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時間遡行

 昼時の茶屋はかなりガラガラだが、早朝やおやつ時などはかなり混み合う。

 今日もヒイナはミオに着せられたメイド服を華麗に翻して、なるたけ可愛らしく見えるようポーズを取った。


「きゅるりん☆ ヒイナちゃんスペシャルですよ、お客様☆ にゃんにゃん☆」

「おお、緑茶と煎餅な。ありがとよ、変な嬢ちゃん」

「いやんもう☆ 褒めすぎですよぅ☆」


 ヒイナは接客というものを根本的に履き違えていた。

 ミオは大きくため息をつきつつ、無駄とわかりながらもいちおう注意する


「ヒイナさん……何度も言いますけれど、もっと普通に。普通に! お願いしますね。いかがわしい店だと思われて客足遠のいても困りますし」

「えぇ……。可愛くやってるつもりなのにぃ」


 ヒイナは不満げにぶーたれた。


「いいえ、いかがわしいです。もっと清楚に。清楚に! お願いしますね。媚びるような声も禁止です。いかがわしいので」

「いかがわしさついてはミオも大概なような……」

「お嬢様?」

「何でもないです! はい!」



 ───



「おい、聞いたか? 鹿角さまんとこの話よ!」

「おお、今年は不作だったからなぁ。税を下げてくださるんだろ。ありがてぇ話だ」


(……カスミさま。なんだろ、うっすら聞き覚えがあるような……)


 ヒイナは少し考え込んでみたが、全く分からなかった。


「ミオさん、ミオさん! ヒイナちゃん聞きたいことあります☆ 教えて☆ ミオせんせー!」

「はいはい。なんですか?」

「ヒイナちゃん、カスミさまのこと、存じ上げません☆ ごめんなさい☆ おしえて!」

「えぇ……」


 ミオはなんだお前そんなことも知らんのかという顔でヒイナを見ると、諦めたようにため息を吐いた。


「領主様ですよ。この鹿角領を治めてくださっている。鹿角唯姫(カスミユイ)様。……本当に知らないの?」

「……カスミ、ユイ。んー、ん? あ!」

「ちょ、ヒイナさん? お腹痛いんです? すごい顔になってますよ!」


 ミオの心配にもヒイナは応える余裕がなかった。

 カスミユイ。 鹿角、唯姫。それは、ヒイナにも聞き馴染みある、あまりに知れた名前だった。


 知り合いではない。

 ソレは、歴史上の人物としての名前。確か今年の年号が2060年だったから、およそ八百年ほど昔の人物である。


(……たしか、龍首(タツガシラ)とかいう人達に攻め込まれて、自分だけ助かろうとしたんだっけ。領民を売り払った売国奴って聞いたような)


「……ミオさん。もいっこ聞かせて。その、ユイ……さまは、どんな人なの?」

「え? 立派な方ですよ。直接会ったことはありませんが。領民によく寄り添い、仁政を敷くお方だとか」


 ヒイナは混乱した。

 混乱しながらも頭の中を整理する。自然にあふれた森。活気ある街。そして鹿角唯姫。

 もしや、とちらつく、時間遡行の四文字。


(そんなわけない! だって本当に、アタシが過去に来ちゃったんだとしたら──)



 スイの辛辣な言葉とは裏腹の優しい眼差しが脳裏に過ぎる。

 セイラの呆れたようなため息とは別の、温かい声が脳裏に過ぎる。

 モミジの、シュリの、物売りのおじさんの、生意気なお子様の、道行く色んな人の顔が過ぎる。


 ──なのに。

 


(ここが過去なら……アタシ、帰れない?)


 いや、きっと帰れる。

 過去だとしても、帰れる。あの天秤の結晶人さえ、見つければ。

 


 ──でも、アイツがいたのはヒイナ達の世界だ。何もかも滅び去って、結晶まみれの最低な世界だ。

 そんなやつがこの愛すべき素晴らしい世界に現れる可能性はどれくらいある? 現れたとして、ヒイナは見つけられるのか?



 ヒイナは願うように現実逃避した。

 ──ああ、どうかここが異世界でありますように。そうしたら、何か帰る方法だって見つかるに違いないから。

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