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剣の一路を征く

「アヤメさん☆ ヒイナちゃん知りたいことあります! おしえてセンセー!」

「いいよいいよ! なんでも聞いてね、チッチッチッ〜」

「鬼気使いってなぁに?」

「えぇ……」


 ある昼下がり。ユイとホムラがしていた会話を思い出して、ヒイナはちょうど近くにいたアヤメに聞いてみた。すると、返ってきたのはとんでもないバカを見る表情だった。

 まるでお前常識だぞ! そんなことも知らんのかと言わんばかりだ。


「けっこう常識の話だよ、ヒナっち。マージで知らないの?」

「知りません!」

「素直でよろしい♧ 鬼気使いはね……」


 そこで彼女はわざとらしく言葉を切って、無駄な溜めを作った。


「……実はこの! アヤメセンセーのことなのだ! パチパチ〜」

「ええー! すんごい!」

「でっしょー! 気分いいからね、お手本見せたげる! ヒナっちだけの特別だよ♧」


 そして、ほら見て、と手のひらに氷を生み出したアヤメから、微かなフォトン臭が漂った。

 ここで、ヒイナは本能的に直感した。つまり、鬼気使いは故郷で言うところの、煌子適合者のことなのだ。うむむと感心する。


「ヒイナちゃんわかっちゃった☆

 ……でも、すごいですね! 煌子を体外に放出するのって才能がいるのに」

「ん? こう……なんて?」

「あ! 鬼気です☆ 鬼気☆」

「何よぅ。やっぱ知ってんじゃん」


 煌子自体は生物なら誰でも使えるが、使える量に個人差がある。外へ放出できるほどの才能は、ヒイナの世界だと本当に一握りしかいなかった。


「ちなみにねぇ、コサメも鬼気使いだよ。美人鬼気使い姉妹って、ロマンあるよね♧」

「すんごい……ヒイナちゃんびっくり!」


 アヤメはヒイナから向けられる尊敬の眼差しが気持ちいいようだった。


「ヒイナちゃん、もう一つ聞きたいんですけど……」

「なぁに? 何でも聞いていいよ♧」

「最近食べた緑の小さいお豆、ヒイナちゃん苦手です。……もちろん! 残したりなんかしませんけどぉ……おいしく食べる秘訣教えてぇ」

「うーん、愛と感謝! かな?」



 アヤメは格好つけて言った。ちなみに彼女はニンジンが食べられない。




 ───




 獅子吼領と馬喰田領の戦は苛烈さを増しているらしかった。

 いくつもの戦線を展開しては敗退している獅子吼領は戦火が広まって、難民や流民が鹿角へと流れ込んでいる。

 アヤメはその難民の受け入れをするために現場へ来ていた。


「お、ぉぉおっ、お手合わせ! 願います!」


 その彼女に対して頭を下げている少女は、獅子吼領から流れてきた難民の一人であった。

 気弱そうで、人と話すのが苦手そう。明るく社交的なアヤメとは正反対の少女だ。けれども、腰に佩いている刀だけは不釣り合いなほどに立派だった。


「いやいや。あーし戦いとか好きじゃないから、必要なきゃやんないよ。他当たって〜」

「あ、でっ、でもぉ……」

「えぇ……。頑固だなぁ。妹のコサメなら喜んでやってくれるよ。あとは、ホムラのバカとか」

「あ、それじゃダメなんです……」


 気弱な少女は、気弱な風だが、押しが強かった。

 アヤメがほとほと困り果ててると、


「こんにちは☆ おはようございます☆ ヒイナちゃんですよ☆ いえーい今日もハッピー☆」


 空気を読まないアホの子が現れた。

 アヤメはヒイナを見つけると、困った表情を明るく変えて、駆け寄った。


「ヒナっちヒナっちチッチッチッ〜。今日はなんかご機嫌だね♧」

「はい☆ ヒイナちゃんには三ヶ月に一回は特に意味もなくポジティブになれる、プチパーフェクトヒイナちゃんデーがあるんです☆」

「……おおー♧ いいね!」


 アヤメはツッコミが喉まで出かかったが、なんとか飲み込んだ。ヒイナのマイペースは今に始まったことではないし、いちいち気にしていたら身が持たないからだ。

 気弱な少女は二人のやり取りをおどおど顔で見守っていたが──、


 ──ふと、脳裏に閃きが走り、優しげなタレ目を鋭く吊り上げた。

 そして少女は猫背を深く沈めると、胸の前で組んでいた手を腰の刀へとやった。


 ──刹那。


 雷光が閃き、アヤメの目の前からヒイナが消失した。

 一拍遅れに周りを見渡せば、気弱な少女に横抱きにされた妹分が見えた。


 アヤメの瞳に鋭い殺意が宿った。


「……今ならちょろっちお茶目な高速移動体験ツアーだったってことにしたげる。──ヒナっちを放して」

「人質です。こうすればきっと、あなたと戦えると思いました」

「もう一度言うよ。

 ──ヒイナを放せ」

「名乗りますね。私、百目鬼朝日(ドメキアサヒ)です。いざ、尋常なる手合わせを願います」


 ヒイナは展開に置いてけぼりにされていた。

 何が起こったのかまるでわからない。景色が一瞬で流れすぎて、ちょっとチビりそうになったくらいの感覚で、その感覚を切り替えるより早く一触即発の空気が形成されて行っている。


「戦わないって言ってる。しつこいよ、お前。いいからヒイナを離せ」

「……ならば致し方なし。御免」


 アサヒはヒイナを雑に落とすと、刀に手をやった。それだけだ。だが──


「えぇ? んんっ!!」


 少女の白い腕に裂傷が走り、血が飛び散った。


「ヒナっち!!」


 アヤメはヒイナに飛びついて治療しようとした。けれど、目の前にアサヒが立ちふさがった。


「どいて」

「どきません。貴女が私の申し込みを断るたび、あの娘の切傷が増えますよ。どうしますか?」


 アヤメは目を閉じて深呼吸をした。

 ひとつ、ふたつ、みっつ。


「わかった」

「ては──」


 アサヒの表情が喜色に染まる。染まったまま──凍てついた。アヤメはひどく無感情にソレを砕くと、ヒイナを迎えに駆け寄ろうとした。


 ──しかし。


 アヤメを襲う雷光混じりの刃。

 不可視の域に達した居合が、彼女を襲う。


「残像ですよ」

「っ。猪口才……」


 アヤメは咄嗟に抜刀し、それを防いだ。

 彼女らしからぬ忌々しげな表情を浮かべる。


「流石ですね、天喰アヤメ殿。やはり私の目に狂いはなかった。貴女から放たれる玲瓏なる鬼気……殺意……すべてが心地よい」

「……剣を抜いた途端、ずいぶんおしゃべりになったね。……うっとうしい」

「言葉や態度なぞ、どうでもよろしい。大切なのはいかにして剣を競うか……それだけです」

「なるほど。──しょうもない価値観だ」


 どちらともなく駆け出した。

 アサヒはどうやら雷を使えるらしい。踏み込みのたびに稲妻が走り、刀を撃ち出す一瞬、鞘を雷光が満たして、強化している。

 アヤメの剣術は守りが主体だった。その場から動かず、最低限の動きで、アサヒの刃をすべて完全に防ぎきっている。その上、反撃まで加える。


 碧雷の閃光が幾重にも走り、アヤメはある時は刀で弾き、ある時は氷盾で受け流す。


 技量は完全にアヤメが上回っていた。

 だが、技量以上の狂熱が、アサヒを格上の位置まで押し上げる。


 しかし、それでもなお、アヤメの優位は揺らがなかった。


「楽しい……たのしい……たのしぃぃぃ」


 アサヒは愛らしい相貌に狂気の笑みを張り付け、大地を軽やかに駆け抜ける。ボルテージが上がるほど纏う雷光が輝きを増し、剣閃が鋭さを増した。


「──お勉強、もっと真面目に頑張ったほうがいいよ」


 攻撃に夢中になるあまり、アサヒは見逃していた。彼女の周囲に細かな氷の槍が展開され、地面には氷柱が仕掛けられている。


 アサヒは完全に包囲されていた。

 アヤメの描いた盤面の上で思い通りに誘導され、敗北へと歩みを進めてしまっていたのだ。

 アサヒは自分が罠にはまったことを理解した。そして、

 

 ──それでもなお笑った。


「天喰アヤメ殿。あなたとの死合は本当にたのしい。心が躍る。──ゆえに敬意を払って、切り札を切らせていただく」

「強がりを──、ッ?!」


 アサヒは鞘を捨てた。

 代わりに手のひらへと莫大な雷が集まり、刀を包み込んだ。雷撃の鞘である。


「コレは私の居合を一歩先の世界へと連れ出してくれるモノ。果たして──今までと同じように受け止められますか?」


 言って、一段深く腰を落とす。

 

 ──瞬間、アサヒの姿がブレた。


 これはアヤメの目でも捉えきれないほどのスピードだった。

 アサヒが元の場所へと戻ってくる。攻撃が終わったのだろうか?


 しかし、何も起こらない。無音が場を支配した。


 そして一拍後、バチバチッと電気の弾ける音がして、アヤメが仕掛けた罠が、氷槍も、氷柱も、すべて切り裂かれてしまった。


 驚きに目を見張るアヤメへ、静かにアサヒが言った。


「これは強引に戦いを仕掛けてしまったことへのせめてもの詫びです。──次は当てます」


 ───


 明らかにマズい事態だった。

 未だに状況が飲めてないヒイナだが、どうやら二人が殺し合いをしているらしいことは察した。

 次から次に目まぐるしく状況が動くせいで、何が起こっているのか把握するのに時間がかかってしまったのだ。

 アサヒの攻撃でなんか氷のキラキラした奴がバラバラになったのは幸いだった。これがなかったら、未だにヒイナは呆然としていただろう。


 アサヒが腰を落としている。

 彼女の周囲に死の気配が立ち込めているのがわかった。何かすごいことをやるつもりだ。


 ヒイナは本能的に煌子纏鎧を展開すると、アヤメに向かって弾かれたように飛び出した。

 戦いを止めようとかそういう考えがあってのことではない。アヤメに危険が迫るなら、盾になりたい。ただそれだけだった。


 ──間に合うだろうか? 間に合わないかも。

 でも、ヒイナちゃんはみんなの希望なんだから、間に合わせなくっちゃ!

 ヒイナが願うのは、二人の会話が終わらないこと。ヒイナがたどり着く前に始まってしまったら、もうどうにもならない。


 ──ヒイナは願うような気持ちで、駆け抜けた。


 アヤメまでもう一歩、もう一歩なんだ!

 

 ──二人の声が聞こえなくなった。……でも、これなら間に合う! 間に合わせる!


 ヒイナは全力でアヤメに飛び付く。

 アヤメの鼓動の音がゆっくり聞こえて、無性に笑いたい気持ちになった。

 

 ──そして、雷撃を纏った斬撃がヒイナの背中に直撃した。


(……よかった。今度は、間に合った──)



 ──



「ヒナっち……?」


 アヤメの呼びかけがむなしく響いた。

 ヒイナは応えるように身じろぎすると、弱々しい笑みを浮かべた。

 

 ──生きている。

 けれども、アヤメはそのことを喜ぶつもりはなかった。また無茶をして……傷付いて。ヒイナのことは後で絶対に説教してやらなくてはいけない。


 ──それとして。

 アヤメの周囲を絶対零度の風が逆巻く。

 何より二度もヒイナを傷付けた──、


「──お前は、絶対に殺す」


 刀を使うなんて手加減はもういらない。アヤメの大切な家族を傷付けた汚物は、凍てつかせて砕いて、ゴミに出さなくてはいけない。


 アサヒは冷や汗をかきながらも、笑みを浮かべたまま。アヤメが本気になったことを喜んでいる。

 

 一触即発。次の殺し合いが始まりそうなその時、空気をまるで読まない、場違いすぎるユルい声が割り込んだ。


「いやーん☆ 二人とも、ヒイナちゃんのために争わないでぇ〜☆ そんなにされたらヒイナちゃん困っちゃう☆」


 ヒイナはピンピンしていた。

 深手は負っていたが、煌子纏鎧という防壁、生来のタフさを重ね持つ彼女にとって、刃物で切り裂かれたくらいの傷は動きを阻害するものにはなり得なかった。


「…………っ。ヒナっちうるさい。自分が何されたかわかってんの?」

「? なんにもされてないよ」

「されたでしょ! 斬られた! 二回も!」

「えぇ……。うーん。最初に斬られたことは気にしてないし、さっきのは横入りしたヒイナちゃんが悪いです。ならほら、誰も悪くない! いえーいハッピー☆」


 ヒイナが血まみれのまま、いつもの能天気な笑みを浮かべた。本当の本気で、全く気にしていない。

 アヤメはそう、とだけ言った。

 当たり前だが、ヒイナの無理くりな理論は、まるで響いていない様子。


「ヒナっちが良くたって、あーしが良くない。腹の虫がおさまらない」

「……うーん、ごめんなさい。心配してくれて、ヒイナちゃんハッピーな気分になっちゃいましたけど、怖いアヤメさん見たくないです」

「すぐに戻るよ。あいつを片付けたら」


 冷たく言い放つアヤメの前に、ヒイナは立ちふさがった。自分を防壁としながらも、黙って二人のやり取りを見ているアサヒに声をかけた。


「なんか邪魔しちゃってごめんなさい。でもヒイナちゃん、大切な人に傷付いてほしくない。喧嘩やめてくれませんか?」

「何を馬鹿な。こんな楽しいことをやめられるわけがありません」

「楽しいことならいっぱいありますよ☆ ヒイナちゃんと遊ぶとか、ヒイナちゃんの可愛さを称えるとか☆彡」

「……もしかして、頭のおかしい人ですか?」


 ここではじめて、アサヒの声に困惑が混じる。なんだこいつは。普通は見ず知らずの他人に斬りつけられたら恨むものだろう。いや、見知った相手にやられても恨むものだ。あと自己肯定感が高すぎる。


「えーと、アサヒさん、ですよね? ヒイナちゃんキチンと自己紹介聞いてました。偉い☆

 ……アサヒさん、さっきヒイナちゃんのこと斬りましたけど、アタシ生きてます。殺さなかったってことは、優しいってことです」

「……いえ、殺すつもりでやりましたよ。貴女が無駄に頑丈だっただけです」


 それは本当のことだった。

 斬りつけられた本人のヒイナはちゃんと殺す気満々の攻撃だったことをわかってたし、煌子纏鎧がなかったら真っ二つになってたのも理解していた。

 けれど、それでもアサヒを肯定した。


「それでも、ヒイナちゃんが生きてるって事実は変わりません。……なら、アサヒさんは優しい人です」

「わかりません……なぜ貴女はそんなにも私を庇うのです? 一体何の得があってのことですか?」

「えぇ? そりゃだって、なんてったってヒイナちゃんはみんなの希望ですから☆」


 アサヒは絶句した。

 なんだその理由は。ふざけているのだろうか。けれどアサヒを見つめるヒイナの瞳はどこまでも真摯で希望に満ちていて──嘘がなかった。


 戦っている時に感じる熱が急速に引いて行くのを感じる。何もかも馬鹿らしいような気分になってしまった。

 もうダメだ。

 こうなってはもう──戦えない。


 アサヒは何も言わず、刀を下ろした。


「今更やめるっての? それってちょっと虫が良すぎない?」


 アヤメの冷たい声がピシャリと言い放つ。

 けれどもヒイナはノンノンと軽く頭を振って、ウインクまでした。


「意地を張ったらダメだよ、アヤメさん☆ ホントは戦いなんかやりたくないんでしょ?」

「そりゃね。……でもソイツはダメ。殺さなきゃあ、おさまんない。さっき言ったでしょ?」

「うーん。……じゃあ、ヒイナちゃんのこと、ギュッ、てしてもいいですよ☆ それでイライラ解消☆ やったねハッピー☆」


 アヤメは困惑した。

 こんな時に何を言ってるこの娘はと。というか、ソレがなんの交換条件になるというのか。

 けれども、ヒイナはどこまでも本気だった。


「ヒナっちさぁ……」

「セラピーですよ☆ イライラした時は可愛いものに癒される。ヒイナちゃんはかわいい。超合理的だね☆」

「はぁ……。もう呆れてモノも言えない。……ヒナっち、治療するよ。こっち来て」


 アヤメは、凍てついた表情を溶かすと、殺意を霧散させた。

 「あ、あの……」と気まずそうなアサヒが声を掛けようとすると、再び殺意が噴き上がる。


「もう消えて。アンタいると、あーしの可愛い妹分の治療、できないから」

「あ、ぅ……はぃ……」

「あ! ヒイナちゃんのところにはいつ来てもいいですからね! ヒイナちゃんは来るもの拒まないので☆」

「ヒナっち!!」

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