命
「その人たちは味方ですよっ☆ 落ち着いて!」
ヒイナはまず、味方の諍いを止めることにした。
かといっても、相手はパニックを起こして同士討ちをしているくらいなのだから、声だけかけても止まるわけがない。それくらいはヒイナにもわかった。まずは視線を集めるべきだ。
そして同士討ちの群れに飛び込む。今のヒイナには飛んでくる矢も、殺意に満ちた鬨の声もまるで届いていない。
少女は踏み込みの要領で思い切り地面を踏みしめた。轟音。
整然と踏みならされた街道が猛烈な勢いで陥没し、土や石ころなどの破片が爆散した。
小柄な少女が起こす暴力の余波は問答無用で農兵を吹き飛ばし、更に恐慌状態を加速させたが、ヒイナは気が付かない。
「皆さん、落ち着いて、冷静に、頭を冷やして聞いてくださいね☆ 仲間はちゃんと守るものですよ! だから同士討ちはぶーっ、です!」
腰に手を当てて、めっ、と叱りつけるようなジェスチャー。致命的に空気が読めていないし、場違いでさえあった。
大多数の農兵の心には馬鹿にされているのか? という疑問が渦巻いたが、目の前にいる存在が並外れた膂力の持ち主なのは明らかだったので、頷くしかない。
ただただ、皮肉であったのは兵達を落ち着かせたのは理屈でも暴力でもなく、ヒイナ自身の空気の読めなさであった。
ヒイナはもう一度だけ周りを見渡してから、ヨシ! と勝手に納得した。
───
「ヒイナちゃんだってね、こんなこともあろうかとってちゃんと考えてたんだからね!」
人と戦うことになっても、殺さずに済む方法。スマートな方法はまったく思いつかなかったけれど、一つだけ知っていることがあった。
人は、頭を強く殴られると気を失う。
──だから、
「新必殺! 小惑星! ヘッド、バッド!」
ヒイナなりにかなり手加減した頭突きが、野武士の頭部へと叩き付けられた。
やつれ、無精髭まみれの男が被る兜がヘコんだ。もしもむき出しの頭にコレをぶつけていたら、彼は死んでいただろう。しかし、兜を付けていたので、気を失うで済んだのは、彼にとってもヒイナにとっても幸いだった。
ヒイナは視界に星が飛ぶのを感じながらもつれる足を無理やりただす。そしてもう一人っ、と続けざまに頭突きを放った。幸いなことに、彼も兜を付けていた。
「くっ! 手強いのがいるぞ! 囲め! 囲んで釘付けにしろ」
「……ッ」
次々と槍が突き出され、ヒイナを襲う。
普段ならばまるで意に介さない程度の攻撃だったが、今は煌子纏鎧をまとっていないし、更には視界が白んでよろけている。
ヒイナはマトモに食らって腹を槍が貫通した。
「ゲホッ……ッ」
痛い。けれど、こんな程度の傷は、故郷では日常茶飯事でもあった。ヒイナは突き立てられた槍をひっつかむと、へし折る。そして、驚愕に目を見開く彼の頭へと頭突きを叩き込んだ。死んでない。
やにわに、二人目、三人目。更にもう一人。ヒイナの動きによどみはなかった。
「ばっ…化け物……ッ!」
耳鳴りがしている。
ブレた視界の隅で、敵の槍に貫かれる仲間が見える。命乞いをする農兵を、容赦なく貫く槍が見える。
──助けなきゃ。助けなきゃ。
ヒイナを突き動かす衝動は、彼女自身の意思をも超えて体を動かしている。
「このっ!」
「ごめんね」
恐怖だろう。引きつった顔で、ひけた腰で、それでも槍を向けてくる彼に頭突きをかます。
ヒイナは今の自分が、あの大嫌いな結晶人と何が違うのかわからなかった。彼らにとっての自分は、自分たちにとっての結晶人なのだ。
──ひどくめまいがした。
吐き気がおさまりそうになかった。
ヒイナはそれでも倒れなかった。
矢を受けても、槍を受けても倒れなかった。頭突きをしすぎてボケた嗅覚に、いまさら血の匂いが入ってくる。気が付けば、敵は誰一人として立っていなかった。
「──終わった……の?」
ヒイナはへたり込んだ。
もう一歩も動けそうにない。
安堵のため息をつく。
「やったど! 手柄首だ! 今なら掻き取り放題だど!」
───不意に、そんな声が響いた。
信じられないことに、農兵たちは気を失って倒れている野武士たちを殺して回っている。
ヒイナの脳は理解を拒んだ。
なんで? 戦いはもう終わってるのに!
「うおおおーーっ! 褒美は思いのままだぁーーっ!」
「おい! ソイツは俺が先に目を付けてたんだぞ!」
農兵達の狂熱は治まらない。
止めなきゃ、そう思って身体を起こそうとした時、ふと、聞こえてしまった。
「英雄さま、あなた様のおかげだど。おかしな人かと思ったが、誤解してたど。俺たちに手柄を与えてくれた、無欲で素晴らしいお方なんだど」
英雄さま? どこの誰? そいつは。
そう言って笑みを浮かべる男の視線は、ヒイナに固定されていた。首を4つ、束ねて持つ男の視線は、ヒイナに向けられていた。
──英雄って、もしかして、アタシのことなの?
アタシが野武士を倒したから、こんなことになってるの? アタシのせいで、彼らは死んだの?
みんなみんな、アタシが殺したの?
違う、と否定は出来なかった。
意識が遠くなる。
暗闇に落ちる視界の端で、農兵達が慌ててヒイナに駆け寄るのが見えた。




