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熱い女

 とりあえず人の多い場所へ行ってみようと思ったヒイナは、鹿角領・木鹿(モクロク)を目指していた。

 木鹿は海沿いの町で、魚が美味しいらしい。


 開放的な気分で街道を歩いていると、ふと、誰かに尾けられているような感じがした。


 野盗だろうか? こそ泥だろうか?


 多分後者だ。人の気配が極端に少ない。

 うーんとヒイナは考える。

 相手が一人なら、少しくらいのお金を分けてもいいだろう。

 流石に全部というわけにはいかないが。

 全部あげちゃうと、あとで木鹿に行った時にお魚食べられなってしまうから。困っちゃう。


(……うーん。考えても、らちが明かないや。釣り出そ)


 ヒイナはわざとらしく街道を外れて、木の幹に背中を預けた。

 これぞ奥義、隙だらけ狸寝入り作戦であった。


 まぶたを閉じる。

 釣れるかな? 釣れないかな?


 しばらく寝たふりを続けていると、

 ソレは警戒するような気配を放ちつつ、近寄ってくる。そして──、


 ……間合いに入った!


 ヒイナはカッと目を開き、眼前の不審者に言い放った。


「こんにちは! おはようございます! ヒイナちゃんはヒイナちゃんです☆ あなたは?」

「え? や、え? 普通、この状況でするか? 自己紹介……」

「大事ですよ、自己紹介☆ だってヒイナちゃんたちは人間同士! 言葉が通じますから☆彡」


 下手人は、かなり大柄な女性だった。

 茶髪を爆発したようなトゲトゲしい形にまとめたポニーテールの女性。見るからに豪快そう。


「アヤメみたいな奴だな……。なら、オレも名乗ってやるが、荒鬼焔(アラキホムラ)だ。別に覚えなくてもいい」

「? 覚えますよ? 名前教えてもらったら、絶対忘れません。だってヒイナちゃんはみんなの希望ですからね☆彡」

「どういう理由だよ、おい」


 全くわからないという顔をするホムラに、ヒイナもわからないなぁと首を傾げた。

 なんだか予想してたよりもずっと、荒れてなさそうな人だ。

 でもとりあえず、懐から銭袋を取り出す。サヨからのお給金に加えて、ユイからのお小遣いまで入っているので、かなりずっしりした重さだ。


「あんまりたくさんは分けてあげられませんけど、8割までなら仕方ないってことで許してあげますよ☆ やだ、ヒイナちゃん優しい☆」

「自分で言うなよ! あと、人を勝手に物乞い扱いするんじゃねぇ!」


 ヒイナは憤慨するホムラをさらに不可思議な目で見た。いや、物取りじゃないなら、何で尾けてたの? と。


「強盗さんじゃないんです?」

「ちげぇよ! ……まぁ、表沙汰にならん仕事って点じゃ、そう変わらんがな」

「野盗? 野武士?」

「だから違うって! 武芸者だよ。ほら、斧」


 そう言ってホムラが掲げてみせたのは、大柄な彼女にふさわしい大振りの戦斧。

 素性を知って、ますますヒイナは分からなくなった。そんな人がどうして尾行してくるの?

 素直にそう口にすると、ホムラはきわめて不本意そうに、ポツリと呟いた。


「ユイに頼まれたからだよ……」

「ん? えっ? ……今なんと?」

「ムチャしいな子犬が散歩してるから、変な人についてかないように見張ってろとさ。……ったく、いい迷惑だ」


 ヒイナは本気で困惑した。

 どういうことなの? というか、初対面の時から思ってたけど、ユイ様って妙に踏み込んでくるというか、めちゃくちゃライン超えしてくる。


(……ヒイナちゃん可愛いから☆ ってだいたい冗談で言ってたけど、もしかして嘘から出た真になったの? なら仕方ないか。ヒイナちゃんが可愛いのが悪いもんね☆)


「おい、せっかくだし、手合わせしようぜ。……聞いた話じゃ、お前、相当“やる”んだろ?」


 獰猛な笑みを浮かべて、ホムラは言った。


「……ヒイナちゃんは無意味に暴力を使わないのです☆ 何故ならみんなの希望だから☆彡」

「それはもういい!! ……そうだな。オレに勝ったら、なんか褒美をくれてやるぜ?」

「えっ、別にいらない……」

「欲しがるとこだろ、ソコは!!」


 そんなこと言われても、とヒイナは困ってしまった。だって別に、本当に欲しいものなんかないのだ。

 一刻も早く、あの地獄のような故郷に帰って、スイの辛辣な心配をもらい、セイラに呆れられたい。それだけなのだ。


 ──そして、それを褒美に望んだとて、きっとホムラが叶えることは出来ないだろう。決して。


「えーと、手合わせよりも楽しいことしませんか? お互いの趣味について話すとか、ヒイナちゃんの可愛さを称えるとか☆彡」

「お前、自己肯定感の塊か? 必要ねぇよ。互いを知りたきゃ、やることは単純だ。


 ──殴り合えばいい」

「えぇ……」

「心配すんな。ケガはさせねぇよ。軽ーく撫でくり合うようなもんだ」


 そう言うやいなや、ホムラは大斧を蹴り上げた。


 ホムラの踏み込みが炸裂する。

 大振りな唐竹割りが、ヒイナに向かって放たれた。ヒイナはとっさに煌子纏鎧を展開すると、巨大剣を掲げてそれを弾き返した。


「やるねぇ……すげぇパワーだ。アタシ以上の馬鹿力なんて、初めて見たぜ。──だが」

「……ッ」

「どうやら、技がねぇらしいなッ!」


 掬い上げるような一撃。

 ヒイナはこれも弾こうとしたが、手応えが軽い。つんのめったところを軽く押されて、ひっくり返った。


 ヒイナは困惑した。

 何が起きたの? 何をされた? まったく理解が追いつかない。

 けれど本能的に素早く起き上がると、強く地面を踏みしめた。陥没し、ひび割れが広がる。


「必殺! 小惑星ヘッドバッド!」

「おー……とんでもねぇな。だが、未熟だな」

「へぶっ!」


 ヒイナ渾身の手加減を軽く受け流すと、足を引っ掛けて転ばせに来た。ヒイナはマトモに転倒して、鼻柱を打った。


「……ユイの言ってたこと、よぉーくわかったぜ。確かにお前、戦うような人間じゃねぇな。才がねぇし……第一に手心があり過ぎる」

「〜〜っ。ひ、ヒイナちゃんのかわいいお鼻がぁ……」

「もったいねぇな。その馬鹿力、もっと上手く使えりゃ、一かどの武人になれるだろうが……悲しいほどに向いてねぇ」


 ヒイナはぶつけた鼻が痛かった。

 そして、ホムラの指摘はそんなに気にならなかった。何故なら、ヒイナは武人になりたいのでも、英雄になりたいのでもなく、みんなの希望になりたいからだ。希望に必要なのは笑顔であって、戦う力ではないからだ。

 結晶人は恐ろしい。だからヒイナはその恐ろしさから、希望を託してくれるみんなを守るために戦う。才能はそんなに大事ではない。

 ヒイナは自分よりもずっと才能があって、強い適合者が卵にされてしまうのを見てきた。


 ──だから、笑顔なのだ。


 ヒイナはとびっきりの笑顔を浮かべた。


「……でも、ヒイナちゃんはみんなの希望ですもん☆ 弱っちくてもいいんですよ〜だ!」

「……痛ましいな、確かに。お前、もっと自分を大事にしろよな」

「ええ? ちゃぁんとやってますよぉ☆」


 ホムラは諦めたように嘆息した。


「頑固なんだな。……本当に。やめだやめ。気勢が削がれちまった。お前って人間のこともわかったしな」

「おお☆ なら、ヒイナちゃんのこと、大好きになっちゃいましたか? モテる女は辛いね☆」

「お前……いや、いい。もうお前はそのままでいろ。いっそ貫き通せ」


 ホムラの複雑そうな祝福が、空へのぼってとけていった。

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