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カワイイあーしの健気なハートは揺らがない!

「だーかーらーっ! あーしはあの鹿角家きっての名将! 姫ちんの懐刀にして、激マブ股肱! いっちゃん頼れる相棒の天喰彩芽なんだってばっ!!」

「お前のように軽い武士がいるか!」


 ──もうこれほどに立て直したのか。


 「信じらんないっ、ムカつく!」と門兵へ喚き散らす態度の裏側で、彼女の意識は内郭門の奥に向かっていた。正倉や政所の配置を、城下の発展具合を、兵の装備を、練度を。冷徹に推し測っていた。──爪痕は残っている。が、栄えてもいる。


 かつての獅子吼は、まるで獣の巣穴のようだった。

 獅子吼からやってくる難民や旅人は一様に表情が険しく、余裕というものがなかった。アヤメも遭遇したことがあるが、いかがわしい宗教に勧誘してくる者さえ居た。──それがどうだろう。

 今や、兵も、民も一様に穏やかそうな顔をして、アヤメの軽口にツッコミを入れる余裕まである。それでいて瞳に油断はなく、装備も良質。アヤメはそこに、しなやかな強靭さを見た気がした。


 ──なるほど。獅子吼領主の娘は凡庸だと聞き及んでいたが……。爪を隠していたか、はたまたやり手の補佐がついたのか。


 いずれにしても、やり遂げなくてはいけない。

 懐に抱いた親書へ手を触れる。胸中に浮かぶのは、苦渋に満ちた主のすまなそうな表情。いっそうに気を引き締める。

 

 ──そうだ。これはあの子の決断の証。苦しみ抜いて決めたことの証明なんだ。


「とにかく話聞いてってば! 見てこれ! 鹿角の家紋! ……というか、今日そちらに伺いますよって先触れ出したはずだよね!?」

「まぁ、聞いてはいるが。……だが、お前は使者ではないだろう?」

「失礼! 使者ですけどっ!」


 わざとらしく頬を膨らませ、門兵へ文句をつける振りをしながら、ここらが潮目か……。いやしかし、とアヤメは思案した。冷たく凍てついた思考が回る。──猿芝居をやめるのか、否か。できれば、やめたくはない。

 彼女が軽く振る舞うのは、それが性分だという理由もあったが、何よりも安く見積もられたいからだ。害のない、明るいだけの小娘とレッテル貼りをされたかった。

 こいつは頭の軽い奴だと思われて、侮ってくれるのなら、その分だけ相手の意識に穴が空く。できることならば、侮られたまま新領主に会って、見下されたまま鹿角に帰りたい。


(……でも。思ったよりも門兵さんが真面目なのよね。まさかこんなところで足止めを食らうとは……ちょっと甘く見積もってたかも)


 今は喫緊の事態だ。それは理解している。

 けれどもきっと、下手に出てしまえば、獅子吼に付け入る隙を与えてしまう。


 アヤメは今日、この場に救援を頼みに来た。


 ユイの父と、獅子吼詩恩の母の代。書状さえ存在しない繋がりを頼りにして、やってきた。獅子吼緋彩に鹿角が攻められなかったという、ただそれだけのこじつけじみた事実をよすがとして。

 おそらく、いい顔はされないだろう。難しい話し合いになるだろう。なにせ、相手に得はない。


 だからこそ、侮られたかった。

 戦後、鹿角が不当な要求を飲まされないように、布石を置いておく必要があった。兵を出してやったのだからと、首輪をかけられてはたまらないからだ。

 龍首を打倒した後にも、変わらず明日は来るのだ。


 髪と同じ水色の瞳が、門兵を冷たく見やった。

 怜悧に過ぎる眼光の奥底で、決して揺れることのない忠誠が燃えていた。


(……どうしたもんかな。打つ手を変えるべきかな)


「──通して差し上げなさい」


 あまり気乗りはしないが、優先順位を間違えてはいけない。

 仮面を脱ぎ捨てようかと思案するところに、明朗な声が響いた。そちらへ視線を向けると、そこには銀髪紫眼の女性。

 すぐさま姿勢を正す門兵の態度から、それなり以上の立場の人間とわかる。


 彼女は上品な足取りで前へ踏み出すと、重ねて言った。


「……彼女が鹿角の使者殿ということで、間違いはないでしょう。家紋も見せてくださったしね」

「しかし……偽造という可能性も」

「ないでしょう。そもそも、人を騙そうって輩は、もっとしおらしくするものよ」


 はっ……と、頭を下げる門兵。あまり納得はしていなさそうだが、一理あるとは思ったのか、不満気ではない。


 ──ずいぶんとこなれた物言いの女だな。……あるいは、こいつが獅子吼についた“やり手”だろうか。


 アヤメは値踏みする視線に気が付かれないように明るい笑みを浮かべると、「よろしゃーすっ」と軽く手を挙げた。



 ───



「此度はぁ……ぇーと。拝謁の……機会を下さって、ありがとう、ございます!」


 アヤメはわざと裾を引っ掛けそうになりながら、いかにも礼儀を弁えてませんよという風を装って、下手くそな礼をした。

 やり過ぎると侮られるどころか、不快にさせて敵意を煽りかねないので、いかにも人材のいない弱小国が必死に捻り出した付け焼き刃感を強調する。


「よい。堅苦しいのは嫌いなのだ」

「マージで! あーし感激! よろしくね、シオンっち!」

「えぇ……」


 シオンは困惑した。

 その困惑を見てとって、謀略家ではないなと当たりをつける。素朴な反応をする人は好きだ。けれども、演技はやめない。


「今日あーしが来たのはね、姫ちんの名代なの! 獅子吼のみんなには、これからも鹿角と仲良くしてほしいなーって!」

「うん。聞いているぞ」

「……」


 軽く言葉を放ったアヤメに、シオンは鷹揚に頷いた。どうやら、計算通りにアヤメを軽い女と認識したようだ。瞳にあったわずかな警戒が失われている。

 けれども、その側に控える銀髪の女は、アヤメを射抜くように見ている。うっそりとした笑みが仮面になって、表情が読みづらい。


 ──怪しまれているな。……いや、見抜かれている?


 それでもアヤメはそんな内心をおくびにも出さず、きわめて能天気に笑った。

 

「だからねぇ、こんなの持ってきたよっ」

「ん。……これは?」

「……渋柿ですわ。鹿角名物の」

「渋柿?! えっ? 失礼ではないか?」


 失礼ではなかった。今の獅子吼領の状況を鑑みた場合、鹿角では。

 もちろん、他領では失礼にあたる行為というのはわかっていた。いたが……礼儀として、せめてもの罪滅ぼしとして、リスクをおいてでも持ってきてしまった。

 それに、いざという時は馬鹿の振りをして誤魔化せばいいとも思っていたし。


 いつも通り、馬鹿の無知で済ませようと仮面を被ると──


「……いいえ。

 鹿角の風習では死者を弔う時、墓前に柿を供えると聞きます。……それも、甘いものでなく、渋いものを。──過日、大きな戦がありましたからね。気を遣っていただいたのでしょう」


 銀髪の女が割り込んだ。

 アヤメは舌打ちをしたかったが、なんとかその衝動を噛み潰す。その上で、つとめて馬鹿の振りを続けた。


 意図を読まれたのは痛い。

 けれど、大きな戦いを終えて、復興真っ只中の国へ、義理のない戦争を頼みに来ているのだ。我儘であろうと、仁義を欠きたくはなかった。──鹿角家臣としても、ユイの幼馴染としても。


「えー! オネーサンめっちゃ博識じゃん! あーしそんなん知らなかったんですけど!」

「あら、そうなの? ……ところで」


 そこで銀髪の女はわざとらしく溜めを作る。

 紫水晶の瞳は、相も変わらず、アヤメを見透かすような光をたたえていた。


「希望についてどう思うかしら?」

「きっ! ……希望?」

「? カグラよ。どうしたのだ? いきなりそんな事を言って。お前らしくもない」


 シオンの声はアヤメの耳に入らなかった。

 アヤメの脳裏に過ったのは、白髪に桜色が混じった少女。希望を歌う脳天気な笑み。

 言葉に詰まる。

 その一瞬を、カグラと呼ばれた銀髪女は見逃さなかった。うっそりとした笑みを深めると、シオンへ一礼。「失礼を。最近、変わった出会いがありまして」と言った。


「鹿角は今、大変なようですね……。どうも、龍首が不穏な動きを見せているとか」

「ッ! いやぁ~はは。バレちったぁ〜? そうなんだよねぇ〜。めちゃヤバっつーの?」

「……そうか」


 シオンは痛ましそうに目を伏せた。

 一拍、二拍。沈黙が場を支配する。

 シオンは葛藤するような顔をしたが、この時点でアヤメは望みが薄いことを悟ってしまった。──少しして、予想通りに気まずそうな声音が発される。

 

「……救援要請が目的なのだな」

「……そう……だね」

「こちらとしても、何とかしてやりたい気持ちはあるが──」

「ッ。無作法を承知でお頼み申し上げます! どうか、どうか兵をお貸し願いたい!」


 もはや、なりふりなど構っては居られなかった。

 獅子吼詩恩の人柄が、悪辣でないと判断したのも……ある。あるかもしれない。──カグラとかいう女のことは、全くわからないが……。

 けれどでも、アヤメの必死な叫びも、シオンを困らせるだけだった。無駄な足搔きをしている──それは分かっていたが、しかし他に頼れるところがない。

 馬喰田には、先触れを送った段階で断られていた。


「……すまぬ」

「……っ」


 シオンはあくまでも誠実だった。格下の国の、無礼な使者に頭まで下げている。きっと可能な状況ならば、助けを出してくれたのだろう。

 悔しさとままならなさに歯噛みするアヤメを、鋭く射抜いていた紫水晶が、フッと緩む。


「──シオン様。ここは一つ、手助けをしてみては如何でしょうか?」

「何? ……しかし、今動かせる兵は少ないぞ。それは彼らに死ねと命じることではないのか?」


 これはいったいどういうことなのか?

 アヤメは目を見張ってカグラを見た。冗談を言っている雰囲気ではない。


 ──裏があるのか? ……しかし。


 アヤメは先ほど投げかけられた問いが、今になって気になった。どうして、いきなり希望だなどと聞いてきたのか。測りきれなくなって、カグラを睨みつけた。


「兵のことは五十も動かせば事足りましょう。我らとて戦後の傷は癒えていませんが……龍首もそれは同じこと。……あの獅子吼緋彩に何度も蹂躙されておりますからね」

「む……。だが……」

「ご心配なく。鹿角には私も参りますもの。……完勝させてみせますわ」


 自信に満ちたカグラの瞳に射抜かれて、シオンは特大のため息を漏らした。


「聞かないやつだものな、お前は……。よい、許す。兵の選出は任せるが──くれぐれも、生きて帰れよ」

「御意に」


 完璧な仕草で礼をすると、カグラはアヤメへ視線を送った。ついて来いということらしい。慌てて一礼して、退出する銀髪の背中を追った。

 

 無言で廊下を歩く。前を歩くカグラに、少し離れた後方にアヤメ。

 はじめはどこかで二人になって密談でもするかと思ったが、どうも出口に向かっている。帰れということらしい。連れ出したくせに。

 足早に廊下を歩くカグラへ、しびれを切らしてアヤメは口を開いた。


「……オネーサン。ひょっとして、だけど……あーしに惚れちゃった?」

「悪いけれど、色恋沙汰に興味はないの」


 おどける声に戸惑いが混じる。

 なら何で、と力なく彼女を見やると、そこに置かれていたのは腹立たしいくらいに悪意のない微笑みだった。

 何を当たり前のことを聞いてるのと言わんばかりの笑みだった。


「言ったでしょう? 変わった出会いがあったのよ」

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