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剣を置く場所

「──そんでね、ヒイナちゃんその時にやってやったの! いくぞヒイナちゃん奥義! 満天キラキラハリケーン! って! すごいでしょ!」

「あ、はい……」


 アヤメとアサヒが喧嘩してから三日ほど。

 ヒイナはアサヒとすっかり仲良くなっていた。


「あ! ちなみにね、満天キラキラハリケーンは、こう……体をぐるぐるさせてやるすんごいキックなんだよ。ヒイナちゃんかっこいい☆」

「あ、はい……」


 アサヒは聞き上手だった。

 自分から何かを話してくれることはあんまりないものの、ヒイナの話をちゃんと聞いてくれるので、大好きになった。最近のヒイナはもっぱらアサヒに付きまとっている。

 ちなみにアヤメは苦々しい顔をしているし、アサヒとすれ違う度に、「ヒナっちを傷付けたら……わかるよね?」とドスの効いた声で囁いている。


 アサヒは本当に困惑していた。

 あの斬りつけた時のやりとりでもそうだったが、この人、本当に気にしてないんだ、と。

 距離を取るどころか詰められている現実に、当惑する他なかった。


「……あ、あの……」

「なぁに? ヒイナちゃん話聞こか☆彡 何でも言ってね!」

「あ、いえ……」


 アサヒは俗に言う陰キャだった。刀を握ると性格が変わるタイプの。

 ヒイナは聞き上手といってまとわり付いてくるが、それはただ単に会話に慣れていないだけだった。ヒイナお得意の勘違いである。


「……あの、」

「ん? やっぱりお話したいことあるの? ヒイナちゃん聞いちゃうよ! 偉い☆」

「ヒイナさんは……」


 アサヒは忙しなく視線を動かしながら、たどたどしく言葉を紡いだ。

 特に話したいことはなかったが、それでも何かを伝えたかった。

 こんなにも人と関わったのはどれくらいぶりだろう。もしかすると、主家が滅んで、落ち延びて、生き恥をさらし始めて以来かもしれない。


「……私、味噌が好きなんです。味噌を肴にして、茶を飲むのが好き……」

「ええー! みそと! お茶!

 ──……いいね☆ おいしそう!」

「あ、ヒイナさんは、好きなものとか……」

「ヒイナちゃんはねぇ、サヨさんの作った紫お肉! 凄いんだよ! とってもおいしいの☆」

「えぇ……」


 アサヒはサヨって誰だとか、それは毒だろうと思ったが、言わないことにした。もしかしたらヒイナが言うように、万が一、奇跡的においしい可能性もあるのだし……


「……ん?」

「あ、ヒイナさん?」

「んー……。今なんか動いたような……──あっ! コサメちゃんだ!」

「わ、見つかってしまった!」

「──ッッ!」


 急いで逃げ出そうとする背中を見送るヒイナ。

 しかし、アサヒは見逃さなかった。反射的に雷撃の踏み込みを地面へうち込むと、無防備な背中をひっつかみ、元いた場所へと戻ってくる。


「──あ、すみません。ついクセで……」

「いや、どんなクセなんですか! 危険人物ですかあなたは!!」

「わー……。ヒイナちゃんびっくり。何がなんだか☆ アサヒさんってばすごいね☆」

「えへへ……それほどでも……」

「私を無視して話進めないで! 被害者なんですよ、こっちは!」


 コサメのツッコミが冴え渡った。

 コサメはきわめて不本意そうに、こんなこと引き受けるんじゃなかったとため息を吐くと、アサヒを指さした。


「あなた、姉様が言うほど危険な人間には見えませんけど、そのクセは治してくださいね。切実に。ガチのマジで危ないので」

「あ、ごめ……っ」

「ちょ! 怒ってないですからね! 焦らないでゆっくり治していきましょう!」

「コサメちゃん、優しいね☆」

「ヒイナさんは黙ってて!」


 コサメの言葉にヒイナちゃんショック! とたいして気にしていなさそうに返すと、ヒイナは首を傾げた。いつもならこの時間帯のコサメは畑仕事をやっているはずだった。

 気になったヒイナが聞いてみると、コサメは不本意そうに頭を振った。


「姉様に命令されたんですよ……。危ない奴がヒイナさんに近付いてるから監視しろって」

「ん? アヤメさんは?」

「『ヒナっちとアイツが一緒にいるとこ見たら殺しちゃいそうだから無理!』って言ってました。我が姉ながら、なんとも……」

「あ、その節はすみません……」

「いえ、あなたは悪く……いや、悪いですね、普通に。 けれど、張本人のヒイナさんが気にしてないみたいなので、私は何も言いませんよ」

「あう……」


 アサヒは胸の奥底の、自分でもよくわからない場所がムズムズするのを感じた。


 鹿角は優しかった。

 穏やかで、のどかで、生命に溢れていた。

 そのぬくもりが、ヒイナやコサメのおおらかさが──、アサヒにはとても異質なものに感じられたし、とても尊いものに感じた。


 それとして、罪悪感も感じていた。

 やったことに後悔は全くなかったが、それでも友人となった少女に痛い思いをさせてしまったことは悪かったと思っていた。


 気まずそうなアサヒを見やっていたヒイナはほんの一瞬、真顔になる。

 そして、ことさら能天気そうな笑顔を浮かべた。


「アサヒさんと友達になれて、ヒイナちゃん本当にうれしい☆ 出会いの奇跡に感謝だね! 君の瞳に乾杯☆彡」

「あっ、うん……」


 ヒイナは何故かアサヒを責めない。本当に、一言たりとも責めなかった。

 何故なのだろう。そこが気になって仕方なかった。

 ヒイナはどうして自分を攻撃してきた相手を、殺しかねなかった相手を受け入れられるのか。


 気になった。気になったが……。

 これは聞いて良いことなのだろうか? もしかすると、ヒイナの最も柔らかく繊細な部分を無思慮に踏みつける行為にはならないだろうか? 

 そう思うと、とても聞けそうになかった。


「……」

「ヒイナさん?」

「ヒイナちゃんはね、なんも考えてないよ☆ 考えてないけど──。

 ──でもね。アサヒさんが優しいって思ったのは本当だよ。真実を見抜く瞳……ヒイナちゃんホークアイ☆」

「あ、なんで……」


 ヒイナはアサヒの内心を察したようにおどけてみせた。

 思わず零れ落ちたアサヒの問いに、


「ヒイナちゃんは相手の気持ちが分かるいい女なので、アサヒさんの気持ちがわかっちゃったのです☆ ヒイナちゃんテレパシー☆」


 そう答えた。

 アサヒはますます何も言えなくなった。

 彼女を見つめるヒイナの瞳は、相も変わらず真摯で希望に満ちていて──それどころか、アサヒへの無邪気な信頼がこれでもかと増えてさえいた。


 アサヒはそっと、見かけばかり立派な愛刀に触れてみる。

 続けて、手のひらを見た。人を殺すばかりが能の、真っ赤に染まった手のひら。でも、こんなどうしようもない手でも守れるものがあるのなら……。


 あの日、主家が滅び去った日、置き去りにしてきた熱いものが、再び胸の内側に灯ったような気がした。


「ヒイナさんっ。ちゃんとしないと撫でくりしちゃいますからねっ」

「ごろにゃん☆ そんな唐突なスキンシップ困っちゃう☆ でもヒイナちゃん可愛いから仕方ないよね☆」


 ──そのために振るう刃というのも悪くはない。

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