親心?
「旅に出たい……ですか?」
「っ。はいっ、ヒイナちゃんってば向上心の塊なので☆ 一回り大きくなって帰ってきちゃいますよ☆」
ヒイナはユイと会話していた。
鹿角の領主は農民に混じって土いじりをしながらも、生来の上品さはまったく翳っていない。むしろ、生命力という輝きで色を増してさえいる。
ヒイナはユイが苦手だった。
嫌いなのではない。好ましいとさえ思う。けれど、苦手だった。
理不尽だとは思う。けれど、あの子を思わせる桜色の髪も、蒼い瞳も。そして、彼女自身がヒイナにこの世界が過去なのではないかと意識させるのが、たまらなく苦手なのだった。
「いけませんよ、ヒイナ。鹿角領は他に比べてもかなり平和ですが、それでも戦は起きるのです。貴女のような愛らしい娘が一人旅などすれば、たちまちの内に無残な目にあってしまうでしょう」
「えっ、いや、でも……ヒイナちゃんは強いですし……」
「強いから護られる権利はないと?」
「ぅう……」
ヒイナはどうしても旅に出たかった。
鹿目にいると嫌でも現実を直視しなくちゃいけないし、何よりも、もしかしての可能性に賭けて、帰還の手段を探りたかった。
「まぁまぁ、ひい様。ここはヒイナさんの気持ちを汲んで差し上げたらいかがです?」
「サクラ……」
「お気持ちは理解しますよ。ヒイナさんは危なかっしいですものね。けれど犬や猫じゃないのだから、かいぐりかいぐりのやり過ぎはいけませんわ」
ユイはしばらく黙り込んだ。
そして、ひどく不本意そうな声で言った。
「一週に一日は必ず帰ってくること。……それだけ守れるのならば、認めましょう」
「ええっ……。そんな頻繁に帰ってこなくちゃならないんじゃ、遠くまで行けませんよ!」
「そうでしょうとも。嫌ならば良いのですよ。認めませんから」
「ひい様……。なんて大人げない……」
サクラが疲れたようにため息をついた。
ヒイナは理不尽だなぁ、と思ったが、そもそも自分も理不尽にユイを苦手に感じているので、お相子かと思い直す。
条件は……正直に厳しい気はしたが、やりようがないわけではない。虱潰しがやり辛くなるだけで、時間をかければ、世界の隅々だって探索できる。
ヒイナはなんとか自分を納得させた。
「ヒイナちゃんわかりました。条件飲みます☆」
「ああ、あと毎日手紙を出すこと。帰ってきたら一日私の話し相手になること。あとは……」
ユイは少し考え込んで、
「それから、今夜は抱き枕になること。いいですね?」
「えぇ……」
「ひい様……。流石にそれは……」
サクラが止めに入ろうとしたが、ユイはかなり意地悪な笑みを浮かべた。
「オヤゴコロってやつですよ、サクラ。
貴女と一緒。貴女もよくアヤメやコサメに理不尽言ってるでしょう? この間なんて、ヤヘエさんに娘はあげません! って宣言してたじゃない。彼、妻子持ちよ」
「んぐっ!」
「……で、いいでしょう? ヒイナ」
にっこり。
いい笑顔のユイに、ヒイナは頷く他なかった。
───
「いやぁ、寂しくなるねぇ。本当に行くの? ヒナっち」
「はい☆ まだ見ぬ未踏の大地が! 成長の試練が! ヒイナちゃんを待っているので☆
みなまで言うな! 引き止めてくれるな!
ヒイナちゃんには行かなきゃならない時があるんだ☆彡」
「そんな……。いやっ! あーし納得出来ないわ! ずっとここに居てよ! あーしと居てよ! あーしは居場所にならないの♧」
「……いや、こんな時まで変な茶番やんないでくださいよ」
呆れ返ったコサメのため息に、ヒイナとアヤメは冷たいなぁとぶーたれた。
「ヒナっちはさぁ、最初どこを見て回るの?」
「んー、わかんない。地理とか知らないし。適当に歩き回るよ」
その時、天喰姉妹の動きがピタリと止まった。
そして、ひそひそ話を始めた。
「ね、姉様。これ、マズいですよね。ヒイナさん、ちゃんと帰ってこれなさそう!」
「後ろから頭叩いたら気絶させられるかな♧ ふん縛って牢屋にぶち込んじゃう?」
「姉様?! 何言ってんですかアンタ!」
軽く姉妹喧嘩が始まりそうなその時、ヒイナの快活な声が響いた。
「じゃあ、ヒイナちゃんお出かけするね☆ 行ってきまーす!」




