トゥインクル☆
砕け散った夢の名残が、胸の内で淡く光り続けている。──大丈夫だよ。ずっとずっと……忘れない。
「──驚いたわねぇ。まさか、あの結界を破って出てくる子がいるとは」
「……ユイ様! みんなも!」
「フフフ……眠ってるだけよ。死んじゃいないの。でもねぇ、もう起きないのよ」
目を覚ましたヒイナは、まず仲間達の無事を確認した。
──みんな床に伏せって泥のように眠っている。
上座から見下ろしている龍首領主を、ヒイナはまっすぐに睨みつけた。
「──起こしてください」
「無理よ。だってこれ、一番目覚め難い夢を見せる結界なのよ。……起きてきた貴女が変なの」
「……返して」
「持っていきたければ好きにすればいいわ。どうせ起きやしないけれどね」
押し黙ったヒイナへ、勝利を確信したか、あるいは愉悦だろうか。粘つくように笑いながら、龍首領主はさらに追い打ちをかけてくる。
「フフ。救えない、救えない。抱いて許すだけじゃあ、なぁーんにも救えないのよ。全部、全部取りこぼしちゃう」
「……っ」
「どうするの? 戦う? 私を殺す? それとも、小綺麗な理想を抱いたまま、お友達を腐り殺しちゃうのかしら?」
蒼く光を放つ瞳が、ヒイナのオッドアイを、ゆっくりと覗き込んだ。
形の良い唇がなまめかしくうごめいて、ひたすらに毒を吐き出していく。
「幸せな夢に溺れて、そのまま朽ちてしまえば良かったのに。なぜ抗うの? なぁんにも良いことないのに。痛いばっかでしょう?」
「……それでも、アタシはみんなの希望だから」
「フフ! 馬鹿みたい! お馬鹿さんが言うことなのよ、ソレは!
……教えてあげる、とっても素敵な真実を。人を救うのはね、いつだって自分自身なの。他人が他人に施せるものなんて、なぁんにもないのよ」
それは、正論だった。
耳の穴を塞いで喚き散らしたくなるほど、正しい理屈だった。
──けれど、それでも。揺れる気はなかった。
だってヒイナは、救いになりたいわけじゃない。施しをしたいわけでもないのだ。
「──諦めないよ。太陽になれなくっていい。月になれなくったって」
今でも目蓋を閉じれば鮮明に蘇る。満天の夜空でいっそう煌めきを放つ一等星。
……そして、あの子の笑顔。
「だけど……だけどね。いつか見た一等星みたいに──強く光を放てなくったって、誰かを導ける……そんな光になるんだ!」
おこがましいけれど、希望を歌う自分の声に、姿に、背中を押されてくれる人がいたらいい。暗闇の中で、小さくても光を放つ──そうなれたらいい。
それだけだった。
「不可能なのよ! 特に、貴女にはね!」
ヒイナはもう、答えなかった。
代わりに煌子纏鎧を展開して、返答にする。
嘲る龍首領主の歪んだ口元が、頬が、鱗を生やすように結晶化していく。白目が黒く染まり、青ざめた長髪は意思を得てうぞうぞと動き出す。
──人外だ。いや、結晶人だ。
(──これ、水精教のあの人と同じ……?)
胸にチクリと痛みが走る。
だとしても、やることは変わらない。結晶人は敵だ。例外なく。……気絶させる予定から、粉砕する予定に変わったというだけ。
意識のスイッチを切り替える。
「天体爆発──」
人の形をしているというのに、やり辛さを感じる。人の言葉を話すというのもよくない。これを計算でやっているとしたら、やはりヤモリ共は悪趣味だ。
けれど、ためらいはなかった。迷いもない。
アイツはみんなを眠らせた。アイツをやっつけないとみんなが戻ってこない。
──ヒイナはためらうべきではなかった。
「ヘッドバッド!」
床を踏み抜きながら、勢いよく飛び出したヒイナの頭突きが、龍首領主の頭部へと炸裂する。
轟く打撃音。衝撃波が円環状に広がった。
キョウカの頭部はめり込み、肌に張り付いていた結晶は砕け散る。彼女自身も紙切れのように吹き飛んで、宝石細工の壁に叩きつけられた。
ズルズルと崩折れて、キョウカは動かなくなる。
それから十秒、二十秒。間を置いても、立ち上がってくる気配はない。
(……やってしまったの?)
……けれど、ユイ達も起き上がらない。
──どういうことなのだろう? もしかして、術を解除させてから倒さなくてはいけなかったのだろうか? 血の気が引いた。
自責の念に支配されそうになるところを、腕をつねって冷静さを取り戻す。
(……落ち着いて……落ち着いて考えなきゃ。ヒイナちゃんは賢い子だもん。
原因をやっつけたのに、みんなは目覚めてない。これって、どういうことなのか。
普通、術者を倒したら、煌子の通り道が塞がれるから、現象は霧散するはず…………なのに)
無い知恵を必死に絞って考える。そして、もう少しで答えにたどり着くというところで、不意にフォトン臭を嗅ぎ取った。
地を這う毒蛇の牙が、ヒイナのふくらはぎに突き立てられた。
視界が白く弾ける。
間もなく強制的に脳へと流し込まれる“何か”。
──絶望。
幾重にもフラッシュバックする、喪失の光景。
青白く光る繭。結晶に閉じ込められた街。血液すら、いずれ水晶片に変わってしまう世界。
それはヒイナが実際に見てきた絶望。
炎に巻かれ焼け落ちる鹿目。刃に貫かれ、打ち捨てられるユイ達。大切な人達の断末魔が耳にこびりつくようにリフレインする。
あり得ざる、あり得てはいけない偽りの光景。
護りたいもの。護らなきゃいけないもの。護れない未来。
──そして、二度とは故郷へ戻れないという恐怖。
無性に喚き散らしたくなった。髪を搔きむしって、泣いてしまいたくなった。
──けれど。
だからこそ。ヒイナは目を閉じた。
毒はいっそう酷く絶望を見せてきたが、ヒイナは拒まなかった。だって、それ以外の在り方を知らなかった。──そういう時代に生きてきた。
とうの昔に滅んだ世界。手を伸ばしたって届かない命。たくさん見てきた。けれどでも、負ける気はなかった。何故なら、そう。
「──こんなの。……どうってことないよ。だって……アタシは、ヒイナちゃんは──」
ずっとずっと希望を選んできたから。希望でありたかったから。
目を開き、龍首領主を見やる。
結晶に取り込まれ、半人半蛇となっている。結晶の蛇体に、鱗めいた結晶が張り付いた人体。縦に裂けた蒼い瞳は、毒々しい光を放ち続けていた。
蛇人から──その身体の至る場所から無数の小蛇が管のように伸ばされる。
腕、首筋、足。ヒイナを狙ったそれらが食らいつく度、走る激痛。ほとばしるフラッシュバック。
故郷で見た絶望。此処で知った現実。嘘偽りの悲劇の未来。……でも、それでも。
「……ね、知ってる?」
絡みついた蛇を振り払うことさえしないまま、引きつる頬を指でつり上げて。
「ヒイナちゃんは知ってるよ。希望はね──」
「■■■■■!!」
「にっこり笑顔、なんだよ☆」
その全てを抱いたまま、痛みを、絶望を抱きしめたまま、少女はとびっきりの笑顔で希望を歌う。
巨大剣を生成し、願うように魂を励起する。
莫大な力がヒイナを伝って剣へ注ぎ込まれていく。弱く淡い煌やきが、ゆっくりと広がる。
──まだだ。まだ足りない。
才能という器をも超えて、力を降ろす。魂が軋み、ドロドロにほどけてしまいそうな激痛。噛み潰した苦しみが、吐息として漏れ出ていく。
ふと、小蛇を見る。小さく脈を打っている。これはヒイナから栄養を吸っているのか、毒を流し込んでいるだけなのか……少しだけ気になった。
「■■■■■!!」
喉を掻きむしるような結晶と人体の軋む音が響き、縦に裂けた蛇眼が憎悪に歪む。
更に更に小蛇を送って、ヒイナに食らいつかせてくる。ほんのちょっぴり集中が乱れたが、問題はなかった。
もう少し、もう少しだ。
──瞬間、巨大剣が眩い光を放つ。紫めいたピンク色の極光が氾濫する。
「一等星──」
力をため込みすぎ、暴発寸前のソレを持ち上げて突きの構え。
「トゥインクル、ノヴァ!!」
踏み込み、半結晶人へと突き出す。
抵抗はあった。けれど、巨大剣が発する力がその全てを塵に返し、消し飛ばしていく。
そして、ヒイナの身の丈よりも巨大な刃が、かつての龍首領主だった結晶の塊の胸へと突き刺さる。
その瞬間、キョウカの醜悪な結晶体が光の粒子となって崩壊していく。
──解放。
地響きと共に、巨大な光の柱が天井を吹き飛ばし、悪趣味を極めた天守閣を、優しく、しかし圧倒的な希望の光で満たした。
少女は手を合わせて静かに祈った。
──どうか。
この光が、誰かの夜を、導きますように。




