それでも生きる人たち
ハクロク跡地には、破れ、補修テープだらけの青いビニールテントがいくつも立ち並んでいる。
結晶の汚染が比較的少ないこの地には、今現在、きわめて小規模な集落が形成されていた。
終末時代のこの世界では、人間は一箇所に定住することができない。
なぜなら、結晶人には物理的干渉を無効化する術があるからだ。どれだけ高い壁も、頑丈なシェルターも、彼らの前では障害物にさえならない。
ゆえに、結晶人に見つからないよう、結晶汚染の少ない土地を探しては、転々と流浪の旅をするのがこの世の人間の宿命なのである。
往来とも呼べない道を行き来する、ごく限られた人間たちの表情はどれも疲れ切っていた。
「…どうにか帰ってこれたわね。代表への報告は私がしておくから、二人は先に帰っててもいいわよ」
煌子纏鎧を解除したセイラは疲労した表情でそれだけ言うと、大股で道行く人の中へと歩き去っていった。
「私達はどうしますかぁ、ヒイナちゃん。個人的にはもう、さっさと帰って泥みたいに眠っちゃいたい気分ですけど」
「うーん、ヒイナちゃんはちょっぴりお散歩してから帰ろうかな☆ この辺りって、まだあんまり見て回れてないし」
「……」
「えっ、ちょっ」
スイは少しだけ押し黙ってから、不意にヒイナの手を取った。そして、ひどく繊細に指を這わせ、何かを確認し始めた。困惑してしまう。
しばらくすると満足したのか、スイは薄っすらと笑った。
「元気ありますねぇ。じゃあ、お先に帰ってますよぉ」
「行っちゃった。えっ、何だったんだろ」
ほんのちょっと気になったが、深くは考えないことにしておく。それとして、ヒイナは散歩することにした。
ヒイナは散歩が好きだった。人と関わるのも好きだった。空気が読めない、イタい、と彼女自身は他人から疎まれがちなのだが。
それでも人が好きだった。
散歩中、色んな人に会った。
説明したがりのお兄さん、ヒイナちゃんお気に入りのパーカーをダサいとかバカにしてくるお子様。いつかの希望を信じている物売りのおじさん。
こんな狭い世界、少ない人の群れ。
それでも初めて出会う人、出会うものはたくさんあった。
そんな時間が、ヒイナにとっては宝石以上の宝物だった。
「元気か、ヒイナ!」
オンボロベンチに腰掛けてうとうとしていると、背後から元気な声がかかった。
「んあっ。……モミジ先輩☆ 今日も弾けるような笑顔が素敵ですね☆」
「お、おう。ヒイナは……今日も元気だな!」
「元気元気、めっちゃ元気ですよ☆ ところで……モミジ先輩も依頼の帰りですか?」
「うん、そうだぞ。今日は見たことないヤモリを三体もやっつけたんだ! 変な動きしてたぞ!」
「ええ、新種! シュリちゃんは大丈夫だったんですか?」
シュリはモミジとバディを組んでいる少女のことだ。ヒイナ、スイの後輩で、セイラの同期に当たる。
モミジは鷹揚に頷くと、ほんの少し声を落とした。
「シュリが見つけたんだ。どうも、アイツのことを狙ってきたらしい」
「? ヤモリにそんな知性あるんです?」
「わからん! でも、ワタシの事ガン無視してシュリのこと狙ってた。間違いないと思うぞ」
「それで……シュリちゃんは無事なんですか?」
「ピンピンしてるぞ。なんたって、このワタシが一緒だったからな! ケガなんてさせないぞ!」
ヒイナはこの時、拭いがたい焦燥感というか、言葉にしがたい不安感を覚えた。
けれどそんな内心を胸の奥に閉じ込めて、いつも通り、明るい笑顔を浮かべてモミジと別れた。




