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満天キラキラ勇者☆

 紀元後820年、シオン皇国。大陸の中央に盤踞するこの大国は、後の時代に三つの勢力へと分裂し、覇を争い合うことになる。

 けれども──今はまだ、一つだった。

 それは何故か。

 人間同士で争う余裕がないからだ。内輪揉めをしていられるほど、簡単な状況でないからだった。


 ──魔族。

 妖魔とも、妖怪とも揶揄される異種族との戦いがあったからだ。恐るべき天敵が常に隙を窺っているから、人類は一つに纏まざるをえない。


 とある集落へ殺到するのは、異形の軍勢。

 青い肌、額に生えた角、妖しく光を放つ瞳。土縁の大地に古くから住まい、人類と長く敵対してきた彼らが、ついに本格的な侵攻へ乗り出した。

 戦況は、はっきり悪い。


 煌子に対する適性が人類の方が高いのは、有名な話だ。魔族は人間よりも煌子に対する耐性が低いため、煌子由来の攻撃にとことん弱い。

 けれども、魔族は生まれつき強靭な身体を持つ。

 そして何よりも厄介なのは──人間を喰らうことで、その者が持つ魂核──。

 すなわち、煌子を受信する魂由来の器官を取り込めることだった。

 戦いが長引くほど、魔族は人を喰う。そして強い魔族が誕生するほど人は死ぬ。

 ──悪循環であった。



 ───



 シオン皇国、皇都ハクヨウ。

 魔族の牙が、今や人類の喉笛へ食い込まんばかりに迫っている。

 外郭へと押し寄せる魔族が、城壁を砕こうと破城槌を打ち付けた。鈍い衝撃が大地を伝って城内へと伝わって、天井から砂が落ちてくる。

 内政の一切を取り仕切る、老枢機卿・龍首長門(たつがしらながかど)は、神経質そうな眉を吊り上げて、低く言った。


「魔族共め……。ついにこのハクヨウにまで迫ってきおったか。

 ……獅子吼殿、アレらを追い返す事は、本当に出来んのか?」


 水を向けられたのは、老将・獅子吼恒門(ししくつねかど)。老いて益々盛んと称されたほどの猛将だが──今は見る影もない。


 先の駒白防衛戦で彼は未曾有の大敗を喫し、息子を三人失った。それからは、雷のような大声はそよ風のごとくになり、節くれだった指は力なく垂れ下がっている。


「力及ばず申し訳ない。……隠さず申し上げれば、兵が足りませぬ」

「……我らも、ここまでの命か。

 ──口惜しや! 何も出来ぬまま、むざむざやられるなど! 亡き先代様に合わせる顔がないわ!」


 長門の拳が机を叩く。しかし、その音は虚しく広間の静寂に吸い込まれていった。

 沈黙に耐えかねたように、一人の文官がおずおずと口を開く。


「……よろしいでしょうか。門兵からの報告によれば……『大土様より神託を預かった』と名乗る者が現れたとか」


 長門はそれを、鼻で笑い飛ばした。


「どうせ騙りであろう。儂の耳にも届いておるぞ。

 聞けば……そやつ、見るからに小柄な少女というではないか。気勢も弱く、門兵と目さえ合わせられなかったとか。──冗談ではない! かような者が大土様より神託を預かれるものか!」


 長門の怒号に、文官達は肩をビクつかせた。怒りを直接向けられた彼などは、涙を目元に浮かべてさえいる。

 広場を支配するのは、重苦しい諦観。誰もが「もはやこれまでか」と喉まで出かかったその時。


「……祈祷師を集めるのは如何でしょうか?」


 静かだが、強い意志の通った声が響く。

 口を開いたのは比較的に年若い文官であった。怜悧な瞳からは、未だ抵抗の灯が失われていない。


「集めて何とする?」

「召喚の儀を執り行うのです。大土様へ祈り、勇者たる人物を降ろしていただくのです!」

「馬鹿な! それは単なる言い伝えに過ぎぬ! 上手くなぞいくものか!」

「されど! もはや他に手がありませぬ!」


 なおも言い募ろうとする若者に、「聞きたくもないわっ!」と、長門は遮った。


「道理で考えよ! この期に及んで御伽噺に縋って、どうなるというのだ!」

「お伽噺だとしても! 他に縋れるモノがございませぬ!」


 若者は震えていた。

 魔族に食い千切られることへの恐怖か? それとも、皇国の柱石たる長門への畏敬か?……どちらでもない。彼を突き動かしていたのは義憤だった。踏み潰される無垢な命への使命感だった。

 

「我らは……良いでしょう。それがつとめにござる。……されど姫様や民達は違いまする。諦めを美しく言い飾って、死ねはしますまい!」

「ぬ、っ……」


 涙さえ浮かべての嘆願に、流石の長門も言葉に詰まる。睨み合う両者。

 ややあって、張り詰めた空気を断ち切るように、乾いた音が鳴った。恒門が手を打ったのだ。


「両人とも落ち着かれよ。……魔族共はすぐそこまで迫っておるのだ。言い争いをしている場合ではなかろう」

「しかし……」

「龍首殿。祈祷師の件、やってみては如何か?」


 老枢機卿は目を見開いた。

 正気を疑う目で老将を睨みつけ、実際に「気は確かか?」と口に出す。恒門はさして気にもせずに、「無論、すこぶる正気ぞ」と返した。


「祈祷師に呼びかけるだけよ。大した苦労ではありますまい」

「そういう問題ではない。無理難題を押し付けて、今際の時にまで道化に徹させるというのは……それは、あまりに酷だろう」

 

 長門の声には怒りだけではなく、隠しきれない憐憫の情が混じっていた。優しい男だ。手厳しい物言いをする男だが、同時に民を思ってもいる。

 彼の内心を思いやって、恒門は吐息を漏らした。


「貴方の言い分はもっとも。……儂とて、そう上手く事が運ぶものと思ってはおりませぬ」


 そこで、いったん言葉を切って、老将は遠い目をした。何もかも燃え尽きて灰になった男の、死に損なった戦士の、凪いだ瞳であった。


「ご存知でありましょうが……先の戦で儂は息子を三人、喪っておりまする。

 あの日から、夜ごと夢に見るのです。我が子らの、苦悶に満ちた死に顔を……」

「獅子吼殿……」

「城壁は頑丈だが、いずれ破られましょう。そうなれば、戦って血を流すのは兵達です。あの醜悪な鬼共に、真っ先に血肉を貪られて死ぬのは彼らだ……」


 「儂はもう、疲れてしまった……」。恒門は老齢にしては大柄な身体を、小さく丸めた。


「愚かと笑われようと……。

 か細い希望であれ、儂は縋りたいのです。……これ以上、若者が理不尽に命を失くすのを見たくはない」


 長門は何も言えなくなった。

 「好きになされよ」。絞り出すようにそう告げるので、精一杯だった。



 ───



 ハクヨウ城内に残った百名の祈祷師を大広間へと集結し、召喚の儀を行う。


 本来ならば、八年。

 八年もの間、険しい山道を踏破し、ハクヨウ権現に参拝し続けなくてはいけない。そうすることで、ようやく天之大土命様の御心に触れることが許される。


 吉日を選び、幾重もの戒律に則り神器を浄め、心身を研ぎ澄ます必要があった。そうして、俗念を削ぎ落とすのだ。

 けれども、今は魔族の足音が迫る籠城戦の最中。作法を選んでいられる余裕はないから、すべて間に合わせでやらねばならない。


 星の巡りを占い、吉兆にもっとも近しい形に陣を描き出す。この時、本来ならば聖火で焼き清めた炭を溶き、浄化の霊水を墨汁として使う。

 だが今は、城内で炊き出しに使った薪を、その灰を水に溶き、即席の炭汁を作って用いた。

 鬼気使い達が陣を組み、煌子(フォトン)の焔を練り上げる。轟々と猛る真紅を、縁起がよいとされる白い色へと無理やり固定する。

 百名の祈祷師は呪言を朗々と唱える。

 数珠をこすり合わせる乾いた音が大広間を満たしていく。追い詰められた者達が命を削り、奏でる狂気の旋律であった。



 一時間、二時間。四時間が経っても、何も起こらない。


「──ッ!」


 更に一時間が経っても、何も起こらない。

 百名の祈祷師の声はかすれ、煌子の焔は揺らぎ、白く固定していたはずの光が、わずかに濁りはじめていく。


 儀式を見守る者達の胸中には諦念が宿る。

 やはり、伝承は伝承でしかなかったのだと。


 「もうよい……」


 祈祷師たちへ、長門が静止を掛けようとした、まさにその瞬間だった。


 空間が軋んだ。


 ガラスが割れるような音を立てて、虚空へいびつな亀裂が入る。その隙間から覗くのは、内臓をひっくり返したような極彩色の亜空間。

 勇者が召喚されたというには、いささか邪悪に過ぎる光景だが──。


 呆気にとられる一同の前で、亀裂が大きく広がる。そこから“吐き出される”ようにして落ちてくるのは、一人の少女。

 白髪に、侵食するような桜色。見るからに小柄で、華奢な娘だ。とても戦う者には見受けられない。

 少女は床へと転がったまま、動かない。──気を失っていた。


 これが、こんな少女が人類の“切り札”たる勇者なのか? そんな思いが去来する。

 期待を裏切られた絶望に、膝を付く者。涙を流す者。少女へと憎しみの眼差しを向ける者さえいた。


「……自害する。我らの遺骸を奴ばら共の餌とされぬよう、鬼気使いは念入りに焼け」


 老枢機卿の声が力なく零れた。

 今度ばかりは、あの血気盛んな文官からも反対の声は上がらなかった。


「この娘は……如何様に?」

「可哀想だが、我らの道連れだ。……彼女には、申し訳ないことをした……」

「龍首殿……」


 勝手に呼び出して、勝手に期待し、勝手に殺す。どうしようもない悪行だ。


(儂は女神の園へは導いてもらえんだろうな……)


 ……よく見れば、年若い少女だ。二十にもなっていない。

 そっと手を伸ばし、髪に触れる。彼に孫娘がいたなら、この子くらいの年にはなっていただろうか。


(呼び出した責任だ。……せめて、儂の手で)


 やりたくはない。けれど、やらねばならない。

 小太刀を抜き放ち、しゃがみ込んだその時──目が合った。

 輝くような蒼と真紅のオッドアイと、疲れ果て、濁った黒い瞳がぶつかる。

 

(──なんという……なんという瞳だ)


 絶望を知らぬ瞳ではない。滅びを知らぬ瞳ではない。なのにどうしようもなく、狂おしいほどに希望という輝きで満ちていた。

 少女は身軽に立ち上がると、周囲を確認するようにキョロキョロと見渡した。

 そして、いっそ場違いなほどキラキラ顔で愛嬌たっぷりに口を開いた。


「こんにちは☆ おはようございます☆ ヒイナちゃんはヒイナちゃんですっ☆ ……ところでここ、どこですか?」

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