太陽さんさんブレイバー
「あ、アワキかっ。いったい何が起きたんじゃ?! とんでもねぇ光が遠くに見えたが──」
集落に戻ると、二人に気が付いた中年男性が声をかけてくる。相当にくたびれた身なりで、直前まで駆けずり回っていたことがうかがえる。
彼は泥まみれの顔を袖で拭いながらアワキへ詰め寄った。
「あ、それは──」
「それはですね、勇者様がやっつけてくれたんですよ☆ ムリムチャしてたヒイナちゃんも、助けられちゃったんですからっ☆」
──ヒイナが倒してくれた、と言おうとしたアワキを遮って、白髪の少女は能天気なドヤ顔で男性に教えた。──その時、チラリと勇者へ振り返り悪戯なウインクを送るのも忘れずに。
気を遣ってくれるのは嬉しいけれど、嘘はよくない。訂正しようと口を開きかけた勇者へ、
「嬢ちゃん、嘘言っちゃいけねぇや。アワキのことは豆粒みてぇな頃から知ってるがよ、とんと肝の座らねぇ娘でな。とても魔族をやっつけるようなタマじゃねえや」
村ぐるみの付き合いならではの容赦ない突っ込みが突き刺さる。
「や、おっしゃる通りだけども……。も、もうちょっと手心がほしいかなって……」
バツが悪くなって、アワキは明後日の方向へ視線を投げやった。そんな彼女の様子に気が付いていないのか、それとも気にしていないのか。
空気が読めないイタい子は能天気なニコニコ顔のまま、「ホントですよ! 本当に勇者様は凄いんですからっ」とさらに持ち上げ始めた。
「まずですね、勇気がありますっ。ヒイナちゃんはみんなの希望ですけど、勇者様はみんなの勇気って感じですっ。太陽さんさんブレイバー☆」
「は? ん? んん?」
水を向けられた男性は本気で困惑した。
ちょっと何を言ってるのか、全くわからない。
「それからね、強いですっ。すんごく強い。グスンってなっても、ワァーッてなって……まるでフェニックスみたいなハート!」
「????」
もちろん、アワキも困惑している。
男性はついに理解を諦めたようだった。彼にとってヒイナの言語は難解すぎる。──ちなみにアワキも理解できていない。
「それからそれから、ヒイナちゃんのこと、護ってくれましたっ☆ グアーッて時に、ピカピカーッてやって! めちゃんこかっこよかったんですからねっ」
「お、おお。そうか……うん。
……大変なのに目を付けられたな、お前さんも」
「い、いい子だと思うよ……うん。いい子だとは」
男性から送られる同情の視線にたじろぎながらも、ヒイナを見やる。まだアワキのことを褒めそやしている。
ヒイナの肯定は正直なところ、全然悪い気分ではなかった。困惑も大きいが──むしろ、もっとやってくれって気持ち。自己肯定感の高まりを感じた。
緩みそうになる頬へなんとか喝を入れて、全肯定系自称魔法使いの腕を掴む。
「じゃ、じゃあボク達、まだ相談しなきゃいけないことあるんで、帰りますね! ⋯⋯ほら、ヒイナ!」
「んぇ。⋯⋯ヒイナちゃん語り足りないんですけど⋯⋯。次は勇者様の最強必殺技、黎明レインボースラッシャーの話が──」
「そんな技は持ってないからっ! いいから帰るよっ!」
何もわかってないニコニコ顔のあんちくしょうを半ば引きずるようにして、帰路につく。
背後から突き刺さる視線。集落のあちこちから集まった瞳の温度は、どうにもこうにも生暖かいような気がした。
───
「⋯⋯はぁー。恥ずかしかったぁ」
「んぇ? なんか変わったことありました?」
「これだよ。自覚無しなんだもんなぁ⋯⋯」
⋯⋯おかしな子だ。
不可思議なほどに邪気がなく、狂気めいて素直。
普通、こんな取り柄のない村娘がいきなり託宣を受けただとか、勇者だとか言い出したら鼻で笑うものだろうに。
──放っておいたら、なんか詐欺に遭ってひどい目に遭ってしまいそう。けっこう容易に想像できちゃう未来。⋯⋯これはいけない。
(⋯⋯しっかり見張っとこ)
部屋の中を物珍しそうに見渡すヒイナを見やって、アワキは保護者面を決め込んだ。
「わぁ⋯⋯。ね、勇者様、勇者様、これ何の本ですか?」
「ん? ああ、絵本だよ。『勇者シレイの冒険』。⋯⋯知らないの? けっこう有名だけど」
「知らないですっ☆ ヒイナちゃんの時代だと本なんか高くって、とても買えるもんじゃありませんでしたし」
──ん? 今なんて?
危うく聞き流しそうになったお耳に、慌ててたんまをかける。サラッと凄いこと聞こえたような⋯⋯。──時代とは? そこは村とか国とかじゃないの?
本がお気に召したらしく、興味津々で本棚に張り付いている白髪の少女へ、つとめて軽い調子で聞いてみる。
「ん? え? 時代って?」
「大したことじゃないですよ☆
⋯⋯ヒイナちゃんですねぇ、今日よりも、ずっとずっと向こうの明日から来たんです☆」
「ん? ⋯⋯いやそれ、大したことでしょ!」
アワキ渾身のツッコミも何処吹く風。
「そんなことよりも読んで読んで! 『シレイの冒険』読んでほしいです! ヒイナちゃん、字が読めませんっ」と悲しいことを胸を張って宣言するヒイナに「いやいやいやいや」と待ったをかける。
(えっ?! 未来? 未来から来たの?! っていうか、軽いよ! ノリが軽い!)
正直に信じ難いことだが、きっと嘘ではないのだろう。なんたって、ヒイナが言う事だ。
荒唐無稽を信じてくれた少女の事情なんだから、ならばこちらも信じ返すのが道理というもの。
しかし、未来。
──未来かぁ。
「⋯⋯あ、あのさ。もしかして、ヒイナが来た未来だと、ボクって有名人だったり⋯⋯?」
「全然聞いたことないです! それより、読んで読んで! ヒイナちゃんこの『シレイの冒険』、めちゃんこ気になってます!」
──アワキはガビーン! とショックを受けて影を背負った。磨き始めの幻想が砕け散る音。
──そんな馬鹿な⋯⋯。歴代屈指の勇者として、名を馳せてるんじゃないの? 石像とか立っちゃって、アワキ記念日とかあるんじゃあ⋯⋯。
けれども同時に、ほんのちょっぴり安心もする。ヒイナは未来を知ってるから、それを根拠にして自分を認めたというわけじゃないのだ。
「⋯⋯もうっ! わかったよ! 読めばいいんでしょっ。終わったらちゃんと話聞かせてね!」
「やったねハッピー☆ お願いします☆」
シレイの冒険の内容はきわめて単純である。
神々が支配する太古の時代、悪ーい王様がいました。彼の横暴を憂いた別の神様は、人間の中から勇者を見出します。
勇者は四匹のお供を伴い、聖なる剣を用いて、王様へと戦いを挑んだのです。長い長い死闘の後、ついに王を倒しました。めでたしめでたし、おしまい。というもの。
朗読しているアワキには、特に思うところのないありがちな話だ。けれど、どうやらヒイナとっては新鮮らしい。
白髪の少女はまるで、壮大なサーガを耳にしているかのように興奮し、時には道ならぬ悲恋の物語を聞いているかのように涙を流し、クライマックスではもう、感動のあまり頬を真っ赤に染めて、能天気なニコニコ顔が、三割増にまで輝いていた。
「──それで、未来から来たって?」
「グスッ。⋯⋯そうですね。なんか気が付いたらお城にいて、男の人に囲まれてたんですよ」
「えぇ……。それ、大丈夫なの?」
想像してみると、だいぶ危ない絵面だ。ヒイナは小柄だし、“見た目”だけは華奢なので、よからぬ事が起きてしまいそう。
⋯⋯まぁ実際、危害を加えようと思ったら、相手の方が大怪我しちゃうだろうけども。
思い直しているところへ、「へーきですよ☆」と、軽い返事。
「なんか⋯⋯城壁の外にいる魔族をやっつけてくれってお願いされたんですよね。
すんごく困ってそうだったし、ヒイナちゃんはみんなの希望ですから、頑張ったんですけど⋯⋯。流石に数が多すぎちゃって」
白髪の自称魔法使いは、うーん、と悩ましげに首を傾げる。星みたいな光を宿したオッドアイが、きょときょと、と気まずそうに泳ぐ。
「そんで、文官のお兄さんからお話聞いて、ソウザンとかってとこに、すんごい剣を取りに行こうとしてたんです。ヒイナちゃんクエスト☆」
ヒイナの話はイマイチ要領が掴みにくくて分かりづらいが、察するに皇都から来たということ。そして、七光の聖剣を求めていること。
──けれど彼女がソウザンを目指すのは、はたして皇国の傭兵としてなのだろうか? それはきっと違う。
だって彼女は未来人だ。ならば、どういう立ち位置で⋯⋯。いやそもそも未来人がどうやってこの時代に⋯⋯。
(⋯⋯勇者召喚か。あんなお伽噺に頼るほど皇都は追い詰められてるんだ⋯⋯)
──勇者召喚。成功は⋯⋯したのだろう。したからこそ、ヒイナはここにいる。
(──⋯⋯。⋯⋯ん?)
ほんの小さなトゲが胸をかすめるが、すぐに別の事実に気が付いた。
──それってつまり、ヒイナは迷子なのでは?
「⋯⋯いや。ソウザンは逆の方角だよ! 皇都の西がゾウザンで、ジョウヒは東側!」
「うーん。⋯⋯でも、お星さまって丸いんですよね? なら歩いてたらいつか辿り着くかなって☆」
「着かないよ! ⋯⋯着かないからね! 遭難しちゃうよ、そんなだと!」
とんでもねぇポンコツだ。⋯⋯魔族相手にはあんなに頼もしいのに。アワキは微妙な気分になった。それとして、託宣にあったソウザンの聖剣。求めているモノが一緒だなんて、不思議な縁を感じる。
「⋯⋯じゃあ、次の目的地はソウザンだね」
「はい! じゃあ、旅の先導はヒイナちゃんに──」
「いやいやいや! ボクがやるよ! ヒイナに任せたら永遠に辿り着かないもの」
「ヒイナちゃんショック!」




