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追放された私、廃墟を『修繕』したら伝説の竜が住み着きました  作者: 月雅


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第9話 今さら戻れと言われても



「おい、そこで何をしている? さっさと門を開けろ」


 その声は、重厚な城門の前で、あまりにも場違いに響きました。


 都市の正門を守護するのは、私が廃材の石と鉄から作り上げた、身長三メートルを超える自律駆動型ゴーレムです。

 その足元で、薄汚れた冒険者風の男女が喚いていました。


「聞こえないのか! 俺は勇者ガイウスだぞ! この国の英雄が来てやったんだ、最敬礼で迎え入れろ!」


 モニター越しに見るその姿に、私は深い溜息をつきました。

 ここは屋敷のリビング。

 テーブルの上には、門前の映像を映し出す水晶球が置かれています。


「……本当に、来るとは思いませんでした」


 映っているのは、かつての婚約者ガイウス様と、聖女マリエル様でした。

 いえ、今の彼らは「勇者と聖女」と呼ぶにはあまりにも惨めな姿をしていました。


 ガイウス様の纏う鎧は、かつて私が手入れをしていたミスリル製のものではなく、量産品の安っぽい鉄鎧に変わっていました。それすらも錆びつき、所々が凹んでいます。

 腰に差しているのは、折れた聖剣ではなく、刃こぼれした中古の剣。

 金髪は脂で汚れ、顔には無精髭が伸び放題です。


 隣のマリエル様も同様でした。

 純白だった聖法衣は泥で灰色に染まり、裾は破れて引きずっています。

 自慢の金髪は鳥の巣のように絡まり、目の下には濃い隈が刻まれていました。

 二人の瞳には、かつての傲慢な光の代わりに、飢えた獣のような焦燥感が宿っています。


「おいリゼット、あれが『勇者』か? ただの乞食にしか見えんが」


 隣のソファで足を組み、優雅にグラスを傾けているイグニス様が、呆れたように鼻を鳴らしました。

 彼は人化した姿ですが、その身から漏れ出る覇気は隠しようもありません。


「……ええ。かつては、輝いていたはずの方々です」


 私は淡々と答えました。

 以前なら、彼らが怒っているだけで胃が痛くなり、急いで駆けつけて謝罪していたでしょう。

 けれど今、私の心にあるのは、波一つ立たない静かな湖のような感情だけでした。

 恐怖も、未練も、怒りすらもありません。

 ただ、「無関係な人たちが騒いでいる」という事実があるだけです。


『警告。立ち去りなさい。ここは私有地です』


 門番ゴーレムが、私の声を代弁して無機質に告げます。

 しかし、ガイウス様は聞く耳を持ちません。


「ふざけるな! リゼットがいるんだろう!? 隠れてないで出てこい! 俺たちがわざわざ迎えに来てやったんだぞ!」


「そうですわよ! 私たち、貴女の罪を許してあげようと思って、こんな辺鄙な場所まで来てあげましたのよ! 感謝して門を開けなさいな!」


 マリエル様が金切り声を上げ、錆びた門扉をガンガンと蹴りました。

 罪を許す?

 迎えに来てやった?

 彼らの言葉の一つ一つが、あまりにも現実と乖離していて、私は乾いた笑いを漏らしそうになりました。


 どうやら彼らは、自分たちがまだ「上の立場」にいると信じて疑っていないようです。

 私が追放され、惨めに暮らしていると思い込んでいるのでしょう。

 目の前に聳え立つ白亜の城壁や、背後に広がる豊かな街並みが見えていないのでしょうか。


「……どうしますか、イグニス様。放っておけばそのうち帰ると思いますが」


「不愉快だ。我の庭先で羽虫がブンブンと煩い」


 イグニス様が不機嫌そうに眉を寄せました。

 その黄金の瞳が、危険な光を帯びて細められます。


「それに、あれは貴様を侮辱している。……リゼット、貴様が会う気がないなら、我が排除するぞ」


「……はい。お任せします。私には、もう彼らに掛ける言葉はありませんから」


 私は水晶球から視線を外しました。

 直接会って罵倒することすら、時間の無駄に思えました。

 彼らとの関係は、あのギルドの応接室で終わったのです。


        * * *


 イグニス様がテラスへと出ると、私もその後ろに従いました。

 眼下には、城壁の前で騒ぎ続ける二人の姿が見えます。


「リゼット! 聞こえているんだろう! 出てこい!」

「いい加減になさい! 私たちが誰だと思っているのですか! 不敬罪で処刑されたくなかったら……」


 二人が声を張り上げた、その時でした。


「――黙れ、下郎ども」


 イグニス様の一言が、雷鳴のように響き渡りました。

 たった一言。

 それだけで、周囲の空気が凍りつき、鳥たちが一斉に飛び立ちました。


 ガイウス様とマリエル様は、弾かれたように顔を上げました。

 城壁の上に立つ、紅蓮の髪をなびかせた絶世の美丈夫と、その隣に立つドレス姿の私。

 二人の目が点になりました。


「な……誰だ、お前は!?」


「リ、リゼット……さん?」


 マリエル様が信じられないものを見るような目で私を凝視しました。

 今の私は、かつての地味な冒険者服ではありません。

 街の職人たちが最高級の絹とレースで仕立ててくれた、深紅のドレスを身に纏っています。

 肌は艶やかで、髪には精霊たちが編んでくれた花の飾りが輝いていました。

 泥だらけで薄汚れた彼女とは、完全な対比でした。


「リゼット! その格好はなんだ! 俺たちの金を横領して、そんな贅沢をしていたのか!?」


 ガイウス様が顔を真っ赤にして叫びました。

 見当違いも甚だしい言い掛かりです。


「……ガイウス様。私は貴方様のお金など一貨たりとも持ち出しておりません。これはすべて、私が自分の力で手に入れたものです」


 私は静かに、けれどはっきりと答えました。

 私の声は、イグニス様の風魔法によって増幅され、彼らの耳に届きます。


「嘘をつくな! 無能なお前にそんなことができるはずがない! いいからこっちへ来い! 俺の剣を直せ! 借金を返せ!」


「借金?」


「そうだ! お前の呪いのせいで、俺たちは金貨三百枚の借金を背負わされたんだ! お前が働いて返済するのが筋だろう! さあ、早く戻ってこい!」


 彼は手を差し出しました。

 その手は汚れていましたが、それ以上に、その精神の浅ましさが透けて見えました。

 彼は私を求めているのではありません。

 私の機能を、私の生み出す利益を求めているだけです。


 スッ、と私の心が冷えていくのを感じました。

 かつて、幼い頃には彼に淡い憧れを抱いていたこともありました。

 けれど今、目の前にいる男に対して湧く感情は、ただの「生理的な嫌悪感」だけでした。


「お断りします」


 私は短く告げました。


「私はもう、貴方様の道具ではありません。ここが私の居場所です。二度と関わらないでください」


「なっ……生意気だぞ! 俺は勇者だぞ! 貴族の命令に逆らう気か!」


 ガイウス様が腰の剣を抜こうとしました。

 その瞬間。


「――我が妻に対して、貴様ごときが剣を向けるか」


 イグニス様の雰囲気が一変しました。

 黄金の瞳が縦に裂け、人の形を保ったまま、背後から巨大な竜のオーラが噴き上がります。

 圧倒的な、絶対強者の覇気。

 『竜王の威圧ドラゴン・フィア』。


 ズンッ!!


 物理的な重圧となって、殺気が二人に降り注ぎました。


「ひっ……!?」

「あ、が……ッ!」


 ガイウス様とマリエル様は、悲鳴を上げる間もなく地面に押し付けられました。

 抜こうとした剣を取り落とし、泡を吹いてガタガタと震えています。

 生物としての格の違い。

 本能が「死」を理解してしまったのです。


「こ、これは……竜……? まさか、伝説の……!?」


 ガイウス様が引きつった顔でイグニス様を見上げました。

 ようやく気づいたようです。


「失せろ。次、我が妻の視界に入れば、その国ごと灰にしてやる」


 イグニス様が軽く手を振りました。

 それだけで暴風が巻き起こり、二人を枯れ葉のように吹き飛ばしました。


「うわあああああああ!」

「きゃああああああ!」


 二人は情けない悲鳴を上げながら、泥の地面を転がっていきます。

 立ち上がることもできず、四つん這いになって、必死に森の奥へと逃げていきました。

 その股間が濡れているのを、私は冷ややかな目で見送りました。


        * * *


 二人の姿が見えなくなると、イグニス様はふん、と鼻を鳴らして威圧を解きました。

 穏やかな風が戻り、小鳥たちが再びさえずり始めます。


「……終わったな」


「はい。終わりました」


 私は深く息を吐き出しました。

 胸の奥につかえていた何かが、すっと消えていくのを感じました。

 彼らはもう、私の人生には何の影響も及ぼさない。

 過去の亡霊が、完全に消滅した瞬間でした。


「さて、リゼット。茶の時間だ。あの騒音のせいで冷めてしまった」


 イグニス様が何事もなかったかのように振り返ります。


「はい、すぐに淹れ直しますね。……ありがとう、イグニス様」


 私は微笑み、彼に寄り添いました。

 彼は少し照れくさそうに視線を逸らし、私の肩を不器用に抱き寄せました。


 城壁の下では、騒ぎを聞きつけた住民たちが集まってきていました。

 彼らは逃げていく勇者たちの背中を指差して笑い、そしてバルコニーの私たちに向けて手を振ってくれました。


「リゼット様ー! 大丈夫ですかー!」

「変なのが来たら、俺たちが追い返しますからねー!」


 温かい声。信頼のこもった眼差し。

 ここにあるのは、搾取も軽蔑もありません。

 互いに支え合い、認め合う、優しい世界です。


「……私、ここに来て本当によかったです」


 私は心からの言葉を口にしました。

 捨てられたからこそ、拾えたものがある。

 失ったからこそ、手に入れたものがある。


 逃げていく二人の背中は、かつての私が背負っていた「呪縛」そのものでした。

 それが遠ざかっていくのを見届けながら、私は確かな自由と幸福を噛み締めていました。

 もう、後ろを振り返ることはありません。

 私の未来は、この豊かな土地と、愛しい人々と共にあるのですから。


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