ハイパーヒイナちゃんタイム
戦争のにおいが強まるにつれて、ヒイナの不安は強まっていった。難しいことはわからないが、もしかしたら鹿角のみんなが、獅子吼の戦争に巻き込まれたらと思うと、気が気でなかった。
門限にはまだまだ余裕があったが、ヒイナは鹿目に戻ることにした。
仮に鹿角が戦争に巻き込まれたとして、きっとヒイナは相手を殺すことは出来ないだろうが、せめてユイやアヤメ、コサメやサクラの盾になりたかった。
───
「ヒナっちヒナっちチッチッチッ〜。どしたの? まだ門限には早いんじゃない? ……あ!寂しくなったんだ!可愛いねぇ! ほーらチッチッチッ〜」
「もうっ、ヒイナちゃんを子供扱いするのはやめてよね☆ にゃんにゃん☆ ごろにゃん☆」
鹿目に帰ると、川を覗き込んでいたアヤメがヒイナに気付いた。
ヒイナはいつも通りチッチッチッ〜に付き合いながら、帰省の理由を言わなかった。無意味な願望でしかないのは知っていたが、鹿角には戦火と無縁でいてほしかった。
「……ヒナっち」
「なんですか、ごろにゃん☆」
アヤメは押し黙った。
そして、何かを言おうか言うまいか躊躇うような気配を出したあと、やっぱり言うことにしたらしい。
「我慢しちゃ、ダメだよ」
「……でも、ヒイナちゃんは」
「みんなの希望、でしょ。知ってる」
ヒイナは何も言えなくなった。
みんなの希望を称しながら、これから起こる戦争をどこか遠い場所で起きていることと知らんぷりしている自分が、とんでもない卑怯者に思えた。
護りたいものしか護らない──そんな卑劣な女に思えてならなかったのだ。
「アヤメさん」
「なぁに?」
「ほめて」
「ん?」
唐突なおねだりに、アヤメは疑問符を浮かべた。
ヒイナは自己肯定感クライシスに陥っていた。
人間はいつだって正しい道ばかり選べるわけじゃない。そんなことは故郷でよぉーく知っていた。
けれども、気が付くと欲張りすぎてしまうのは、ヒイナの悪い癖だった。欲張った結果ままならなくて、自己肯定感が暴落する。
いつもはスイやセイラに褒めてもらって、撫でくりしてもらって、甘やかされて回復していたが、
──ここにはいない。
「んー」
「なんですか。断るんですか。我慢するなって言ったのにぃ。ひどいよぉ、ヒイナちゃんショック!」
「いや、褒めるのはいいよ。でもどうせなら──」
アヤメはニカッと快活な笑みを浮かべた。
───
「よーしみんな集まったね! これからみんなでヒナっちチヤホヤよいしょの会を始めるよ!!」
鹿目城の一角に、想定以上の人数が押しかけていた。大半はアヤメの人望ありきだが、ほんのちょっぴりはヒイナを慕って来てくれてる人もいた。
一人ひとりが本日限定ヒイナちゃんファンクラブハッピを身にまとい、ヒイナちゃんファンクラブハチマキを巻いていた。
ヒイナはこの異様な団体の中心で、かなり満更ではなかった。
もうこの時点でだいぶ自己肯定感が回復していた。でも、チヤホヤはもっとされたいので、しおれたフリを続ける。
「じゃあ行くよーっ!」
司会のアヤメの掛け声に、本日限定ヒイナちゃんファンクラブが一斉にオーッと応えた。
「ヒナっちはーっ?」
めちゃんこかわいいーっ!
「ヒナっちはーっ?」
アホの子かわいいーっ!
「ヒナっちはーっ?」
ポンコツかわいいーっ!
ヒイナはもはや気持ち良すぎて脳内お花畑の極みだった。
自己肯定感爆上がりで、今ならあの天秤の結晶人さえやっつけられそうな気分だった。
「ヒナっちはーっ?」
みんなの希望ーっ☆
会場の声が一つになる。あまりに幸福だったので、この光景をまぶたの裏に刻み込んで、一生リフレインしてやろうと、ヒイナは集中した。
──よく見れば、ファンクラブの中には無理やり付き合わされてそうなホムラとサクラ、ノリノリのユイ、気恥ずかしそうなコサメ……。
どういうわけか、シュラまでいた。
ヒイナは思わず三度見した。
───
会が終わったあと、ヒイナは荒ぶっていた。
自己肯定感の高まりが、彼女をきわめてエネルギッシュにしていた。ヒイナはもうエネルギーが高まって仕方ないので、スキンシップすることにした。普段のヒイナはスキンシップなど自分からはめったにやらない。
ヒイナはコサメにハグをしたし、アヤメには頬ずり、ホムラには肩もみ、ユイにはほっぺチューをした。ちなみにサクラには手を振っておいた。なんだかハグ待ちのポーズをしてた気がするが、気のせいだろう。
ご機嫌のヒイナが鼻歌交じりに城下を歩いていると、背後に気配。
おそらくはシュラだ。わざと気付くように気配を出している。二人きりになりたいということだろう。
ヒイナは今、マジで最高に機嫌が良かったので、柿を三つ買ってから河原に向かった。
「くふふ……すごいお祭りだったねぇ、ヒイナちゃ……!?」
出合い頭、ヒイナはシュラにハグしてやった。
今のヒイナは無敵状態なので、普段できないことができてしまう。例えばスキンシップ、お勉強、歌唱……本当に何だってできる。ハイパーパーフェクトヒイナちゃんなのだ。
一方のシュラは顔を真っ赤に染めて、口をぱくつかせて動揺している。
ヒイナは見たかという気持ちになりつつ、シュラの手のひらへ柿を二つ握らせた。
「こんにちは☆ミ こんにちは☆ミ こんにちは☆ミ どうも、みんなの希望です☆ミ」
「くふふ……。今日のヒイナちゃんはだいぶうっとうしいね。……イライラしてきちゃった」
「ところでシュラさんは何の用があったんですか☆ミ」
シュラは心底苛立った表情をしたが、諦めたようにため息をついた。
「別に。人が集まってるから来ただけよ」
「ヒイナちゃんを呼んだのは?☆ミ」
「別に……」
「そっか☆ミ ヒイナちゃんにハグされたかったんでしょ☆ミ いいですよ☆ミ もう一回☆ミ」
「やめろ!」
ヒイナはシュラの言葉を全く聞き入れなかった。
ヒイナは自己肯定感が上がりすぎると、本当にうっとうしくなるので、バランスを間違えてはいけない。
これがスイやセイラなら、呆れながらや毒を吐きながらの甘やかしなのでヒイナもこうはならないのだが……。
シュラはきっと、ヒイナを確かめに来ていた。
痛々しくて、すぐにも踏み潰されてしまいそうな、アリンコの様子を見に来たのだろう。
シュラは嫌そうな顔をしながらも、どこか安堵したような吐息を漏らした。
そしてソレをもっとハグしてほしいに違いないと思い込んだヒイナにまとわりつかれて、迷惑とも照れともつかない表情で、引っ叩いた。
「調子に乗りすぎ!」
「痛い!」




