天を衝く
「すごい必殺! キラキラ星──」
爆音と共に土煙が舞う。ヒイナ特有の、大地を削り取るような踏み込みが炸裂した。
放たれた矢、あるいは希望色の流星。
幾百の魔族が波を打つところへ、彼女は真っ向から弾丸のように突き刺さる。
進路上の障害物となってしまった哀れな犠牲者たちは、豆粒のような重戦車に正面衝突され、悲鳴を上げる暇もなく爆散していく。
白髪の少女は飛び散り、吹き飛ぶ戦果へ目をくれることもないまま突き進んだ。
敵陣の中央。
こじ開けた道が閉じてしまうのを完全に無視をして、身の丈よりもなお巨大な剣を軽々と振りかぶる。練り上げた煌子が煌やきを放つ。
「──フェスティバル!」
ヒイナお得意の大回転斬りが唸りを上げる。
見た目だけの星を桜吹雪めいて撒き散らしながら、殴り飛ばされた者達の血飛沫や肉片も飛び散らせた。
きわめて個人的な武力由来の暴風が、魔族を薙ぎ払う。
瞬く間に数十の魔族が粉砕され、戦場には星屑めいた残滓が夢のように散った。
勢いに乗ったヒイナは、災害を平らげてしまおうと巨大剣を握り直す。
「……?」
──けれども、その勢いは金属がこすれ合う音に遮られた。
理性なき軍勢の隙間を縫って、鈍色の輝きが前に出る。魔族にはおよそ似つかわしくない色だ。
それは人間から剥ぎ取ったであろう設えの良い槍と鎧を身に着けた一団だった。粗末な腰布に素手、木を削り出した棍棒くらいしか持たないのが、この時代に来て見てきた魔族の標準装備である。……エリート部隊のお出ましというわけだ。
「イ、ヤダァ……。ジニダグ、ネェ……」
その内の一人が、言葉らしきものを口にした。
酷くくぐもった声音で、あまり聞き取れなかったけれど──唸り声ではない。
魔族を睨みつける。
視線の先の瞳は、鮮血のように紅く昏い光を放っている。──願望かもしれないけれど、本能的な衝動の奥底に、ほんの僅かな“理性”が潜んでいる気がしたヒイナは、巨大剣の切っ先をほんのちょっぴり下げた。
──理性があるのなら、確かめてみたい。言葉を使えるのなら、話ができるかどうか、会話ができるかどうかを知りたかった。
……もちろん、彼らの大多数は災害だ。だから仮に、話が通じたとして、きっとやることに変わりはないだろうけれど……。それでも知りたい。
決心した彼女はいつものにっこり笑顔で口を開いた。
「──はじめまして、こんにちは☆ ……紅い瞳が素敵ですね☆ 良かったらヒイナちゃんと、ちょっぴりお話をしてみませんか?」
「ァ……ァァァ。カアチャン……イテェヨォ……」
やはり言葉が返ってきた。聞き取りづらいけれども、掠れたような、嗄れたような──。どこか血なまぐさい響きの、確かな音で。
ヒイナは首を傾げた。カアチャン? イテェヨォ? ん? 何を言ってるのだろう。どういうことだろう? 文字通りに受け取るとして、状況にそぐわない言葉だ。
「んん? ん? うーん……」
「キヌ……このイクサガ、オワッタラ……」
困惑するヒイナをよそに、魔族は瞳をギョロギョロと動かし、唇を虚ろに震わせた。同時にひどく緩慢な動きで槍を振りかぶる。すると倣うように、周囲の槍持ちも振りかぶった。
統率の取れた動きというほどではなかったが、魔族に会って初めて見た連携だ。
「ケコン……ケケケケ、ケッ──」
意味のない言葉の羅列。かつて、意味があったのかもしれない音の羅列。
壊れた機械のように、ノイズの混じる言葉に、思考が追い付いてくる。
──それきっと、発している本人さえ意味のわかっていない“物音”だ。──いつか、誰かの心の残り香だ。それをようやく察したヒイナは、少しだけ。ほんのちょっぴりだけ、祈りたい気持ちになった。
“物音”を合図に、投槍が放たれた。
時間差に投げつけられた槍が幾重もの鈍い光の軌跡を描いて、ヒイナへ差し向けられた。
量産の長物が放つ、銀の閃きが空を引き裂きながら獲物へ突き進む。
(……大丈夫。大丈夫だからね。ヒイナちゃんは笑っていられるよ……)
懐の薄汚れた布へと目を落とす。誓いに翳りはない。
状況は逼迫している。
命を狩らんと迫る鋭鋒を巨大剣の一振りで薙ぎ払い、あるいは引っ掴んでへし折る。……正直なところ、回避は得意ではない。ヒイナはフィジカルに物を言わせるタイプなので、技量がとことん低い。
ゆえに、こういう状況で連携されて削るような動きをされると、ダメージ前提の動きをせざるを得なくなる。
(……痛ぅ。大丈夫、大丈夫。こんなの痛くない)
やがて、力任せの強引な防御が追い付かなくなって、一本の槍が脇腹に刺さる。小柄な身体に深々と突き立てられる穂先。
どうにかそれを引き抜きながら、胸中で自分を励ますように強がった。
「っ。……まだだよ。ヒイナちゃんは……不屈の闘志を持った、みんなの希望だからね。へーきへーきっ……☆」
昏く濁った瞳が、無感情に少女を射抜いている。
口では軽くおどけてみせるが、流石のヒイナとて、腹に穴が空いたままでは動きが鈍る。
治癒の祈りをかけてみる。──が。どうにも効き目が悪く、傷が塞がりきらない。……けれども、気休め程度にしかならなくとも、やらないよりはマシ。
「ケケッ、ケケケケ!」
「ん……っ」
叩き下ろされる槍を頭突きでへし折り、スタイリッシュに蜻蛉返り──しようとして、回転の軸がブレてしまった。それをパワーで無理に引き直し、空中で身を捻って数回転。突かれた脇腹から溢れた血が弧を描いた。
「満天! キラキラハリケーン!」
強烈なローリングソバットが槍持ちの側頭部に突き刺さり、頭蓋を砕いた。
爆散した肉片が礫となって周囲の魔族へと撒き散って、二次被害をもたらす。
地面に足をめり込ませながら、どうにか着地したヒイナは乱雑に巨大剣を担ぎ直して、次の獲物を見定めた。
けれど睨めつけられた魔族は怯まない。
刀を抜き放ち、数の暴力とばかりに襲いかかってくる。壮絶な乱戦が幕を開けた。
振り下ろされる刀を拳で殴り砕き、返礼の天体爆発ヘッドバッドを放つ。
数人がかりの刺突は巨大剣を横一文字に薙ぎ払って千切り潰す。
散発的にぶつけられる礫を無視しながら、重戦車のようなタックル。ヒイナちゃんボンバーである。
刀が、棍棒が、拳の群れが殺到するのを迎撃し、弾き、踏み潰しながら、けれども無視できない傷が増えていく。
治癒の祈りはずっとかけ続けている。それでも修復は追いつかない。
ヒイナの笑顔にほんの少しだけ、苦みが走った。
──弱音は吐かない。吐かないが……。
出来ることならば、時間が欲しかった。少しでいい。煌子を降ろし、チャージする時間が欲しい。──けれど。
(無いものはない。……無い物ねだりしたってしょうがないもんね)
頭を横に振って、意識を戻す。
大丈夫。希望はいつだって胸にある。にっこり笑顔を絶やさない限り、星は煌やき続けるのだ。
巨大剣を構える。鋭く細められたオッドアイの奥には、燃え盛る決意の炎。
魂を励起して、フォトンを巨大剣へと伝わせる。ヒイナの身体を、巨大剣を淡く発光させた。
無論、足を止めてしまえば、その隙を見逃す魔族ではない。血走った瞳で礫を投げつけ、涎を滴らせながら棍棒を振り回し、少女を仕留めんとする。
──青い肌の鬼達は、死の旋風となって迫る。
獣性に塗れた瞳とかち合いながらも、それでもヒイナは力を溜めた。ギリギリまで溜めて、極大の一撃を放とうとしている。
──時間の進みが妙に遅い。
魔族の口から飛び散る泡も、汗の一滴に至るまで、事細かに見て取れる。
極限にまで高めた集中力が、少女の視野を広げ、物事を仔細に見せていた。
(まだだよ、まだ……。もう少し……)
棍棒が迫る。
ここで解き放ってしまおうかとも思ったが、まだ早いと思い直す。ヒイナは頑丈だ。多少殴られたり斬られたりしたくらいでは死なない。死なないのだから、大したことはない。
──ヒイナ。無謀な行いはおやめなさい。ソレはね、貴女を愛する者たちへの最大の裏切りなのだと知りなさい──。
ふと、鹿角唯姫に言われた言葉が、胸中にリフレインする。軽く目を伏せて、吐息を漏らす。
「危ないっ!!」
ケダモノの殴打が白髪の少女を傷付ける刹那。中性的な声が割り込んだ。
群青に輝く閃光がヒイナに向けて奔る。
それは傷を付けるためのフォトンではなく、包み込み、護るために放たれたものであった。
群青の輝きは少女に着弾すると、周囲の空間を捻じくれにさせ、歪ませた。
一拍遅れに棍棒が彼女を叩くが──滑るように受け流される。
叩きつけたはずの一撃は逸らされて、虚空を切る。さらには放った力がそのまま逆流して、その魔族は「ギャッ」と悲鳴を上げて地面に転がった。
(……っ)
ヒイナは目を見張った。
唖然とする彼女の視界に、肩で息をする黒髪の少女が飛び込んでくる。──勇者様だ。
アワキは気弱なタレ目を決意に吊り上げて、黄金の炎を瞳に燃やしている。
──なんで来ちゃったの、とか。
怪我したら危ないから帰って、とか。
助けてくれてありがとう、は絶対に言いたい。
様々な言葉が去来して、何も言えなくなった。嬉しいような、苦しいような、不思議な気持ちが少女の胸を満たした。
言葉に詰まりながらも絞り出そうとすると、
「ボクは、勇者だ!」
「……え?」
「勇者なんだろ! 君が認めてくれたんだ! 信じてくれたんだ!
──だったらさ、格好くらいつけさせてくれてもいいでしょっ!」
まるで、子供が駄々をこねるみたいに、物語の勇者様が宣言するみたいに、
強い感情の響きでアワキは叫んだ。
──困った勇者様だなぁ。
ヒイナの口元は無意識に弧を描いた。
なんだか懐かしくて、ちょっぴり誇らしい。
(そういえば……。スイちゃんに怒られたことあったっけ。もっと人を信じなさいよって)
もちろん。ヒイナはいつだってみんなを信じている。……信じているけれど。
──もう一つ、もうちょっぴりだけ、違う信じ方をするのも、悪くないのかもしれない。
だってきっと、勇者様はヒイナを信じてくれたからこそ、来てくれたに違いないのだから。
「──うん。最高にかっこいいよ、勇者様☆」
とびっきりのニコニコ顔をプレゼント。
勇者様が護ってくれるのならば、自分はさしずめお姫様だろうか? ──柄じゃないなぁ。
(……ヒイナちゃんはみんなの希望だからね)
──ならば。
自分の役割はキラキラピカピカのキュルルン魔法少女だ。星を背負ってみんなを笑顔にする魔法使い。──うん、これだ。これがいい。
「勇者様! ヒイナちゃんのこと、護って!」
「──! うん!! 任せてっ!!」
魔族は相も変わらずひしめき合っている。
勇者様は大丈夫だろうか? ただでさえヒイナを護っているのに、自分のことも守らなくてはならないのだ。──後ろ髪を惹かれる気持ちを、“信じる”気持ちで強引に押し潰す。
そうだ。今は自分に出来ることを──。
(──全身全霊で)
──煌け、フォトン。
一等星のように、静かに、確かに、きらめいて!
溜め込まれた煌子が臨界を越え、ピンクの光が深紅に染まる。灼熱を宿した巨大剣を担ぎ直して、声を張り上げる。
「勇者様、護ってくれてありがとう! これからすんごいの行くよ! 全力で自分を守ってねっ!」
「えぇ……。いや、うん! わかった!」
巨大剣が鳴動する。
あまりの熱量に周囲の空気が蜃気楼のように歪み、足元の土壌が結晶化してガラスのように砕け散っていく。今現在、ヒイナが放てる最大にして、最強の一撃。
その名も──。
「天衝──。ガイア、クラッシャーッ!!」
瞬間、白髪の少女を中心として、世界は色彩を失った。
深紅の光が天を突き、大地を揺らし、何もかもを飲み込んでいく。ヒイナが時間をかけ、魂さえ削って練り上げた煌子の津波は圧倒的な破壊の奔流となって、魔族の群れを蹂躙した。
──熱いなぁ……。
──でも、けれど。なんだか……あったかい。
背中越しに感じるアワキの群青の輝き。それがなければ、ヒイナの身体はこの出力に耐えきれず、砕け散っていただろう。
盾となって自分を支えてくれる“勇者様”の存在が、単なる“暴”を“最強に強くてかっこいい必殺技”へと昇華させてくれた。
悲鳴さえ、今は聞こえない。
数百の生命、数百の歴史。それらすべてが平らかにされ、“無”へと還されていく。
──やがて。
深紅の爆光が晴れたとき、そこには円状に抉り取られ、ガラス化した大地が佇んでいた。
耳鳴りがリフレインする戦場跡に、白髪の少女は崩折れるように膝をついた。もう、指一本動かせそうにない。──ちょっぴり無理をしすぎちゃった。
自分でもびっくりするほどにとんでもない必殺技になってしまったけれど、勇者様のことは心配していなかった。
あの温かな群青色が胸の中に、視界の奥に揺らめいていたから。
「あ、はは……。やった、ね……。ヒイナちゃん、ビクトリー……☆」
心配顔の勇者様が駆け寄ってくる。
──ダメだなぁ、心配させちゃってる。かっこよく決めて、スタイリッシュにVポーズしたかったのに……。魂が軋んで、上手く呂律が回らない。
でも、全部勇者様のおかげだ。ヒイナ一人でアレを放ってたら、今頃ドロドロに溶けて、ゼリーみたいになってたかもしれない。
あらゆる感謝を心に秘めて、引き攣る口元を無理やり吊り上げて、笑みを形作った。
「どう、だったかな? 勇者様の……一番の仲間。魔法使いヒイナちゃんの……超、かっこいい必殺技、は……?」
「──うん。凄かった!」
どうしてか、勇者様の浮かべる泣き笑いのような表情が、強くヒイナの心に焼き付いた。




