ソレは鈍く光るような、愛のカタチ
燃えている。
城が燃えている。
侍従に手を引かれ、いまだ幼い妹ともに、燃え落ちる城をわけもわからずに走った。
炎に巻かれる城の中、獰猛な笑みを浮かべる隻眼の女が、網膜に焼き付いて離れない。
母を、父を、家来たちを一太刀に千切り捨てたあの女。彼女を、妹を、無価値と見下した、あの冷徹な隻眼だけは、決して忘れられない。
───
白銀の髪をなびかせる端麗なる商人。
百鬼神楽は、んー、と軽く伸びをして、椅子にもたれかかった。
どうやら気が付かない内にうたた寝をしていたようで、外を見やればすっかり空が白んでいた。
カグラは花瓶に活けられた百合を見やって小さく笑みをこぼすと、次の策について思考を巡らせた。
獅子吼領主を馬喰田へ攻め込ませるのは面白いように上手く行った。ちょっと質のいい武器を安く卸してやったくらいで、盛りのついた犬みたいな顔で野心を燃やして。
カグラは仇敵の軽率さを思い返して、鼻で笑った。
しかし──と、自惚れそうになる思考を自覚的に抑え込む。
いかに仇敵が浅薄だとして、ヤツの軍才は本物である。
ボンクラの馬喰田領主に策を授けてやり、今のところはうまく勝利しているが、いずれひっくり返されるに違いない。獅子吼領主の恐ろしさは、衆を率いる才でなく、圧倒的な個の武威であるから。
仕留めるまでは、気を抜いてはいけない。
カグラが唇の端を噛み締めていると、扉をノックする音がした。
端麗なる商人は咄嗟に身をすくめて、悲鳴をあげそうになった。けれど、喉まで出掛かったソレを理性で無理やり噛み潰し、意識的に優雅な声で入室を許した。
「……お姉様、またお布団で寝なかったの……?」
「──うっかりしていたわ。心配させちゃったわね、神那」
「ううん、いいの。いつもお仕事お疲れ様……。お姉様……」
カグラはゆるりと立ち上がると、カンナへと歩み寄って自身と同じ銀の髪を優しく梳いた。
その面貌に浮かぶ表情は穏やかで優しい。慈しみに満ちたものだった。
カンナは姉と同じ紫水晶の瞳を気持ちよさげに細めて、カグラへと身を委ねる。
二人はしばらくそうしていたが、朝日が窓から差し込み始めたのを感じて、身を離した。
「ご飯にしましょうか。支度するわね」
「あっ、お手伝いしたい……」
「ありがとう。……それじゃあ、お願いしちゃおうかしら」
───
カグラにとって、カンナとキッチンに立つ時間は数少ない癒しであった。
カグラはカンナに気付かれないように、危険のもとになりそうな器具をすべて遠ざけると、妹の自主性に任せて自分はサポートに回った。
手順を間違えそうな時、危なっかしい時にはそれと気付かれないようフォローする。かなり気を使う作業だが、それさえ幸福であった。
「できた……!」
「凄いわねぇ。飾り付けまで完ぺきだわ。カンナの将来はお料理屋さんかしね?」
「んー……わかんない……」
「いいのよ。お姉様が悪かったわ。まだ早い話をしちゃったわね」
妹を本心から褒めちぎりながらも、カグラはそっと一息ついた。今日もカンナに傷が付かなかったことを心底安堵する。
料理は正直に不格好で味も悪かったが、カグラは笑みを浮かべておいしいと言った。
温かな笑みに安心したカンナは自分も料理に手を付けようとしたが、カグラがヒョイっと皿ごと奪い取った。
「あ……! お姉様、今日もカンナのご飯盗った……!」
「ごめんなさいね。カンナの作るご飯はとてもおいしいから、独り占めしたくなっちゃうの。……申し訳ないけれど、出来合いのご飯で許してね」
「ぶーっ……!」
カグラはつとめて美味しく食べているように見えるよう、表情を作った。
こういう幸せを途切れさせないために──。
カンナを安心して外出へ送り出すために──。
カグラは料理を味わうふりをしながらまぶたを閉じる。そこに映るのは隻眼のアイツ。
──恨んでいるわけではない。
──憎いから復讐をするのではない。
もう、すべて過ぎ去ったことなのだ。無くしたものは戻らない。戻らないのだから、その為に生きるのは無駄でしかない。
無駄は嫌いだ。
──そうだ。
──だからこれは復讐ではない。
想像の中で、ケダモノの笑みを浮かべる獅子吼緋彩へ、冷たく言い放つ。
──駆除だ。
……だから──。
獅子は、鬼の為に、
美しく死ね。




