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星と百合

 青く、蒼く──。

 徹底して磨き上げられた退廃の都・九龍(クリュウ)


 この街は、道も、家も、城壁も──。

 何もかもが蒼く支配されて、冷ややかな光を放っている。その最奥に鎮座する、宝石によって組み立てられたような居城──。

 九龍城の天守閣で、“青白い”女は、配下からその報告を受け取ると、悩ましげな吐息を漏らした。


 けれど、胸の内側にあるのは悩みなどではなく、むせ返るほどに、におい立つ猛毒。昏い喜悦を薪として、どろどろに煮えたぎる、悪意という毒であった。


「困ってしまったわねぇ」


 獅子吼領主の戦死。

 強大すぎた暴虐の化身──その終焉の報に、青白い女はまなじりをいやらしく垂れ下げた。喉の奥で、クク、と含み笑いが漏れる。


 ──目の上のたん瘤がいなくなった。

 少しでも隙を見せようものなら、容赦なく喰らい付いてくるような輩だ。何をするにも用心しなくてはいけなくて、本当に邪魔だった。

 獅子吼が追い詰められているからと、だめ押しに兵を出してみたが──結果は悲惨。半分以上も喪ってしまった。


 しかし……結果として獅子が狩られたのであれば問題はない。

 彼女の愉しみを──“遊び”を、邪魔できる者はもはやこの世にいない。


「──まずは、鹿さんと遊ぼうかしら」


 女は自らの美学で作られた街並みを見下ろして、口元にいびつな弧を模った。




 ───



「こんにちは☆ ヒイナちゃんはヒイナちゃんです! お元気ですか? ヒイナちゃんは元気モリモリですよっ☆彡」

「お、おお……。そうかい、そりゃよかったね……」


 獅子吼領・泰獅。

 

 戦の爪痕がわずかに残るこの街で、ヒイナはいつもの笑みを浮かべて、挨拶をする。返ってくるのは、変な奴を見たとばかりのドン引き顔。──けれども、拒絶されてるわけじゃない。

 領主が変わった獅子吼領は、前に来た時よりもずっと雰囲気が柔らかになっているように思えた。前よりもずっとずっと笑顔が増えている。

 ヒイナは途端に嬉しくなって、情報収集の目的も忘れて道行く人達へと無差別に声を掛けはじめた。

 

「こんにちは☆ おはようございます☆

 今日のヒイナちゃんはいつもよりずっとキラキラ顔ですよ☆彡」

「そ、そう。……変な子だね」


 ──


「──お金落としましたよ!」

「ん、すまないね。ありがとよ」

「いえいえ、どういたしまして! ヒイナちゃんはみんなの希望ですから、落とし物も見逃さないのですっ。ヒイナちゃんホークアイ☆」

「お、おお……」


 ちゃんと、ヒイナを見てくれている。話を聞いてくれる。たったそれだけのことが、ヒイナの胸を温かなモノで満たす。

 ヒイナは今、たまらなく嬉しかった。



 ───



 しばらくして、ようやく冷静さを取り戻すと、ヒイナは情報集めにかかった。

 おとぎ話とか、荒唐無稽な噂話でもいいから、片っ端から転移だとか、ワープについての話を聞いて回った。

 結果はまったく芳しくはなかったけれど、それでも獅畑の街であったような、胸をキュッと締め付けるような、そんな気持ちにはならなかった。


(……楽しいな、楽しいな。みんな優しくしてくれるから、すごく嬉しい)


 小さく笑みをこぼす。

 その後も、ヒイナは出会う人に挨拶を続けてみたり、図書室をのぞいてみたり、焼き菓子を買ってかぶりついてみたりした。めちゃんこおいしい。

 彼女のイタい明るさは、なおも住人達を困惑させていたが、気にしなかった。


「……相変わらずみたいね、あなた」


 ふと、背後からかかった涼やかな声に、ヒイナは振り返った。


「あ! 商人さんっ。こんにちは☆

 奇遇ですね! お仕事ですか?」

「……まぁ、そうね。そんなところ」


 そこにいたのは、獅畑の街で出会った商人であった。相変わらず目を引くほどの高貴さで、けれどもどこかトゲが抜けて柔らかに見える。

 久しぶりの彼女は、ようやく世界に馴染めたような、穏やかな表情をしていた。

 何か良いことあったのかな? ヒイナは特に深く考えることもなく、能天気な笑みを浮かべた。

 取り留めのない雑談が交わされる。


「そういえばこの前、きらきら星二世が活躍したんですよ! ガオーって村を襲ってたでっかいクマを、ぶっ飛ばしたんです!」

「いや……。なによその変な名前のヤツは」

「きらきら星二世はきらきら星二世ですよ☆ きらめき★一等星だと消し飛ばしちゃうから、すんごく助かりました!」


 ああ、そう……と、彼女は考えるのをやめたようだった。呆れ返ったため息を一つ。まなじりを垂れ下げて、雑踏に紛れてしまうような──吹けば散らされるような、本当に小さな声で呟いた。


「……ありがとう」

「何のことですか?」


 ヒイナは空気の読めないイタい子なので、そこを聞き逃さなかった。恐るべしはヒイナちゃんイヤー。

 商人はうっそり笑うと、別に、と言った。


「アンタのおトボケ顔も、たまには役に立つことあるのね、って思っただけよ」

「えぇ……。こんなにもラブリーキュートなヒイナちゃんフェイスになんて暴言! 

 ……まぁでも、許してあげますよ☆ ヒイナちゃんはみんなの希望ですからね☆彡」

「また、こっ恥ずかしいことを堂々と言ってくれるわね。羨ましいくらいだわ……」


 商人は呆れたように息を吐く。 けれども、その口元に浮かんだ笑みは、ほんのちょっぴりだけ──優しかった。


 誰かが磨き上げたみたいに、蒼く澄み渡った空の下。

 穏やかな時間が流れていた。

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