呼び水
あらゆる時間軸から切り離された、幻想の楽園。
女神の園とおとぎ話に語られるそこには一本の幻想樹が天を突かんばかりにそびえたつ。
星の煌やきを秘めた、星命の系統樹──。
その幾重にも分かれた枝に萌ゆる蒼銀に淡く光る葉の一枚一枚は、すべからく世界であった。
世界のあらゆる時間であり、あらゆる可能性であった。
若葉色の長髪に、七色に輝く瞳。幼い少女のようで老成した女性のようでもある。超越した美の輝きを放つ少女が一人、幻想樹を見上げていた。
少女──天之大土命は世界そのものを司る幻想樹の化身である。
太古の昔より、世界は幾度となく滅びの危機に瀕してきた。例を挙げるなら、魔王・恐竜王・神々の王──。
いずれ劣らぬ災害の芽。しかしその度に英雄が現れ、人類は、世界は、脅威を乗り越えてきた。
ソレは人が持つ輝きであり、天之大土命が何よりも愛する宝石であった。
──けれど。
(ああ、またですね……)
ここ最近、どうにもおかしい。
終わったはず、乗り越えたはずの脅威が、世界を滅ぼす芽が、再び芽吹いている。
どうやら時間に干渉している者がいるらしいことは、天之大土命にも察せられた。しかし、その正体がつかめない。巧妙に偽装しているのか、それとも天之大土命をも上回る力を持つ者なのか。いずれにせよ、厄介極まりない事態であった。
どうにかしなくてはいけない。
人類びいきの自覚はある。
けれどもたとえ、人類に待つ結末が残酷な終焉であったとしても、そこに至るまでの道のりを歪めることなど許されるべきではないのだ。
天之大土命は幻想樹を通して時代時代を覗き込んだ。
彼女の瞳に映るは、綺羅星のような英雄たち。
聖剣振るう勇者。陽気でかわいい殺人鬼。世界が歩んだ分だけ、英雄達は存在した。
誰も彼も、運命に定められた者たちだった。いずれ、世界を救う者たちだった。
(誰か、英雄に使命を託して──。…っ)
天之大土命の視線が硬質を帯びる。
──終末時代。紀元後2060年の世界は、彼女にとって目にするだけで辛いものであった。
夕焼け色の髪をなびかせる少女が目に入る。この時代の英雄だ。──いや、英雄候補というべきか。
彼女に使命を託すことはないだろう。
英雄達は、女神より使命を受けて世界を救う。たまに例外もいることはいるが、そういう規格外は、世界に生まれ落ちた瞬間から、特別なものだ。
ふと、天之大土命の目に一人の少女が留まった。
愛らしい少女だった。ツインテールの白髪に、浸食するような桜色。希望に輝く真紅の右目に、蒼い左目。見るからに小柄で華奢。何の才覚も感じさせない、きわめて凡庸ないで立ち。……いや、見た目の奇抜さは凡庸ではなさそうだったが。
とかく、ソレは英雄ではない。選ばれしものでは決してなかった。しかし、なぜか目に留まった。──瞳の内にあまりに強い希望を宿しているからだろうか? それとも能天気そうな笑顔だろうか。彼女の人生を見渡す限りでは、あまり幸福な人生を歩んできてはいなさそうだったが。
彼女をあえてあらわすなら、背負うものといったところか。背負うだけでは救えはしない。世の中、そう上手く回るものではないのだ。
これはダメだな、と天之大土命は小さく嘆いた。
少女がではない。少女にも見るべきところは見当たらないが、一番ダメなのは彼女が生きる時代だ。
──だってもう、滅びている。
すでに滅び去ってしまっているのに、そんな世界に生きる者へ、どうして託宣できよう。ソレはあまりにも虚しい行いではないのか。
眼下では相も変わらず背負うモノが能天気な笑みを浮かべている。
地獄のような世界で、過酷な目に遭いながらも、それでも笑っていた。
神は彼女を救えない。慰めることも、抱きしめることもできない。できることはせいぜいが英雄候補へと託宣することだけ。
天之大土命は無性に祈りたい気持ちになった。
無意味であることはわかっていた。
けれども、背負うモノを見ていたら、どうしても祈りたくなった。祈らずにはいられなかった。届くはずもない、無意味な祈りであると知りながら。
どうか、どうかどうか、彼女に、彼女の生きる時代に生きるすべての人に、安らぎが訪れますよう──
福音ではない。祝福でもない。
女神の切なる祈りは、託宣にも似た力を放ち、白亜の幻想樹から行き場のない光の柱が飛び立った──。
中二くさい単語がゴチャゴチャ出てきますけれど、
今のところはそんなに意味ないので読み流しでOKです




