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祈り

 紀元後1200年。


 ヒイナの時代から見て860年前のこの時代は、後に動乱時代と呼ばれる。

 この動乱時代は三氏と呼ばれる大勢力が存在していて、ユイの鹿角領はちょうど緩衝地に当たる場所にあった。


 鹿角領から北部に位置する獅子吼(シシク)領。獅畑(シシハタ)の街にヒイナは来ていた。

 領主が変われば、街の雰囲気も変わる。獅子吼領は鹿角領よりも兵士を見かけることが多かったし、兵士でない人たちも気の強そうな人が多かった。


「こんにちは☆ ヒイナちゃんはヒイナちゃんです☆ お聞きしたいことあるんですけど──」

「他を当たってくれ」

「ぁ……」


 みんなピリピリしている。

 ヒイナはどこか懐かしい気持ちになった。

 人の冷たさが、故郷を思い出させた。

 あの結晶まみれの世界もみんな疲れ切った顔をしてたし、こんな感じに話を聞いてもらえなかった。……まぁ、獅畑の人はみんな健康そうだが。


「こんにちは☆ あの」

「忙しいんだ」


「放って置いてくれ」

「邪魔だよ」

「帰ってくれ」


 ここでは本当に、取り付くしまがなかった。


 ヒイナは涙目をぐしぐしと擦る。

 人に疎まれるのは慣れっこの彼女だが、ここ最近……特に、鹿目の人達は優しかったものだから、思った以上にショックを受けてしまった。


(いけないいけない、ヒイナちゃんはみんなの希望☆ 希望は笑顔でなくっちゃ☆)


 頬をこねくり回してから、パチンッと張る。

 ニッコリ笑顔、可愛いヒイナちゃんの再誕生だ。


 もう少し粘ってみようかなと思い直したところに、声がかかった。


「お一人でしょうか?」

「ん? え? あ、はい。ヒイナちゃんは一人ですよ☆」

「それはいけない。いかにご領主様の威光が眩しいからとはいっても、愚か者は現れるものです。よろしければ宿までお送りいたしますよ」


 声をかけてきたのは、純白の修道服を纏った、清廉な女性だった。立ち居振る舞いから外見、声音、すべてが怖いくらいに清い女性。


(なんだろう。……んー。よくわかんない)


 ヒイナは本能的な引っかかりを覚えたが、その正体が掴めなかった。

 なら、たいしたこともないのだろう。嫌な予感もしなかった。


「ホントですか☆ ヒイナちゃん嬉しい☆ もちろん、お願いします☆」

「フフ。素直で大変好ましい。この街の者がみな貴女のように無垢であれば、わたくしとしても喜ばしいのですが」


 女性はしずしずと上品に歩きながら、雑談でもするように言った。


「ところで、貴女は神を信じますか?」

「神? 神って大土様とか狼さまとか、そういう話ですか?」

「いいえ。それらは神話の中の存在であって、実在はしないでしょう? わたくしが言っているのは、皆の心の中にある、誰もが持っている気持ちのことですよ」

「ん? んん?」


 ヒイナは混乱した。

 何の話をしているのだろう。


 ヒイナは神の存在を信じてはいなかった。

 だってきっと、神様が本当にいるのなら結晶人なんか許さないはずなのだ。

 けれども現実、ヒイナの故郷は結晶人に負けて滅ぼされたし、ほんのちょっぴり残った人類も日々ひどい目にあっている。


 だからといって信じてる人を否定する気もなかった。

 人は自由だ。信じたいことを信じるのが、一番いい。

 

 それがヒイナの考えだが、そうではない人がいるのも知っていた。

 だから何と答えるべきか迷った。


「んーと。ヒイナちゃん、難しいことわかんないですけど、みんなニコニコ顔になれたら最高ですよね☆」

「そう!!! その気持ち!!! 他者の幸福を願う、清廉な気持ち!!! ソレこそが我らがご神体がもっとも好ましく思うものなのです!!!」

「ひぇっ」

「おっとごめんなさい。つい熱くなってしまって」


 感情の緩急があまりに急転直下だった。

 女性の豹変に、思わずヒイナが肩をビクつかせると、コホンと咳払い。きわめて穏やかな笑みを浮かべた。そのさまは、先程までの狂熱を忘れ去ったかのようだ。

 ヒイナは空寒いものを感じたが、これも個性なのかも知れないと思い直す。ヒイナは他人を嫌ったり、危険視したりするのが苦手だった。


 しばらく歩いていくと、大通りから薄暗い路地に入った。明らかに宿へ案内しているというルートではない。

 ヒイナは不安に思って足を止めかけたが、思い直して歩みを再開する。せっかく親切にしてくれてるのに、疑うのはよくない。


「あの……ヒイナちゃん聞きたいことあるんですけど、いいですか?」

「なんなりと」

「お姉さんはなんでヒイナちゃんに声かけてくれたんですか? ヒイナちゃんってば、けっこう人から嫌われがちだから、不思議に思って」

「フフ。見る目のない人達と関わってきたのね。大丈夫ですよ。貴女は素晴らしい人です。その清廉で無垢な魂……

 我が御神体へ捧ぐのにこれ以上ありません。ならば、この出会いは必然。貴女はね、選ばれたのですよ」


 いきなり選ばれたとか言われても、意味がわからなかった。

 だってヒイナは自分がどうしたいかを常に自分で選んできたからだ。他人に選ばれる必要はない。

 けれども、なんとなく褒められているのは理解できたので、よくわからないをそのままにして、曖昧に笑って返した。


 ───


 たどり着いたのは石造りの建物だった。周囲は全部木造建築なのに、ここだけ浮いている。

 女性はヒイナを中へ入るよう促すと、どこか不穏な笑みを浮かべた。

 この時、ヒイナの中にはじめて警鐘が鳴った。まるで結晶人を前にした時のような感覚。

 けれど結晶人は生きた人間に寄生しない。そのはずだった。少なくとも、ヒイナの故郷では──死体にしか卵は張り付かない。


「あの……?」

「申し遅れてしまいましたね。わたくしは烏賀谷祈里(ウガヤイノリ)と申します。水精教(スイショウキョウ)の司祭を務めさせていただいておりますの」

「すいしょう? ……水晶」


 嫌な予感が最大になった。

 そんなわけないと胸の内側で否定しながらも、すでにもうヒイナには、イノリが結晶人にしか見えなくなっていた。


「うふふ。そんな怖いお顔をしてはいけませんよ。せっかくの愛らしい顔立ちが見る影もない」

「……すごーく失礼なこと、聞いちゃいます。イノリさんって、ちゃんと人間ですか?」

「人間? バカバカしい。あんな低俗で、欲望にまみれた生き物と一緒にしないでいただきたいですね。

 ──わたくしはもっと、高尚で素晴らしい存在に昇華したのですよ。ヒイナさん。貴女もそうなれる資格がある」

「……ごめんなさい。ヒイナちゃん、人間でいたいです」


 ヒイナが気まずげに頭を下げると、イノリはいっそう笑みを深めた。


「そう。関係ありませんけれどね、あなたの意思など、どうだっていいことです。昇華すれば、理解せずにはいられないのです。この素晴らしさを」

「……もう一つ、聞かせてください。貴女は結晶人なんですか?」

「さぁ? 人が我らをどう呼ぶかには興味がありません。ただ、わたくしは優良市民級(リ=ヲーガ)の位を頂いておりますのよ」


 いうやいなや、イノリの白い肌がみるみる結晶に置き換わっていく。人の姿のまま、結晶人と化していっている。

 間違いなく結晶人だ。ヒイナの敵だ。殺すべき、排除すべき、人類の天敵だ。


 ──倒さなくてはいけない。

 けれども、打算ありきとはいえ、ヒイナはイノリに親切にしてもらったし、それはすごく嬉しいことだった。

 だから、ヒイナは唇を震わせながら、もう一度だけ聞いた。



「イノリさん。あなたは──ヒト、ですか?」

「いいえ、“神”の一部よ」


 うっとりするくらい、優しい笑顔だった。

 ヒイナは心のスイッチを切り替えた。


 煌子纏鎧を展開。巨大剣を生成した。

 驚きに目を見張るイノリに構わず、渾身の力で床を踏み砕いた。家屋全体が震動し、壁が砕けてヒビ割れる。


 危険を察知したイノリが結晶のハルバードをヒイナへ振るったが、ヒイナはソレを真っ向から頭突きで受け止め、粉砕した。

 額が割れて流血し、鼻血も出ている。けれども、ヒイナの意識に濁りはなかった。


「猪口才な……ッ! 祈りなさいッ!」

「……ッッ!」


 踏み込みをさらに深くする。

 距離をとったイノリが放つ結晶弾のすべてを身に引き受けながら、真っ向から突進。無数の弾丸がヒイナの肌を貫き、切り裂く。それでも足を止めない。


「すごい必殺! キラキラ星フェスティバル!」


 身体を軸にしての回転斬り。

 ヒイナが動員できる煌子をすべて使ったものである。彼女はコマのように回転し、使った煌子は星のエフェクトを発生させる。

 ちなみに星のエフェクトは見た目だけだ。威力はない。


 けれども、巨大剣そのものが当たれば必殺の威力であり、事実、まともに受けたイノリは家屋ごと砕け散ったのだった。



 ───



 今しがためちゃくちゃに破壊した石造りの建物を見やって、ヒイナは不格好な祈りを捧げる。


 赦してくれと言うつもりはなかった。

 せめて彼女が、女神の園へ導かれた後、安らかでいられますように。

 それだけを祈った。


 親切にしてもらったことを忘れない。

 そんな人を自らの手で殺してしまったことも、決して忘れない。


 ヒイナはイノリを構成していた結晶片を一つ拾うと、大切にしまった。

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