び掛ってくる。

 やけに景色がゆっくりと流れる。アワキの視界は、七つ目狼でいっぱいになった。

 大きく開いた口。飛び散る赤い唾液。歪んだ牙の一本一本までがよく見える。漆黒の口腔に頭の中を支配された──。

 ──その瞬間。


「んぅ……ッ」


 腕が割り込んだ。

 細くて華奢な、けれども信じられないパワーを引き出す、自称魔法使いの腕。そこにケダモノの牙が深々と食い込んでいた。

 ヒイナは小さく苦悶の声を上げると、目を見張るアワキへといつもの能天気なニコニコ顔を作って送った。そして、


「……ごめんね。おやすみ」


 強烈な頭突きが七つ目狼を直撃した。砕け散る牙、余計に噴き出すヒイナの血。

 ──静寂が流れる。


 七つ目狼は、伸びているものの、小さく痙攣している。息は、あるらしい。

 ヒイナは腕に刺さった破片を引き抜きながら、


「……勇者様。お怪我……ないですか?」


 と聞いてきた。

 違うでしょ、と言いたかった。怪我をしているのはヒイナで、それはアワキを護ったからだ。

 勇者なのに、勇者であるくせに──。

 怖がって動けなかったアワキを庇ったから、彼女は怪我をしたのだ。

 

 アワキは絶望してしまいたかった。

 何もかも自分のせいにして、無能な自分に酔って、殻を作って閉じこもりたくなった。


(──だけど。ボクは勇者だ)


 けれど、それは許されない。

 揺らがぬ信頼と、真摯な心配だけを宿したオッドアイを見つめて、強く決意する。


(……強くなるんだ。ボクを信じてくれる、その想いへ応えられるくらい──ずっと、ずっと強く!)


「んん? なんだか勇者様、難しいお顔ですね☆ もしかして、お腹ペコペコですか? それともおトイレ?」

「どっちでもないよ! あーもうっ! 人がせっかく、マジメな決心してるのに! ヒイナのバカ!」

「えぇっ。なんでぇ!」

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